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転生公爵令嬢改め、乙女剣士参ります!  作者: 星里有乃
第2章

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背徳の賢者ヒストリア目線:02


 その日、紗奈子はブランローズ公爵に呼ばれて実家へ、僕は教会庁に呼ばれて調査の仕事だった。普段は大学に通うかたわら、ギルドマスターの仕事を行っている僕だが、教会庁から呼ばれての仕事は珍しい。何となく嫌な予感を感じながら、教会庁の幹部が待つ特別室へと足を運ぶと、困惑した表情の神父様の姿。


「ヒストリア王子、こういう質問は教会庁として避けたかったのだが。キミ、一体何回くらいタイムリープ魔法の実験を行なっているのかね。あの魔法は急迫不正の侵害が起きたときのみ、使用することが可能だ。あまり感情的になって濫用されては、いろいろと不備が起こる」

「申し訳ございません、神父様。お言葉ですが、わたくしとしても私利私欲のみで禁呪を使うようなことは、決してございません」


 思い当たることがあるとすれば、氷鳥の襲撃を回避できなくて止むを得ずにタイムリープ魔法を使った事くらいだ。結果として僕は紗奈子と結婚する世界線に辿り着き、甘い新婚生活を送っている。

 今回のタイムリープは自然の流れで自分の願望を叶えることになったが、氷鳥を放置すれば幾つかの国の境界にある巨大な湖から各国侵略されて、大惨事になっていたはずだ。禁呪であろうとタイムリープしたことは間違えてないと思うし、紗奈子との新婚生活はその副産物のようなもの。


 そう……だから、あくまでも表向きは各国のピンチを救うべき行為の禁呪であり、『好きな女性と一緒になりたい』『弟から婚約者を奪い返したい』という自分の欲望が行動力の源だとしても、体裁が守られているはず。


「ふむ。なら良いのだが……実は、良からぬ情報が教会庁の調査委員から、送られて来たのだよ。アルサルさんの遺体が、スメラギどのの所有する礼拝所に【突如として】現れたそうだ」

「えっ……一体、何を仰って。弟のアルサルは今日もブランローズ邸で庭師の仕事をしていますし、妻とも今日会っているはずです」

「だが確かに、棺の人物はアルサルさんで間違い無いというのだよ。タイムリープの輪から抜け落ちたアルサルさんの空っぽの遺体、ということになる」


 弟のアルサルの『遺体が納められた棺』が発見されたと、教会庁から告げられた。僕はなるべく動揺を隠して、思い当たる節を懸命に探す。


「……実は、タイムリープ以前の時間軸では、弟は仮死状態になっています。何とか救い出そうとヒントを探しに東方を目指しましたが、その途中であえなく氷鳥に襲われて、結局タイムリープすることになりました。この時間軸でアルサルが存命で、わたくしとしては胸を撫で下ろした次第だったのですが。もしくは彼が転生する以前の朝田有去アサダユキという地球の肉体と何か関係があるのか」

「そうか、しかしおかしいな。時間軸から抜け落ちた遺体なんて、これまで聞いたことないのだが。やはり異世界転生者の魂というのは、現地人である我々とは作りが違うのか。もしくは今、動いているアルサルさんの方は、朝田有去の魂を宿した人造の肉体ホムンクルスなのか。ともかく、今後調査を続行するため、このことは内密に」

「……御意」


 この件については、一緒にタイムリープしているはずのナルキッソス様とフィード様の二人に意見を聞きたかったが。僕と同じく上層部からいろいろと注意を受けているらしい守護天使様二人とは、今日は会うことが叶わずじまい。遺体の調査は教会庁主導で行うらしく、日を改めてまた出直すことになった。


(どうしよう。まさかタイムリープ以前のアルサルの遺体が、そのまま保管されていたなんて。ガーネット嬢の石像のように、魂と肉体が乖離したまま時間軸を超えてしまったのか?)


 混乱して気持ちが纏まらないまま、取り敢えずは職場であるギルドへと行き、今日の書類を制作する。他のギルドメンバー達のクエスト報告書や依頼書に目を通して、ふとある依頼が目に止まる。


【巨大湖の氷鳥・討伐】

 クエスト内容……国境の境目である巨大湖周辺に、氷鳥が見掛けられるようになった。今のところ大きな被害はないが、大事に至る前に討伐もしくは捕獲を依頼したい。


(こんな依頼書、以前の時間軸ではなかったぞ。安易に氷鳥と接触したら、今度は取り返しがつかなくなってしまう。一旦、依頼は取り下げてもらって、教会庁に判断してもらおう)


 危険な依頼内容を警戒し、ギルドにクエストを流さず取り下げて、依頼書ごと教会庁へと送ることにする。


(ここに来て、突然タイムリープの揺り戻しが来た感じだ。せっかく紗奈子と穏やかな暮らしをしているのに)

 

 細々とした書類を片付けていくうちにあっという間に日が降りてたため、ほどほどで仕事を切り上げることに。


 自宅に帰ると紗奈子もちょうど実家から戻って来たばかりで、何やら後ろめたそうな雰囲気だった。爺やの話によると案の定、庭のリフォーム工事をブランローズ公爵の勧めで契約してしまったとかで、そのことを気にしているらしい。僕としては、紗奈子が今日会ったはずのアルサルが一体何者なのか気になって、リフォーム工事云々は二の次に感じられていた。


(アルサルと会う機会が増えれば、彼の正体も突き止められるだろう。こちらから接近しなくても、向こうから来るなら好都合だ)


 なるべく何事もプラスに捉えるようにして、腹ごしらえ……本日の夕食を頂くことに。メニューは紗奈子手作りのビーフストロガノフで初めて作ったにしては美味しく、サワークリームの風味が印象に残った。


「ところで、今日は久しぶりにアルサルと会ったんだろう。クールな雰囲気って話していたけど、彼はそんなに変わったのかい」

「えっ……うん、そうね。有名な芸術家に師事できたから、すごく勉強しているとかで。以前よりグッと痩せてたし、一度握手を交わしたんだけど……体温も低い感じだったわ。デイヴィッド先生に弟子入りして、別の世界になっちゃったということなのかな?」

「そっか……もしかしたら、仕事に打ち込んでいる時期なのかもね」


 思わず『やはり、アルサルはホムンクルスなんじゃないか』と疑いの叫びをあげそうになったが、こらえて極力会話を世間話レベルに抑える。


 そして紗奈子がアルサルと会って、肌を触れたと思うだけで、腹の底から黒い気持ちが疼いた。


(この期に及んで嫉妬なんて、僕はバカだ。普通に握手を交わしただけなのに……。けれど、何度もタイムリープした過去の時間軸では、紗奈子の純潔はアルサルに奪われていた。その時間軸を思い出すだけでもこんなに苦しいなんて)



 * * *



 不安や焦燥を抱えたまま、風呂で身を清めて就寝の準備をする。紗奈子も風呂からあがり、白い肌や赤い長い髪を整えてベッドにちょこんと腰掛けた。僕が嫉妬で残した首筋の痣がまだ薄らとしていて、水色のネグリジェは下着をつけない柔らかな胸の膨らみやピンク色の乳房をほんのりと透かしている。


 紗奈子には、幼い少女っぽさと女になり始めたばかりの色香が混在していた。僕が彼女の純血を奪い、彼女は僕しか男を知らない筈だ。


(けれど、他の時間軸では……紗奈子はアルサルと……!)


「紗奈子……」

「あっ……ヒス。ん……や、あっ」


 独占欲が昂り思わず紗奈子を抱きしめて、そのまま口付けて押し倒す。僕達は正真正銘の夫婦なんだから、このまま契りを交わしても何の遠慮も問題もない。


「はぁ……イイよね、このまま」

「うん……ヒス、来て……あっ」


 その後は欲情に身を任せて本能のままに、妻である紗奈子の細く柔らかな身体に没頭していった。信仰の深い人間は欲情のために女を抱いてはならず、子孫繁栄の清らかな交わりは直に行われ、それ故に僕達夫婦の間に避妊という概念は存在しなかった。


(どうしたら、どうすれば、アルサルとの過去を紗奈子の中から消せるんだ? 僕達の間に子供が出来てくれたら、もっと、先に進めるのに……!)


 行き場のない苦悩は、直接紗奈子の心に揺さぶりをかけてぶつけていくしかなく。特にその日の恋心は、苦しくて、苦しくて……頭が真っ白になるまで紗奈子を愛し続けた。



 さて、僕が抱いている妻は果たして『ガーネット・ブランローズ』という麗しいご令嬢なのか。それとも『早乙女紗奈子』という可愛らしい、異世界転生者なのだろうか。そして僕という存在は、本当は一体誰なのか。


 ヒストリア・ゼルドガイアという王子以外の魂の影を僕自身、徐々に気づき始めていた。地球時代のアルサル『朝田有去の兄』という忘れられた存在を。


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* 2023年04月30日、連載完結しました。 * 主人公紗奈子が異世界に留まるか地球へ戻るかが不明瞭だった当作品ですが、結論を出してからのエンディングとなっております。 * ここまでお読みくださった読者様、ありがとうございました! 小説家になろう 勝手にランキング  i907577
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