第03話 彼が遺したカモミールティー
錬金術の素材を調達しに数日の間、隣国へと出かけていたアルサル。その帰り道、アルサルは暗殺者の集団に殺された。私が王宮剣士の見回り任務を終えてアルサルとの愛の巣へと戻ると、大好きな人の遺体が棺の中で静かに眠っていた。
愛するアルサルは、東方へと出立する予定の三日前に無残にも隣国の反対勢力に殺されてしまう。魔法国家ゼルドガイアと隣国王家の両方の血を引くアルサルが、辺境地に新たな国家を樹立するという噂は其処彼処で囁かれていたらしい。
* * *
遺体が保護された次の日。
喪服にも見える黒いスーツとコート姿のヒストリア王子が、再び管理の館まで訪れて希望となりうる情報を伝えてくれた。
「ヒストリア王子、お早う……。アルサルに会いにきたのよね。ごめんなさい……私あまり眠れていないから、たいしたもてなしが出来ないけど」
「紗奈子、お早う。昨晩はお互い眠れなかったみたいだね……。仕方がないか。アルサルは、ゼルドガイア王国中に伝わるの蘇生呪文を駆使しても眼を覚ますことはなかった。おそらく魂が、行方知れずになっているのだろう。けれど、魂を操る術師がいるという東方なら、魂を見つけだし蘇生法も見つかるかも知れない」
微かに見え始めた希望を語るヒストリア王子は、睡眠を取っていないのか普段の麗しい碧眼には疲労の色が窺える。
「えっ……ヒストリア王子、本当に? アルサルが蘇る可能性があるの。大事な話だし取り敢えず部屋の中へ……」
本来ならば部屋まで通して話し合いをするべきだが、思わず玄関先で長く話すような形になってしまう。アルサルは王の隠し子であると同時に隣国の王家の血も引いている。生存の可否はゼルドガイア王家以外にも影響を及ぼすだろう。まだ、この近くに暗殺者が潜んでいるかも知れない。警戒しながらヒストリア王子を室内に招き、アルサルの棺が安置されているリビングへ。
ちょうど、アルサルの棺と対面するような形になってしまうが仕方がない。いや、むしろ彼のいる場所ですべき話なのだろう。ヒストリア王子は腹違いの弟を悼むために、黒いロザリオを手にかけながら小さく祈った。
せめて、お互い気持ちが落ち着くようにと心が穏やかになるとされているカモミールティーを淹れた。もちろん、素材となるカモミールはうちの庭園で育ったもの。そしてお茶請けのクッキーは、今は亡きアルサル手作りのものだ。
「ありがとう、カモミールティーだね。いい香りだ……クッキーは錬金で作ったものかな。このカモミールの素材はアルサルが?」
「ええ。うちの庭で採れるものは、殆どがアルサルが何かしらの形で携わっているわ。辺境の爵位を持つお金持ちが趣味で庭師をやっているから道楽なんじゃないかって、言う人もいたけれど。アルサルがとても素敵な庭を作ることは、実際に見て感じれば分かることよ……。とても、とても、素敵な人だった……」
この管理の館は……ブランローズ庭園は、今でもアルサルの手掛けた草花の生命が息づいている。思わず、涙が零れ落ちてきた。
沢山ストックがあるように見えるカモミールの茶葉も、クッキーも……消耗していればそのうちは無くなってしまう。彼の生きていた証拠が、少しずつ消えていくようで……それは花がいずれ枯れてしまう儚さのようだ。
「紗奈子……泣かないで。すでに、棺の中のアルサルには仮死状態になる魔法の香油を塗っておいたけど。香油の持続期間内に蘇生方法を見つけなくてはいけないからね。あまりのんびりとしていられないよ……紗奈子、キミも行くよね? 乙女剣士として……アルサルを救う旅に」
そうだ、泣いてばかりはいられない。アルサルを救うために私の『乙女剣士』としてのチカラが僅かでも役立つのなら、私は最後まで諦めてはならない。もしも、運命を断ち切るチカラが私の剣に宿っているのなら、アルサルの魂を救い出すことが出来る。
「もちろんよ。けれど、アルサルの遺体をこのままこの館で管理するのは難しいわ。専用の安置室を作らないと」
今はこの館の中で棺を守っているが、ブランローズ庭園はシーズンになると外部からも来客が来るオープンな庭園だ。今はハロウィンシーズンが終わりたまたま休業中だが、12月のクリスマスシーズンには再びオープン形式に切り替わる予定である。
人の目につかず、香油の魔術が維持しやすい安全な場所を探さなくては。アルサルが亡くなったことは、まだごく一部の関係者以外知らないのだから。そして、錬金関係者や庭師仲間などの周囲の人達が彼の死を知る前に蘇生させなくてはいけない。
「ああ。実は今朝、スメラギ様が所有の礼拝堂で預かってくれるとの連絡があったんだ。アルサルのこともだけど、紗奈子が倒れたとの連絡をエルファムさんがしてくれたみたいでね。鳳凰一閃流の師匠として、協力してくれるそうだ。香油継ぎ足し作業もパラディン達が引き受けてくれるそうだ」
「お師匠様が……! 良かった、アルサルの身体はまだしばらく無事でいられる……」
「頼もしいことに教会庁から、派遣されてくる守護天使様達2人が旅に同行してくれるらしい。本当は、東方への旅路の前に聖品に祝別をしてくれるだけの予定だったけど。事態の重大さを鑑みて、共に旅をしてくれるとのことだ」
まさか、守護天使様達が旅に同行してくれるなんて思ってもみなかった。この異世界では、特別な任務を持つ者や巡礼者に守護天使様が同行することはあるらしいけれど。旅の目標が確実なものでなければ、教会庁から守護天使様同行の許可は下りない。
それだけ、アルサル蘇生の旅が現実味を帯びている証拠だと言えるだろう。
「守護天使様達が、ご一緒に? あぁ……アルサルが蘇る方法が本当に見つかりそうなのね。昨夜、天使様にお祈りして本当に良かった!」
蘇生のための話し合いが終わると、ヒストリア王子はアルサルの棺をスメラギ様の所有する礼拝堂へと転移させるために呪文を唱え始めた。
「その身に宿るべき魂を失いし、肉体よ。棺の守りと共に、安息の地へと誘わん。再び魂が宿りし日まで、天の采配に身を委ねよ……! 転移魔法発動」
棺の周辺が魔法陣の輝きに包まれて、キィイイン……と魔術共鳴の音を立てながら消えてゆく。私は魔術の知識はないため文言の意味はよく分からないけれど。死者と棺を転移させるための専用の呪文のように感じられた。
かなり魔法力を消耗するタイプの呪文なのか、金髪から覗くヒストリア王子の額には汗が伝っている。
「さあ、紗奈子。僕達も旅の支度をしないと……礼拝堂のある香久夜御殿を拠点に東方攻略を行う。目標は、行方知れずのアルサルの魂を救い出すこと。辛い旅路だけど、僕が出来る限りキミを支えるから」
決意を宿したヒストリア王子の碧眼は、もはや疲労も迷いの色も見えない。少しずつではあるけれど、いつもの頼り甲斐のあるヒストリア王子が戻ってきたようだ。心細い気持ちで一杯だった私を、ヒストリア王子は優しくフォローしてくれる。
「ヒストリア王子……ありがとう、本当に。私達が前に進まなければアルサルを救うことは出来ない……行きましょう」
 




