第01話 次なる乙女ゲームのシナリオへ
とある守護天使の手記……異世界よりやってきた不安定な魂について。
不慮の事故により、俗に言う異世界転生を果たした女子高生の早乙女紗奈子は、気がつくと『ガーネット・ブランローズ』と言う名の公爵令嬢になっていた。深紅の髪色以外は、地球時代の自分自身と瓜二つのガーネット嬢は、無実の罪で断罪される悲劇の悪役令嬢だ。
どこかで聞いたことのあるシナリオ展開は、紗奈子が地球時代にプレイしていた乙女ゲームそのものだった。しかも、紗奈子以外の地球人達もアバターという状態で、この異世界に遊びに来ているらしい。
ガーネット嬢の婚約者である絶世の美青年ヒストリア王子は、彼女達『乙女ゲームプレイヤー』のトロフィー的な存在として憧れと羨望……そして嫉妬にも似た独占欲の眼差しを向けられていた。
もちろん、その嫉妬心は『本物のガーネット嬢』にも向けられ、彼女には様々な誹謗中傷が続き……。ついに、物言わぬ石像と化し女神像としてブランローズ庭の女神として眠り続ける。
居なくなったはずのガーネット嬢に代わり、『パラレルワールドからやってきた瓜二つのガーネット』として生きることになった紗奈子。異世界よりやってきた彼女に与えられた役割は、連鎖する不幸な運命を断ち切る『乙女剣士』として戦うことだ。
紗奈子を追って一緒に異世界転生を果たし、国王の隠し子『庭師アルサル』として生きることになった紗奈子の恋人である大学生の青年……朝田有去。彼の介入によりゲーム異世界のシナリオは均衡を崩し、やがて崩壊にも似た新たなシナリオを呼び込んで行く。
果たして彼らはこのまま、乙女ゲームと似て非なる不思議な異世界で生涯を終えるのだろうか。それとも、再び命の灯火を地球にて取り戻し、異世界と別れを告げるのか。
断罪のシナリオという繰り返されるループから抜け出した紗奈子と有去は、生死の行方を賭けて命を司る東方を目指すことになる。
「と、ここまでが第1章から第2章までの基本的な記録だけど。なんとも、辻褄の合わない箇所がいくつかあるんだよなぁ……。やっぱり、無理矢理タイムリープを繰り返した綻びが、まだこの異世界に残っているのかな? まぁいいや……そろそろ2人が東方に向かう頃合いだし、様子を見に行こう」
紗奈子とアルサルの魂を見守るように任命された守護天使の少年『フィード』は、ここまで彼らの記録をざっくりと読んで溜息をつきながら地上に向かう。
巨大な修道院を彷彿とさせる守護天使の寄宿舎から地上への階段へ移動するためには、長く果てしない渡り廊下を通過しなくてはいけない。もちろん、その道中では様々な天使達が談笑しており、すでに地上に感化されて俗っぽさで染まっている者も多かった。
フィードが渡り廊下をふんわり飛行していると、其処彼処から天使達の噂話が聞こえてくる。
『ねぇ……最終的には、ヒストリア王子とアルサルのどっちとくっつくと思う? 明日のオヤツのラクレットチーズ賭けようか』
『えー。私、ヒストリア様が紗奈子とくっついちゃうのヤダー! ヒストリア様は、将来人間から天使族に昇格してもらって私が付き合うんだから!』
『あぁガーネット嬢はもちろん、紗奈子ちゃんも可愛いからなぁ! ガーネット嬢も紗奈子ちゃんも、まだ恋人なんか作るべきじゃないよ』
異世界からの転生者であるにも関わらず、魔法国家ゼルドガイアの重要人物に成り代わるような状態の紗奈子とアルサルは天使界でも注目の魂だ。カップルがワンセットで転生した挙句、本来の運命そっちのけでいちゃつく2人に、退屈な天使ライフを過ごす彼らの中には野次馬根性が出る者もチラホラ。
(なんだか、一歩間違えると堕天しそうな発言してる守護天使も多いよな。多分、天使ジョークで本気じゃないんだろうけど)
フィードが亜麻色の前髪をふわふわと揺らして天空から地上へと降りる階段にようやく辿り着くと、同僚の守護天使に出くわしてしまいなんだかバツが悪くなってしまう。
「やぁフィード君! ご機嫌よう。ところでキミが担当しているバカップル、いろいろ問題ありみたいだね。紗奈子ちゃんとアルサル君と言ったかな? 僕も数ヶ月前に天使像に憑依して、アドバイスとかしたんだけどさ。前世でカップルだった連中は結びつきが強くて叶わないよ。どちらか片方地球に戻るなんてなったら、大変だろう」
天使族はもともとキラキラとしたオーラに包まれている者が多いが、中でも今フィードに話しかけてきている『守護天使ナルキッソス』のキラキラ度は限界を突破するレベルだ。ゆるくウェーブを巻いた金髪の前髪をわざとらしくかきあげて、白い歯をキラリと見せつけてきた。緑色の目はエメラルドのように澄んでいて、宝石か美術品が魂を持って動いているかのような美形ぶりである。
「ご、ご機嫌よう……! 誰かと思えばナルシスト守護天使と噂のナルキッソスじゃないか。一応、紗奈子とアルサルはオレが担当している魂なんだから、バカップルとかいう呼び方は控えてくれよ。そういうキミは『アルサルの腹違いの兄ヒストリア王子』の守護天使じゃないか」
そう……紗奈子とアルサルの守護天使はモブっぽいフィードだが、何故かヒストリア王子の守護天使はこの自己顕示欲の塊のようなナルキッソスである。おそらく、天使顔負けの超美形であるヒストリア王子を担当しても自信を喪失しない守護天使が、このナルキッソスしかいなかったのだろう。
そして、際限なくイチャつくバカップルを見守るという苦痛を伴う任務は、モブっぽいが優秀と評判のフィードが適任だったのだ。
そんなわけで、フィードはバカップルを守護しつつ、ナルシスト全開の守護天使ナルキッソスと一緒に仕事をしなければならない。
「ふふっ。パーフェクトな金髪碧眼の美青年ヒストリア王子の守護天使が、想像を絶するほどの超美少年守護天使ナルキッス様だなんて、きっと乙女達は思いもしないだろうね。あぁ……この異世界が乙女ゲームとやらとリンクしているのなら、おそらく全ルートを攻略したご褒美がこのナルキッソス様とのデートクエストに違いない!」
「……分かったから、そろそろ地上へのゲートが開くよ。行こう! 紗奈子達の元へ、そして次なる乙女ゲームのシナリオへ」
* * *
ここは、生まれながらにして魔力を備えた者達をはじめ、精霊、天使、転生者達が集まる不思議な異世界。そして、地球における『乙女ゲーム』と呼ばれるシナリオとリンクした因果の世界。
舞台は中世ヨーロッパを彷彿とさせる『魔法国家ゼルドガイア』から、刀の名手が集うと名高い『東方』へ。
――さあ……次なる乙女ゲームを始めよう!
第2章開始しました。毎週日曜日更新予定です。




