13:満月の夜に交わす誓い
「では、当旅館が提携する『委員会』による通行手形取得の手順をご説明しますね。指定の場所にチームで出向いてもらい、簡単なバトル試験を受けるという方法です。ギルド経由でクエストとして受理されますので、アプリの方から詳しくはご確認下さいコン!」
「あっはい、分かりました。一応、通行手形の取得もギルド経由で受けることが出来たのね。うちのギルドマスターはヒストリア王子だけど、マスター自らクエストに参加させちゃって悪いかしら?」
「ううん、僕だってたまには戦わないと賢者としての腕が鈍るし。昨日は温泉に浸かって、気力も魔力も回復出来たし……準備万端と言ったところかな」
「今日のヒストリアのファッションは賢者というより隠れキリシタンか何かに見えるけど、頼りにしてるよ。おっ……アプリから通知が来てるな。クエストの受理が完了しました」
時間をかけて作成した通行手形取得の申し込み書類を旅館の受付に提出すると、自動的にギルドクエストを申し込んだ設定になっていた。
「へぇ……案外連携が早いのね、じゃあクエストの詳しい内容を確認するわね。データオープン!」
紗奈子がアプリを立ち上げて、クエストの詳しい内容を確認するとそこには驚きの情報が記されていた。
『通行手形取得クエスト』
場所:ゼルドガイア秘境・月の丘
対象:月夜の銀狼
条件:パーティー参加者3人以内
クリア基準:銀狼のもふもふを一部入手
クエスト概要:今宵は満月ですね、お稲荷さん達狐族にとっても嬉しいシーズンがやって来ました。特別なシーズンということもあり、通行手形のクエストも特別仕様となっております! 今回倒して頂きたいモンスターは、月夜の銀狼と呼ばれるとても大きな狼系のモンスターです。
このモンスターは我々キツネ族にとっては非常に手強く、我々のいなり寿司や月見団子を食べてしまうこともしばしば。是非とも、銀狼の魔力の源である『もふもふの毛』を一部入手して頂き、我々に納品して頂きたいのです。もふもふの毛の一部だけでも手に入れることが出来れば、銀狼が我々の区域に寄って来れないようにバリアを張ることが出来ますので。
なお、もふもふの毛以外の素材は、錬金素材として採取してご自由にお使いください。通常の『通行手形取得クエストよりも難易度がワンランク高く』なってしまいますが皆さまのご健闘をお祈りしております。
「えっ……なんか色々書いてあるけどさ。通常時の通行手形取得よりも格段に難しいってことだよね? なんで……」
たまたま満月の時期に訪問してしまったせいで、通常時よりも難易度が高くなっているらしい。アルサルが困惑しながら、受付の人に問い合せると意外な答えが返ってきた。
「ココン! 申し訳ございません。満月の前後は、どうしても出没するモンスターのレベルがアップしてしまいして……クエスト内容も特別仕様なのでございます。しかしながら、そのクエストの時期にこちらへと呼ばれたと言うことはおそらく紗奈子さんの通行手形を取得するための難易度はそれくらい高いと言うことかと」
つまり、要約するとクエストの難易度はその人の通行手形取得までの難解度とイコールということになる。
たまたま運良く2回目の旅館来訪のノベルティとして通行手形を取得出来たアルサルの地球における肉体は、おそらくすぐに目覚められるくらい無事だとして……。紗奈子は、高レベルモンスター銀狼の毛を手に入れなくては助からないほど、命が危ないという憶測が出来てしまった。
流石に紗奈子本人も、自分の地球における肉体が危ないかも知れないことに気づいたのか、アルサルの手をキュッと握ってきた。不憫に思いアルサルも紗奈子の手を握り返すが、それだけでは彼女の不安は拭えないだろう。
ギルドマスターという立場でまとめ役のヒストリアが、これ以上不安にさせないために、話をプラス思考に持っていく。
「そうですか……けど、上手くやればギルドポイントもかなり貯まるだろうし、素材だってレアなものが手に入る。モノは考えようだよ」
「そうだよね、ごめんなさい。なんだか不安になっちゃって……。私ね、自分はもう地球では死んじゃっているものだと思っていたし、そこまで通行手形にこだわっていなかったの。けど、アルサルはテストなしですぐに手形が貰えたから……多分肉体が助かっているんだよね」
紗奈子とて馬鹿ではないし、およその話の流れで自分の肉体の状態とアルサルの肉体の状態がかなり違う可能性に気づいてしまったようだ。地球での2人は想いを通じ合わせていたし、1年後には結婚する予定だった。
アルサル……つまり下宿人の朝田先生は、そのまま早乙女家を出て行かずに紗奈子の夫となり、ずっと家で暮らすはずだったのだから。
* * *
銀狼が現れるという丘へは転移魔法で一瞬でワープ可能だという。日が降りると装備などの準備を整えて、紗奈子達は旅館の転移魔法装置が設置された中庭へと移動する。いつの間にか、外には月が登っていた……今宵は満月だ。
月が迫る恐怖が紗奈子を襲うのか気づいてしまった真実に震えながら、紗奈子は自身の本音を打ち明ける。
「アルサルは……朝田先生の身体は地球でも生きているってそう考えたら。私もどうにかして、向こうに戻りたいって思うようになって。アルサルと……朝田先生と離れたくないから……!」
「紗奈子……! ああ、そうだな。オレ達はずっと一緒だ。病める時も健やかなるときも……まるで結婚のセリフみたいだけど、本当にそう思ってるんだ。紗奈子のいるところが、オレの居場所だから」
「アルサル……!」
改めてプロポーズのつもりで、アルサルは紗奈子に自分の気持ちを伝える。涙ぐむ紗奈子は、いつもよりも幼さが抜けて多少大人びて見えた。異世界人であるヒストリア王子は2人を天使のように見守りながら、このクエストが上手くいくようにと神様に小さく祈り……決意を2人に告げる。
「そうだね、神様に頼りたい気持ちはもちろんあるけど……チャンスがあるなら自分の手で掴み取らなきゃいけない。行こう……銀狼が潜む月の丘へ!」




