12:果たして祈りは天に届くのだろうか
「おはよう! 爽やかな朝を迎えられて、嬉しいね。やっぱり、家族水入らずで川の字になって寝たからかな?」
早朝から、光の熾天使と評判のヒストリアはスッキリとした笑顔で、寝ぼけまなこの紗奈子とアルサルを起こしてくれた。この温泉旅館は内装も和で統一されており、ところどころに狐の置物やモチーフが見られ、限りなく和テイストだ。それもそのはず、この温泉旅館はお稲荷様達が運営するあやかし系温泉旅館で、経営者は人間ではないらしい。
けれど、どう見ても金髪碧眼のヒストリアがこの和室でフラフラしていると、世界観設定のあまりの違いに困惑する。
(あれっ……オレって、西洋風乙女ゲームの異世界に転生してきたはずだけど、いつから和風隠れキリシタンファンタジーになったんだっけ?)
アルサルは、和風の世界観に無理にでもとけ込もうとする兄ヒストリアが、次第に『天草四郎の時代からやってきた、謎の天使』に見えるようになってきた。
のそのそと洗面でヒゲを剃り着替えをするアルサルや、身だしなみ程度の薄化粧を施す紗奈子をよそに、ヒストリアは自分で持ち込んだミニ祭壇で朝のお祈りを開始している。そろそろ仲居さんが朝食を運んでくる時間だし、お稲荷様信仰以外の祭壇を持ち込むのは危険なのでは……とアルサルに不安がよぎる。
「おおっ神よ、今朝も我々に祝福の光を与えてくださったことを誠に感謝しております。今日という日が平穏に過ごせるようにお護り下さい……。アルサルと紗奈子も一緒にお祈りしよう!」
ヒストリアはだいぶ東の国に凝っているのか……。若草色の小洒落た着物を羽織り、その上から白檀で作られたロザリオを胸にかけて、朝のお祈りをする。その姿は、文明が切り替わる時代に弾圧された隠れキリシタンか宣教師である。
「えっ? あぁ……えっと、神様今日もありがとう」
「天使様、いつもありがとう」
半ば強制的に、天使様へのお祈りを捧げさせられて3人で祈っていると「失礼しますコン……朝食をお持ちしましたよ〜ココン」との声が。コンコン鳴いているし、どう考えても仲居さんはお稲荷様の1人だろう。
(まずい、こんな天使全開の祭壇をお稲荷様達に見られたら。よその派閥の人ということでせっかくもらったご利益が、なくなっちゃうかも知れない)
だが、危機感を感じているのはアルサルだけで、仲居さんは気にするそぶりもなく朝食の『秋刀魚と栗ご飯セット、松茸とともに』をテーブルに置いて、立ち去っていった。
「おぉ! 朝から美味しそうだね、お魚の骨を取るのは随分と難しそうだけど。最近は箸づかいも慣れてきたし、頑張って挑戦しようか。この松茸とやらは高級なんだろう? なんだか、高そうな香りが漂っているよ」
「そ、そういえばヒストリアって、お箸の使い方うまいよな。あれは練習してたのか……。箸の使い方で分からない部分があったら教えるからさ。それと松茸っていうのは、東の都や地球の日本でも高いことで有名なんだ」
さすが王子様と言うべきか……松茸を見るのは初めてのようだが、それが高級食材であることを一瞬で見抜く。網で丸ごと焼かれた松茸から漂う芳醇な香りが、その価値をアピールしているためか。
「ふふっ。秋刀魚と松茸も素敵だけど、栗ご飯も秋の味覚でいいわよね。朝から贅沢だわ」
細身の割に美味しい食べ物に目がない紗奈子が嬉しそうに食事をする姿は、前世から変わらない。アルサルは、自分だけが地球へと戻る通行手形が支給されて、紗奈子の手元にはまだ届いていないことを思いだし胸がキュウッと苦しくなった。
(通行手形は他所の国や地球へと戻る足がかり……。オレの手元にあって、紗奈子にはないと言うことは、それだけ紗奈子の方が地球の肉体が危ないと言うことだろう)
すると、ヒストリアはなんでもお見通しなのかアルサルを諭すように目配せをしてから、紗奈子を優しく励ます。
「栄養も高いだろうし、今日の通行手形取得試験もバッチリかな? 頑張ろうね」
「うん。通行手形さえあれば、東の都も全てのエリアが冒険可能になるし、地球へと還る足掛かりになるんですものね。頑張らないと……」
「……通行手形か」
食事を終えるとアルサルは、ふと思い出したように先程簡単な祈りを捧げただけの天使像のミニ祭壇に向かう。
(神様……もし地球へと還れるなら、オレだけじゃなく紗奈子のことも助けてあげてください……)
――果たして、アルサルの祈りは天に届くのだろうか。
 




