11:天使様はいつでも君達を見守っているよ
良い温泉、美味しい食事、荘厳な山の景色……と、久しぶりに都会を離れて観光を楽しんだ3人。ところで、1つの部屋に3人で泊まるという展開は、一応婚約中とはいえ紗奈子としては戸惑うもので。
「今日は、食事も温泉もすごく満喫出来たわね! さて、そろそろ寝る時間だけど……このお部屋って、1つの部屋に3人で寝るのよね。お布団の並び方どうしようかしら?」
紗奈子が困ったように呟くと、アルサルがすかさずひとこと。
「そもそもこの温泉旅行は、オレと紗奈子が当てたものだし、ヒストリアが遠慮して別の部屋に行けばいいんじゃないかなぁ……。ほら、せっかく旅館丸ごと貸切なわけだし。ヒストリアは、どこの部屋だって借りていいんだぞ」
たまたま商店街の福引きで当てたとはいえ本来なら、アルサルと紗奈子の婚前旅行のつもりで訪れた温泉だ。兄ヒストリアとは男同士の裸の付き合いもしたし、そろそろ仲良し兄弟モードを解いてもいい頃合いだろう。
――いわゆる年頃の男としての『夜のアルサル』は、家族にも見られたくない……もう1人の別人格なのである。
「ふっ……分かっていないなぁ君達は。これはあくまでも『家族旅行』なんだよ。しかも、メンバーは3人だ……これは伝統に則って『3人仲良く川の字』になって眠るのがロマンだと思わないかっ」
二十歳になったばかりにくせに図に乗って強めのお酒を飲んだヒストリアは、頬を赤く染めて酔っている状態だった。なんとなく緩んだ姿まで、麗しく王子感を損なわないのが恐ろしいが、普段よりも判断能力が鈍っているはず。
「川の字になって眠るって……お前って、金髪碧眼の絵に描いたような王子の割に、やたらそういう東の都の文化に詳しいよね。いや、けど異文化を研究ってやつなのか。とにかく、そろそろヒストリアには部屋を移動してもらって……あっ! 寝るなよ……」
「むうーん、スヤスヤ……おやすみなさーい」
パタン……と、電源が落ちたゲーム機のように静かになるヒストリア王子。これから、充電作業……と言ったところだろうか。仕方がなく、布団まで引っ張って風邪をひかないように配慮してやる。そこで、アルサルはこの和風の部屋の仕組みにふと気づく。
「あれ……よく考えてみたら、この『ふすま』で部屋を仕切れたんだな。そっか……川の字でわざわざ寝なくても、こうしてヒストリアの部屋とオレ達の部屋を区切って……出来た!」
「まぁ! 気づかなかったわっ。実は『ふすま』で、部屋を分けることが出来たのね。明日は通行手形取得のテストもあるし、安眠しなきゃいけないから……。ヒストリア王子とは一緒に寝慣れてないし、部屋を区切れて良かったわ」
正式な婚約者となってから、はや1ヶ月経つアルサルと紗奈子だが、乙女剣士の本契約もまだ未定だし、いわゆる『初夜』を迎えていなかった。アルサルとしては、乙女剣士の本契約を同時にこなせるように、『儀式用の魔法陣シート』も今回の旅行に持参しており準備万端だ。
何度も繰り返された悲劇のタイムリープでは、紗奈子を言いくるめてうまく結ばれたようだが、何故かこのルートのアルサルはそこまで勢いが作れなかった。この1ヶ月続いた清らかな交際にピリオドを打ち……男として一旗あげる!
(ヒストリアが隣の部屋で眠りについている今が、最大のチャンスだ。同棲している方の家ではベッドルームが別になっちゃってるし、タイミングをうまく掴むなら今宵決行するしかない)
特に今夜の紗奈子は、赤い髪をサイドに結わいて寝巻きは可愛らしい浴衣である。細身の少女らしい身体が布ごしでも見てわかり、それに温泉効果なのか内側から蒸気するようなピンク色の頬は、いつもより色っぽい。
「……ごくり!」
見るからに少女といった風貌の紗奈子が、ふと見せた色気のある仕草に思わず喉を鳴らすアルサル。だが、彼は決してロリコン趣味ではない。アルサルと紗奈子の年齢差は異世界では学年で2つ、地球でも3つと案外近い。たまたまアルサルの方が先に大人の身体になってしまっただけで、本人的にはまだ『お似合いの美少年と美少女』くらいの感覚だった。
「アルサル、そろそろ私達も寝ましょ……きゃっ。もう、アルサル……あんっ……ダメだってば」
「紗奈子……もう、オレ我慢の限界かも。本契約の魔法陣も用意してあるし、今夜……『本契約』シよう」
「あっ! アルサル……はぁん……」
思わず興奮して、浴衣に手をかけながら紗奈子を布団に押し倒すアルサル。耳元と白いうなじを交互に攻めるように、顔を近づけて誘惑していく。ぷるん……と露わになっていく紗奈子の白い肌は、華奢なのに柔らかく弾力があり、アルサルの手に吸いつくようだ。
「なぁ……いいだろう? んっはぁ」
なかなか了承してくれない紗奈子に甘えるように抱きついて、母親の『おっぱいをねだる赤子』のようにくっつくと、母性本能がくすぐられたのか紗奈子の方が流され始めた。アルサルが柔らかな部分をマッサージするように揉みながら甘えると、紗奈子も気持ちいいのか声をわずかに出して身じろぎする。
「もうっやだ……アルサルったら。子供みたい……あっくすぐったい……んっ」
やり手整体師のごとく的確なツボを抑えるアルサルだが、このマッサージをしている箇所がどの部分かは、ご想像にお任せするしかない。
「はぁ……好きだよ。紗奈子……さぁ契約をして……正式な夫婦に」
「でっでも……さすがにこれ以上は、ヒストリア王子が隣の部屋にいるし。ちゃんと籍を入れるまではこういうことしないって、約束してるじゃない。だ、駄目よっ」
「……! なっ? ここまできて……」
(あと少しなのに、ヒストリアの情操教育がここまで紗奈子の意思を強固にしているとは……! なんとしてでも突破口を開かないと)
このままでは、就寝前にアグレッシブマッサージを施したのみで、収穫が殆ど得られないじゃないか……と、野心家のアルサルは思った。彼は『庭師』であって整体師ではない……清らかな花園を自分の理想通りに花開かせるのが庭師のロマンだ。
「だから、アルサル。もう普通に寝ましょ……」
「けど……オレ、もう」
「あっ……らめぇ……!」
ここで引き下がるわけにはいかない……アルサルが男としての武器を最大限に活かして攻撃体制に入ろうとした……その時だった。
――フッッ! 眠り鍼がアルサルの首筋に直撃して……彼を強制的に夢の中へと誘う。
気がつくと隣の部屋として区切ったはずの『ふすま』が微妙に開いている……飛んできたのは吹き矢だろうか。向こう側から見えるギラギラと光り輝くその眼は、スナイパーのようだった。
「やっぱり、温泉旅館は家族水入らずで川の字だよね。僕が真ん中で寝るから、安心して寝よう! ふあぁあおやすみなさーい」
「おっ……おやすみ」
――その場所がどこであろうと……天使ヒストリア様は見ている。天使様の奇跡を体感する秋の物静かな夜となった。
 




