第04話 オレ様腹黒王子がお見舞いに来るそうです
スッキリとした気分で目覚めた朝は、寝汗を流すためにシャワーを浴びてリフレッシュ。ガーネットの自室には、洗面やシャワーなどが揃っているため、身支度は他の部屋に移動しなくてもしやすい。
お気に入りのホワイトローズの香りするボディソープを泡立て、身体の隅々まで洗っていく。自慢の長い髪も、同じ香りのシャンプーとリンスで、香りに統一感を演出。
熱いシャワーに打たれながら、今日のスケジュールを頭の中で調整する。
(まずは、鳳凰一閃流から入門出来るのか話を聞いて。ダメだったら、街にある他の道場を見て回って……)
ガーネットの住む『魔法国家ゼルドガイア』は、その名の通り魔導師の方が数多い。だが、ギルド所属にあたってはパートナーとなる剣士を探すのが一般的だ。そのため、他所の国から腕に覚えのある剣士が移住してきており、ここ数年は剣技を広めるための剣道道場も増えてきていた。
本来ならば、この国の第三王子に嫁入りすることが確定しているガーネットが、剣や魔法の訓練に励む必要はない。現にガーネットが通っている学校は、花嫁修行がメインの女学校だ。
だが、彼女はあの魔法のブローチによって、前世の記憶を思い出してしまった。この世界は、転生前にプレイしていた乙女ゲーム『魔法国家の夢見る乙女達〜今宵、王子様と甘い時間を〜』の世界である。
プレイヤーのポジションに転生出来ていれば良かったが、あいにくガーネットはプレイヤーのライバルである『悪役令嬢』と呼ばれるポジション。
そして、思い出したのはそれだけではない。恐ろしいことにガーネットは近い将来に無実の罪で断罪されて追放されるということも、思い出してしまったのだ。
「だけど、大丈夫。掟の厳しい道場の見習い剣士になって誕生日パーティーを開けないようにすれば、いいだけ。回避ルートは見つかったし……よし、行こう!」
すでにガーネットの主な意識の舵取りを行うのは、彼女の前世の人格『早乙女紗奈子』で、公爵令嬢【ガーネット・ブランローズ』ではない。特徴的な『ですわ口調』から一般庶民的な話し言葉になってしまったのがネックだが、剣士を志すようになったため高慢な言葉遣いを辞めたと言う設定を貫くことにした。
* * *
「ふう、スッキリした。さてと、出かける準備を始めて……」
ペットボトルの水で水分を補給し、喉の渇きを癒した後はドライヤーで髪を乾かす。アウトバストリートメントも忘れずに。次にお化粧をしようとした瞬間、自室のドアがガチャリと開いた。
何不自由ないお嬢様ライフの欠点は、使用人達が自由に部屋へと出入り出来ることだ。プライバシーを重要視するお嬢様なら、そういう生活はしていないのだろうけれど。ガーネットは、日常的な雑務の殆どをメイド達にやらせていたため、部屋の出入りもメイドが自由に出来るのである。
「お、お嬢様! ガーネットお嬢様、目が覚められたのですかっ? まだ、朝の5時ですよ。あぁでも安心しました。昨日は突然倒れられて、びっくりしましたが、お医者様は何ともないというし。悪魔祓いが効いたのでしょうか?」
部屋に入って来たのは、昨日庭園で悪魔祓いをしてくれたメイドAことクルルだ。前世と記憶が混同してしまい昨日は彼女の名前が思い出せなかったが、ガーネットの面倒をよく見てくれている。そもそもメイドAという呼び方は、クルルの乙女ゲーム内での名称だろう。悪役令嬢の周囲の人達は、正式な名前が不明瞭なモブが大勢いたから。
けれど、ガーネットにとってはクルルはモブではない。貴重な年頃の近い話し相手を兼任する身近なメイドなのだ。
昨日の悪魔憑き事件のこともあるし、もう正常だというアピールのために、なるべく笑顔で会話をしよう。
「おはよう、クルル。そういえば、みんなで悪魔祓いをしてくれたのよね。心配かけて、ゴメンね。でも、もう大丈夫よ! 私ね、悪魔に取り憑かれない強い心を作るために、剣士を目指すことにしたの。鳳凰一閃流みたいな一流剣道に入門して、心身ともに鍛えるつもりだから」
「ふぇっ? はわわ……ひぃいいいっ? お、お嬢様が。私のことをメイドAではなく、アルルと名前で呼ぶなんて。ガーネットお嬢様が、まるでごく普通の娘さんのようなお言葉遣いをっっ。『ですわ口調』はどこに行ってしまったんですかっ。やっぱり、まだ悪魔に取り憑かれているのではっ」
何故そこで動揺する? いや、仕方がないか。これまで超高飛車唯我独尊お嬢様キャラを貫いていたのに、突然フレンドリーな普通の娘になっていたら驚く人もいるのだろう。
「大丈夫よ、取り憑かれてなんかいないから。むしろ、自分の内面と話し合ってスッキリしちゃったわ。もう、無理して高飛車な公爵令嬢を演じたりなんかしない。ただ、以前からやっかみが多かったし、一族が滅ぶと良くないから第三王子ヒストリア様との婚約は、こちらから辞退させていただくわ」
「えぇええええっ! お、お嬢様、お気を確かにっ。まさか、毎年千通以上送りつけられて来ていた『不幸の手紙』に気づいていたのですかっ? 私がいつも引きちぎっておりましたのにっ。それとも、ご主人様のところに毎夜現れるという先祖霊の婚約取り止めのお告げのせいでしょうか? いけませんっ。先祖霊はともかく脅迫に屈して、婚約を辞退されるなんてっ」
つまり、無実の罪で断罪される前から、尋常ではない数の不幸の手紙や、先祖霊からの警告が毎夜来ていたということか。
「で、でも。そんなに脅迫されていたなら、この婚約が上手くいくはずがないわ。それにご先祖様の仰ることは、尊重した方が良いでしょうし。とにかく、私は己を鍛えるために剣士を志すから」
「お嬢様が、剣士……。ナイフやフォークよりも重いものを持たないガーネットお嬢様が、いきなり剣を握るなんて。あぁっ! 私、どうすればっ! 今日は午後から、ヒストリア王子がお見舞いにいらっしゃるのにっ!」
「えっヒストリア王子が、お見舞いに? な、なんで突然。あの人、自分からマメに動くタイプじゃないはずなのに」
まさか、婚約者である第三王子ヒストリアの来訪が決定していたとは。いや、いっそのこと婚約を辞退する旨を告げれば良いのだろうか。
この時まで、私はすっかり忘れていた。乙女ゲーム内における第三王子ヒストリアの通り名が『オレ様腹黒王子ヒストリア』であること。
――そして、高いプライドと強い独占欲を持つ彼が、婚約解消の申し出なんて聞くはずがないということに。