10:神様からのノベルティ
まさか、自分が2度目の来訪者であると旅館の受付に認識されると思わなかったアルサルだったが、『人間とは違う種族』には何でもお見通しなのだろうと納得することにした。ここは、やはり地球時代に兄と一緒に訪れた思い出の温泉旅館と『イコール』なのだろうか……とまさに『狐につままれた気分』だ。
ロビーには陶器の小さな白狐の置物や狐面、稲穂の掛け軸などお稲荷様を彷彿とさせるアイテムが多数。確か、地球の旅館もお稲荷様が作った温泉の伝説にあやかって狐グッズがたくさんあった。
ただし、当時の記憶が確かなら『あやかし温泉旅館・お稲荷様こんこん支店』なんて、神様的なアピール力の高い名前ではなかった気がする。
「お部屋は、奥の『金色稲荷の間』になります。自慢の内湯もありますが、男性には露天風呂もオススメです。ごゆっくり……」
ヒストリアが部屋の鍵2つを受け取り、アルサルは館内着とタオルを受け取る。
「あっはい。じゃあ、一旦荷物を部屋に置いたら、僕とアルサルは露天風呂の方へ行ってくるけど。紗奈子はお部屋でゆっくり内湯かな?」
「ええ、さっき可愛い美容系のノベルティをたくさんもらったから、たまには自分磨きをしてみるわ」
「もう1つの部屋の鍵は紗奈子に預けておこう。僕とアルサルは一緒に行動するから……」
本当は家族風呂的な内湯があるのだから、恋人同士でまったり内湯に浸かっても良かったアルサルだったが、話の流れは完全に男女別で入浴する方向性だ。清く正しい男女交際を推奨する風紀委員のような兄ヒストリアが見張っている中、内湯でアルサルと紗奈子がイチャラブ混浴でお背中流しあいなんてことは、絶対に不可能だろう。
「紗奈子、はしゃいで逆上せないようにしろよっ。身体が熱くなったらすぐに風呂を出て、あと水分補給しっかりと!」
「うふふ、内湯だし露天よりは安心だと思うけど一応気をつけるわ。2人ともいってらっしゃい!」
どういうカラクリで、地球からも異世界からもこの場所にたどり着けるのか、仕掛けは人間であるアルサルには分からない。けれど、神様というのは心の中を覗けるというし、それらが住まう場所に行くということは人間の域を超えた世界だと思われる。
部屋に荷物を置いて、地球時代にも訪れた例の露天風呂へヒストリアと2人で行くことに。紗奈子はお部屋でお留守番だが、いろいろ美容ノベルティを試したり出来るから寂しくはないだろう……とアルサルもヒストリアも安心して部屋を出た。
「なんていうか、2度目の来館扱いでちょっとだけ得しちゃったね……ユキ君?」
「ちょ……ヒストリアッ。その呼び方やめろよっ。その呼び方で呼んでいるのは地球じゃ兄だけだったんだから。何ていうか、お前もここでは兄だけど……気持ちの面でアルサルとユキは別でいたいんだよ」
受付での手続きはほとんど、アルサルとヒストリアが行い紗奈子は女性用の美容グッズを受け取るのみで手続きには干渉していない。だから、受付の人が先程話していたアルサルの地球時代の本名が『朝田有去』であることは聞かれていない。この異世界における兄のヒストリアには、自然の流れでアルサルの本名がバレてしまったが、そういう流れだから仕方がない。
(なんとなくだけど、ヒストリアにはオレの事情をいろいろ把握してもらった方が安全なのかも知れないな。けど、なんで地球の兄に似ている上に呼び方まで同じになるんだろう? ヒストリアと地球の兄じゃ、年齢が違うのに)
アルサルがムスッと不機嫌なのが伝わったのか、慌ててヒストリアが謝る。
「ご、ごめん。なんだか、ユキ君って呼び方がしっくり来る気がしちゃってね……つい。けど、紗奈子はもしかして君のフルネーム覚えていないようだし。一応、僕達兄弟の秘密にしよう。おや……お稲荷様はここだね。お供え物もあるし挨拶しないと」
露天に向かう途中、以前も見つけたお稲荷様のお社に再び遭遇。記憶では中庭の中心に設置されていたお社だが、今は雨風をしのぐためか屋根のある外の通路近くに移動していた。
「お稲荷、峠の喫茶店で購入したいなり寿司セットです。よろしければ、どうぞ……」
* * *
「ふふっ……隅々まで身体を洗って清潔にしたし、メインの露天風呂に入ろう」
「えっ……ああ。入ろう」
久しぶりの露天風呂は貸切なだけあり、広々と使えた。インテリ賢者のイメージが強いヒストリアの裸が、意外と良い筋肉がついていてビビってしまったアルサルだが、口には出さないことにする。
きちんと身体を洗ってからゆったりと浸かる天然温泉源泉掛け流しは格別で、天国にいるようだ。
「はぁ〜生き返るようだねっ。景色も絶景だし、お湯はヌルヌルで身体が自然とほぐされていくようだし」
「ああ……日頃の疲れがドッと出るし、また眠くなりそう……」
「寝ちゃダメだよ〜僕、アルサルをおんぶして部屋まで運ぶの嫌だからねっ。明日は、紗奈子の通行手形を取得するのを手伝わないと……」
やはり、通行手形の話を覚えていたのか……とアルサルはちょっとだけ気が重くなる。別にもう、どうなっているか分からない身体を抱えて地球で甦りをするつもりはない。アルサルは尊敬していた兄のことを思いだしたら、余計にそう思えるのだ。万が一、『朝田有去』としての肉体が治療が困難なのであれば……無理に生きて兄の負担になりたくなかった。
「ヒストリア……この間も話したけど、オレは通行手形を取得する気はあまりなくて。地球での兄の負担になるなら……天に召されてしまった方が……」
「いや、アルサルの通行手形はさっき『ノベルティ』で貰ったんだよ。多分、意識さえ戻れば大丈夫ってことなんじゃないかなぁ……。だから、テストが必要なのは紗奈子だけで……」
驚いたことに2度目の来訪者として手渡されたノベルティは、現世へと甦る手がかりとされる『通行手形』だった。ふと、地球で兄が語っていたことを思い出す。
「もし、神隠しに将来遭ったとしてもここの温泉に浸かっておけば、戻ってこれるらしい。お稲荷様のおチカラでね……」




