第33話 後日談と言う名のプロローグ
波乱の誕生日パーティーから1週間が経ち、私……異世界転生者である早乙女紗奈子の日常は落ち着きを取り戻していた。ヒストリア王子のまさかの決死の告白により一度は崩壊しかけた乙女ゲーム異世界だったが、第1章がクリア認定されたお陰で、どうにか元どおりの綺麗な状態に戻っている。
パラレルワールドの『ガーネット・ブランローズ嬢』と言う複雑なポジションに置かれた私だったが、結局ここブランローズ家の『養女になる』と言う形で落ち着いた。魔法大学ではパラレルワールドの研究を以前から行っていたそうで、今後は研究に協力するという名目で僅かながら社会的な地位も保たれそうだ。
しかし、この世界における本物のガーネット嬢は一時的に石像から戻ったにも関わらず、石化の断罪から逃れることが出来ずに女神像になったままである。きちんとした薬を練金したとしても人間には戻らないそうだが、女神像としてブランローズが誇る庭園を見守っているのだった。
この世界では本物のガーネット嬢ではない『紗奈子』が、ガーネット嬢の個室を占拠するのも申し訳ないし、予定通りアルサルと一緒に庭園管理の館で暮らすことになった。
「紗奈子、剣術理論の勉強終わったか? そろそろお茶の時間にしよう。お前の好きな食用薔薇の砂糖漬けを紅茶に浮かべようと思うんだ」
「わぁ! 私、その紅茶の飲み方大好き。クッキーも用意して一休みしましょう」
アルサルはブランローズ邸の庭園全体の管理を任されていて、決まった時間にお花のお世話をするのが仕事。私は、この数日間は乙女剣士の基礎理論をテキストで勉強しながら、館でのんびりさせてもらっている。ヒストリア王子が派手な婚約破棄パフォーマンスを行ったせいで、あまり外に出られないというのも実情だけど。
と言うわけで、この館での暮らしはいわゆる同棲状態であるが、私とアルサルは婚約しているし、世間から見ても問題ない……問題ないはずなのだったのだが……。
ピンポーン!
軽快に鳴るベルの音……この庭園は、特定シーズン以外は一般開放されていないため、来客は顔見知りがほとんどだ。
「やぁもうすぐ、ティータイムだね! 美味しいマカロンを一緒にと思ったんだけど……」
インターフォン越しでも伝わる甘いテノールの麗しい王子様ボイスは、正真正銘この魔法国家ゼルドガイアの第三王子であるヒストリアだろう。アルサルとは腹違いの兄弟であるが、金髪碧眼のヒストリア王子と亜麻色の髪に飴色の眼のアルサルは双子のようである。
そんな超イケメン王子が、なぜこの館に……弟さんに会いに? と思われる方もいるかも知れない。だが、彼がこの館に訪問してくる理由は弟に会うためだけではなかった。一応、兄を迎えるためなのか、はたまた本音は帰って欲しいのか……アルサルが心底面倒くさそうに玄関ドアを開ける。
「……ヒストリア、お前懲りずにまた来たのかよ」
「ふふっ。だって、愛しの婚約者に会うためだからね! 紗奈子、さぁ一緒に愛のマカロンを食べて、結婚へのフラグポイントを僕と高めようじゃないかっ。あっちなみに今晩は、ここの館に泊まることにしたから」
「はぁあ? 泊まるって何? その……なんだ。今日はオレと紗奈子が『初めての夜』を迎える予定で……おいっ! 人の話聞けよっ。バカ兄貴っ」
そう……婚約破棄となるはずだったヒストリア王子とは、この世界のガーネット嬢が女神像になったこともあり、完全には婚約破棄とならなかった。それどころか、雨嵐さらにカミナリが吹き荒れる中、女神像の前で行われた一代告白イベントの際に交わした奪うようなキスは『乙女剣士のパートナー契約成立』とみなされた模様。
例の洞窟でもないのになぜ契約が成立したかと言うと……1つは契約を見守る女神像が目に前にあったこと。もう1つは、この魔法庭園自体があらゆる契約儀式に対応した巨大魔法陣であったことだ。
偶然なのかそれとも作為的なのか……ヒストリア王子は、私とアルサルが本契約を交わす前に『もう1人のパートナー』として仮契約者となったのだ。つまり、今の私には婚約者が2人いる状態。すなわち、アルサルとは正式なパートナーが決まるまで本契約……初夜を迎えることが出来なくなった。
お陰で同棲状態でありながらもまだ、清らかな『純潔」を保つことが出来ている。アルサルのことは好きだけど、恋愛に慣れていない私にとっては、進展の速度が早すぎたのも事実。すぐに身体を重ねるのではなく、愛を育む時間を持ちたいと思う。ヒストリア王子曰く、純潔を第1章のラストまで保つことで、第2章へのフラグが立つらしい。
穏やかな午後の昼下がり、複雑な三角関係のティータイムが行われ、雑談もそこそこ話題は例の乙女ゲームに。
* * *
「ところで、その乙女ゲームのシナリオがどれくらいリンクしているかは、冒険者スマホでも確認出来るんだ。ちょっと、アプリを立ち上げて覗いてごらん」
「へぇ……アプリかぁ。もしかして、私が倒れた日に実装予定だったスマホ版とリンクしているのかな? どれどれ……」
「まったく、紗奈子はまた乙女ゲームになんか夢中になって! 目の前にいる恋人の方に気持ちを傾けなさい!」
アルサルは時折、家庭教師の先生のような口振りになるが、それも彼の前世が私の家庭教師である朝田先生だった影響だろう。思えば前世から朝田先生は、下宿人というポジションで一緒に暮らしていたし、内緒の恋人でもあった。今の状況は、地球での生活と環境が近づいたに過ぎないだろう……ヒストリア王子の存在以外は。
懐古的な言い方だが、るんるん気分でアプリを確認すると『新しいデータがあります』の文字。Wi-Fiルーターを起動させて、ダウンロードを開始。随分と長いけれど……結構容量がありそう。
「あれっ……すごい、乙女ゲームなんだけど本格的なスマホRPGって感じ。わっ! オープニングってムービーと主題歌がある?」
「へぇ……どれどれ、なかなかいい曲じゃないか……って、このムービー。イケメン多過ぎだろっ! イケメンカタログかよ、なんじゃこりゃっ? いかんいかん、こんなホストクラブも真っ青なヴィジュアル系イケメン軍団が出てくるゲーム今すぐ辞めなさい! 現実の彼氏である朝田先生ことアルサルを大切にしろっ」
アップテンポのオープニング曲に合わせて、様々な国のイケメン達が次々と紹介されるムービーはさすがスマホ版と言ったところ。携帯ゲーム機版では実装されなかった『東の都』も登場するらしく、和装ヴィジュアル系イケメン達に胸が高鳴る。
「ふふふ……携帯ゲーム機との連動も可能な第2章以降は、他所の国への通行手形が実装されて、東の都にも行けるようになるんだ。イベントクエストも増えるし、自信作だから紗奈子も楽しみにしててねっ! 特にアルサルは、これから実装されるイケメン達に負けないようにスキルやファッションを工夫しないと……。初期メンバーのキャラなんてあっという間に、バトルメンバーから外されちゃうよ」
まるで、ゲームの宣伝動画のごとく今後の実装予定を熱く語るヒストリア王子は、やり手のプロデューサーかディレクターのようである。だが、ゲームにトラブルが起これば弾圧されるのも責任者の宿命……。そんな覚悟を胸に秘めた悲壮感さえ、ヒストリア王子は忠実に醸し出していた。
「ヒストリア? なんでお前が新たなイケメン軍団達のことでドヤ顔してんの? っていうか、ヒスちゃんはこのゲームと一体どのようなご関係?」
「ナ・イ・ショ!」
アルサルもさすがにヒストリア王子の不思議な発言に違和感があるのか、ツッコミを入れるが私としては乙女ゲームで遊べればいいだけなので、細かい事情はどうだって良かった。ヒストリア王子もアルサルを華麗に無視して、自らゲームの操作方法をレクチャーしてくれるらしい。
「まずは、第2章が始まるまで、イベントクエストで遊んでみようか? レクチャーしてあげるね。今回のイベント報酬は、可愛いパステルカラーの家具で限定品なんだよ」
「うわぁ……すごい、イケメンがたくさんだしバトルも多いし、お部屋作りも楽しいし。乙女ゲームってサイコー!」
――そんなこんなで、今日も楽しく乙女ゲームを楽しむ。私達の乙女ゲームは終わらない……ううん、これからが本番なのだから!
【これからの更新予定】
第1章後日談のあとは、イベントクエストを更新、第2章開始と続く予定です。




