第29話 乙女ゲームのシナリオを演じてみないかい?
「うぅん……ここは、一体。わたくし、コカトリスに石に変化させられて、それで長い時間女神像としてこの洞窟で……。ヒストリア様……ヒストリア様なのですかっ」
「あぁ、長い時間心配させてごめんねガーネット嬢。僕は君を救い出すためにあらゆる手段を講じて……タイムリープの禁呪やパラレルワールドの扉を開くこと。あらゆる思いつく方法、すべてに手を出したんだ。そして、一時的とはいえ君を石化の呪縛から解放できた。彼らのおかげでね……」
ヒストリア王子が私とアルサルをガーネット嬢に紹介する。私とガーネット嬢はパラレルワールドの自分自身という複雑な関係だ。私には、前世で地球の女子高生だった『早乙女紗奈子の魂』が入っているが、彼女は正真正銘の異世界人『ガーネット・ブランローズ嬢』のようだった。
私が前世でプレイしていた乙女ゲームの中では、ガーネット嬢は悪役令嬢というプレイヤーにとってはあまり好かれないポジション。けれど、宝石のような赤い髪と白薔薇のような美しい肌を持ち、その輝きはまるで女神と見まごうばかり……という名は体を表すという綺麗なご令嬢で、彼女に憧れるプレイヤーも多い。
「あなた達は、そう……紗奈子とアルサルですわね。長い時間、女神像として暮らしていくうちに本当に神の目線を手に入れて……。遠巻きながら、あなた方のことも何となく存じ上げておりますわ。儀式も無事に成功したんですのね」
身も心も生粋のお嬢様であるガーネット嬢に深々と頭を下げられて、思わず緊張してしまう。私がどう返していいか分からずに、お辞儀だけして無言でおどおどしていると、アルサルが代わりにガーネット嬢にお礼を言う。
「あぁ、ご無事で何よりガーネット嬢。あなたが儀式を見守っていてくれたお陰で『ウチの紗奈子』も無事だしホッとしたよ。なんてお礼を言えばいいのか……ほら、紗奈子も! ん、どうした……緊張の糸がほどけちゃったか?」
「えっ……あっはい。改めまして、こんにちは……早乙女紗奈子と申します。今日はお日柄もよろしく、あっ……実は私、パラレルワールドのガーネット嬢みたいなんですけど」
ギクシャクとした挨拶をする私にガーネット嬢がクスクスと笑い始める。よっぽどおかしかったのか、ちょっぴり涙目だ。それとも、笑って誤魔化しているだけで……本当は泣いているのだろうか。
「うふふ……もう1人のガーネット、いえ紗奈子とアルサルは、とっても仲が良いんですのね。ところで、アルサルは前世から紗奈子とはお知り合いのようですけどご兄妹か何か? まるで先ほども保護者のようでしたけど」
「あっそういえば、あんまり感心できないけれど、アルサルは前世で紗奈子が事故に遭って思わず後を追ってしまったんだろう。アルサルは前世で紗奈子とどういう間柄だったんだい? こういうことを言うと、アルサルには失礼だけど……結構君達の中身には年齢差がある気がするんだが」
鋭い質問がお2人から飛んできて、思わずギクリとする。だが、よくよく見るとヒストリア王子は目が笑っておらず、アルサルの返答によっては天使のお説教が待ち受けているようだった。
「えっっとお……アルサルは、前世では朝田先生と言って……うちで下宿している大学生で、家庭教師の先生だったの。まぁ……そんな感じ?」
私が頑張ってオブラートに包んで説明をすると、アルサルこと朝田先生の目がふよふよと泳ぎ始めている。別に紗奈子と朝田先生の年齢差はそれほどでもないが、いわゆる大人と子供という扱いが私達の恋愛を秘密のものにしていたのは事実だ。
「ほう……『庭師』ならぬ『家庭教師』か……じゃあ、実の兄妹とかではないんだね。紗奈子は女学生だという話だが随分と幼いよね。朝田先生とやらは先生とか名乗っているし、家庭教師とはいえ保護者なのかな?」
「いっいや! ヒストリアは地球の文学に詳しくないから知らないかも知れないけれど、下宿人とその家の娘って暗黙の了解で恋人になるんだよ。最初は……娘の方が反発してくるんだけど、次第に心を開いていって……」
つまり、自分達は前世から恋人同士であることをヒストリアに理解してもらいたいのだろう。ヒストリア王子は倫理感に溢れた紳士であり、光の熾天使という異名を持っていた。そして、年齢制限を乱しそうな悪い男には、制裁を下すのが趣味である。
「ふうん……下宿人で家庭教師で自然に流れで恋人かぁ。乙女ゲームをプレイしている最中に突然中断させてキスしたり、あれこれした挙句『あっダメェ』とかいう紗奈子に『黙っていれば大丈夫だよ、今日は紗奈子が大人になるための授業なっ』とか、勉強そっちのけで押し倒す。手の早ーい家庭教師のことじゃないよね?」
「……っ! 何故そのエピソードを知って……はっ。まさかっ」
聞くだけで恥ずかしくなるような、私の自室で展開されたラブラブエピソードを何故ヒストリア王子が?
「ふふふ……どうやらその乙女ゲームとやらから、君たちの様子を覗き込んでいた記憶があるみたいなんだよね。まぁゲーム機の画面を閉じられちゃうと、分からなくなるんだけど。これは、朝田先生とやらも前世から様々な罪を背負っている気がするよ。どうやって償わせようか」
「そ、そんな馬鹿な! オレと紗奈子は両親公認なんだよ。紗奈子の卒業後は結婚して、そのまま紗奈子の実家で二世帯新婚生活の予定だったから別に違法行為じゃないからな! はっ……そうだ、今は昔のことより、これからのことを考えよう! ほら、パラレルワールドから来た紗奈子とこの世界のガーネット嬢、パッと見そっくりだろう? 同じ人ってことになってたし、どうするんだ?」
そういえば、女神像ガーネット嬢が一時的とはいえ石化解除されたのはいいけれど、同じ世界に2人も『ガーネット・ブランローズ嬢』がいるのはちょっと違和感がある。
「そのことなら、僕に考えがある。その乙女ゲームのシナリオを僕達で演じてみないかい。みんなの前で婚約破棄を宣言する『追放ルート』とやらをさ。きっと、全ての面倒な説明も勢いだけで解決出来るよ。ちょっとだけ手を加えれば……ねっ!」
柔らかに微笑むヒストリア王子は、まさに天使の微笑みで……だけど、ゲームのシナリオ通りちょっぴり腹黒さをも感じさせるのだった。




