ヒストリア王子目線03:愛する彼女に記憶が辿り着くまでは
1周目のタイムリープの記憶は、他のパラレルワールドと時間軸が融合することで、プツリと切れた。
記憶が途切れたのは……正確には、僕のいた世界では流産という哀しい結末で生まれてこれなかった弟『アルサル』が、異世界転生者の魂の受け皿になることで存在する世界と融合し……。さらに前世の記憶と魂を引き継ぐ『もう1人のガーネット・ブランローズ嬢』が現れて、その2人がここの世界の住人になることを僕が完全に『認識』した瞬間である。
* * *
僕ヒストリアが弟アルサルと初めて会ったのは、彼が十七歳の頃だ。小さな頃にも何度か会ったことのある設定らしいが、おそらくそれはパラレルワールドの方の話だろう。
思わず女性が見惚れそうな栗色の髪のスラリとした『いわゆるイケメン』が、父に連れられてレストランにやってきた。それがアルサルである……もちろん、いろいろと込み入った話があるため貸切だ。
「ちゃんと会うのは初めまして、かな。ヒストリア王子」
「一応、腹違いとはいえ兄弟なんだから、ヒストリアって呼び捨てでいいよ。よろしくね」
持ち前の社交性と作り笑顔でアルサルとの初対面も、なるべくにこやかにするが、内心はヒヤヒヤしていた。僕がタイムリープとパラレルワールドの禁呪を何度か行った影響で、既にこの世にはいないはずのアルサルが生存している世界へと生まれ変わっていたのだから。
アルサルは栗色の髪とこげ茶色の瞳が特徴で、はっきりとした目鼻立ち、金髪碧眼の僕とは色違い風だ。違いといえば、辺境の田舎で豊かな自然に囲まれて育ったせいか、アルサルの方が男っぽい体躯である。
「アルサルはなぁ……辺境の田舎暮らしが長いものの、錬金術を勉強している秀才でな。珍しい薬やアイテムを自分の手で作り出すことが出来るんだよ。これは、珍しい植物が自生する辺境地で育ったおかげだろうが。ふふっ……何が功を奏するか分からないなぁ」
離れて暮らしているからなのか、それともそれとも本来的には、この世界では生まれて来れないはずのアルサルを国王である父は随分と可愛がっているようだった。良い暮らしはしているらしいが『隠し子』というポジションに生まれた彼は、もう少し捻くれているのかと思ったけれど。父が、愛情を示しているせいか、それほど鬱屈しているようには見えなくて安心した。
我が国は魔法国家であるものの、錬金術は資料不足で発展しなかった国。アルサルは隣国の王家の血を引くだけあって、錬金術の資料が隣国の王家から次々送られ、どんどん知識は増えていったらしい。父も彼のために、出来るだけの援助をしていたのだろう。
まぁ、父が気にいるのも分かる気がする。顔よし、スタイルよし、声よしの三拍子で、尚且つ錬金の才能に恵まれている……自慢したくなるのだろう。コースの料理を食べるナイフやフォークの手つきもそつなく、上流の教育がきちんと施されているのは明らかだった。
「へぇ……錬金術というのは、随分と凄いんだね。我が国では、殆ど発展していない技術だけど、もしかして隣国の技術なのかな? 難解な現象も治せたり……例えば石化とか」
まだかろうじて、1周目のガーネット嬢が石化で苦しんでいることを覚えていた僕は、石化の解除が錬金術で出来るか聞き出そうと必死だった。もしかすると、アルサルの登場によってガーネット嬢の呪いが解けて、タイムリープが終わるかも知れないからだ。
「石化ですか……なんのモンスターが原因で、石化しているのか調べる必要があるけど。例えば、有名どころだとメデューサが原因の場合はその生き血が必要だというし」
「ふむ。ヒストリアも賢者としては有望だが、錬金術師の血を引いていないからなぁ。アイテムなんかで困ったことがあったら、アルサルに相談すると良い。ただし、兄弟だからといって錬金の依頼料はきちんと支払うんだぞ。よし、ギルドで仕事を引き受けられるように手続きしよう! アルサルはさらに錬金の知識を深めるために、普段はブランローズ邸で庭園の世話も行うつもりらしいから……まぁ仲良くな」
父の計らいで同じギルドに所属することになり、接点を作りやすくなったことにホッとする。石化技術をアルサルに相談することで糸口が見つかるだろうし、貴重な錬金術が身近で利用しやすくなったからだ。
これまで、錬金術を他国に依頼しようにも、技術の流出を防ぐという条約のせいで貴重とされる錬金の薬は輸入不可能だった。素材を無効に採取しにいっても、肝心の錬金を依頼できる相手すらいない。特に石化レベルの現象解除は、かなり難しく秘術レベルの知識が必要。だが、隣国王家の秘術を使えば……かなり成功率は高いはずだ。
一気に解決へと進むはずが、もう1人の『ガーネット・ブランローズ嬢』の登場で、すべてストップしてしまう。
「ヒストリア王子、ごきげんよう! ふふっ。今日も我が家の薔薇は綺麗よっ」
「ガーネット……なのか……?」
僕の記憶よりもやや幼いもう1人のガーネット、その無邪気で可愛いらしい笑顔は僕の心を一瞬で射抜く。
僕の中での認識が彼女の存在を認めた時に……最初のガーネットに関する記憶は遮断されて、僕は彼女とアルサルと終わりの見えない三角関係を続けることになった。
僕はタイムリープの根源であり、アルサル達は転生前の罪を背負っている。だから、因果を解消するまでは、この閉ざされた輪に閉じ込められる運命だったのだろう。
真に愛すべき『僕だけのガーネット』に僕の記憶が辿り着くまで……僕は記憶の迷宮を彷徨っていたに過ぎない。
きっと、これで良かったんだ。
例え僕が『早乙女紗奈子という前世の記憶を持つ、もう1人のガーネット嬢』に何度失恋しようとも……。僕が愛していたのは、『女神像として封印されている本来のガーネット嬢』ただ1人なんだから。
――けど、紗奈子のことも好きだったのは真実で……不思議と胸が苦しくて……。だからさ、ちょっとだけ……泣いてもいいだろう?




