第27話 その庭師の真実〜生存ルートの融合
通常時は破壊することが不可能とされるコカトリスの石化を司る『コア』が、紗奈子の運命を断ち切る剣技によって砕かれ……断罪の魔物は倒れた。
「キュゥイイイイッ!」
ドォオオオンッ! コカトリスの巨体が墜ちることで、立ち上る砂埃が視界を阻む。ガーネット嬢が石化させられた元凶とも言える個体が倒れれば、彼女にかけられている呪いも和らぐはずだ。
やがて、砂埃が落ち着くと紗奈子、アルサル、ヒストリアの3人は次第にお互いを認識出来るようになっていた。
「けほっけほっ! アルサルもヒストリアも大丈夫? これで、少しはコカトリスの石化呪いはマシになるのかしら」
「おそらくは……完全に石化を解くには遠い国にあるという花を用いて錬金術で、薬を作るしかないんだろうけど。この世界の魔物は、1時間ほどで個体が自然に還る仕組みだ。素材を剥ぎ取りたいなら、今やるしかないか……。もしかすると、石化を治す治療薬にコイツの素材が必要になるかも知れないからな」
錬金術らしく冷静な判断で、討伐したばかりのコカトリスから、錬金素材の剥ぎ取り作業を開始するアルサル。斬れ味の良い剥ぎ取り用のナイフで作業を行うストイックな姿は、まるで、もともとこの世界の錬金術師であるかのような手際の良さ。
だが、彼は紗奈子と同じ転生者、なおかつ魂は恋人である紗奈子を追いかけてきた『朝田先生』だとは、ヒストリア王子も想定外だろう。
「アルサル、大変だろう? 僕も剥ぎ取り作業手伝うよ。ガーネット嬢の石化を解く素材は、何が必要になるか分からないし」
「えっ……ヒストリア王子、もしかしてタイムリープの初期のガーネット嬢がこの洞窟に封印されていたことを思い出したの」
「ああ、君たちが儀式を成功させてくれたおかげでね。君は……紗奈子は、僕が禁呪で扉を開いたパラレルワールドからやってきたもう1人の『前世の記憶を持つガーネット・ブランローズ嬢』なんだろう」
ヒストリア王子は、剥ぎ取り作業を手伝いながらまるで夢でも見ているかのような気持ちで、紗奈子やアルサルの方を見遣る。
「良かった。ヒストリア王子に一体どうやって状況を説明すれば良いのか、悩んじゃうところだったわ。ガーネット嬢は女神像として、洞窟内の魔力で守られているから。錬金素材さえ作れればきっと……」
「そうだね……ガーネットを救うための終わりのないタイムリープに比べたら、一歩前進だ。それに、思い出したよ、なんでもっと早く気付けなかったんだろう。君たちは……本当にパラレルワールドから、僕達のいる世界にやって来たんだね。特に、アルサル……君が生きている世界が、本当に存在していたとは」
ヒストリアとアルサルは、腹違いの兄弟という関係だ。けれど、今のヒストリアの言い回しでは、本来的にこの世界において、『アルサル』という存在は不確定の人物であるかのようだ。
「えっ? ヒストリア、一体どういう意味なんだ。確かにオレは、紗奈子を追いかけて転生しちゃった前世持ちだけど。それだって、本当についさっき思い出したんだぜ」
アルサルは自分自身が、紗奈子と同じく前世の記憶を持つ転生者であること。そして、転生してきた理由は紗奈子を追って来たからだということを素直にヒストリアに告げる。
「うん……そうか。そういうわけか、転生者なんだね君は……。僕の話をよく聞いて、まだ僕が最初のタイムリープの記憶を維持しているうちに」
ヒストリアから語られるタイムリープ初期の流れは、庭師アルサルについての驚くべき事実だった。
* * *
まだ、この世界のガーネット嬢が健在で石化の断罪が行われる以前のこと。ヒストリア王子は、人目を忍んで愛するガーネット嬢に会うために変装をするようになった。
その時の変装の名前が『庭師アルサル』である。アルサルという名前は『アーサー王伝説』に因んだ名前で、父が自分の息子につけようとしていた名前らしい。
「いいかぁヒストリア、お前には本当は……弟か妹がいたかも知れないんだ。名前は男の子だったら、アルサルって名前につけたかったんだがなぁ……」
酒に酔うと父が時折話す、存在しない弟『アルサル』の話。ヒストリア王子は、そのアルサルという弟のことは子供好きな父の願望か何かだとばかり思って、深く事実を追求しなかった。
正確には……アルサルというのは『生まれてくる予定が流れてしまった子の名』だということは……当時のヒストリア王子は知る由もない。
――ある日、ヒストリア王子が『アルサル』という偽名を使ってガーネット嬢と逢瀬をしていたことが、父にバレた。父は、怒鳴りこそしなかったが、哀しそうに泣いていた。
「ごめんなさい、父さん。まさか、流産で亡くなった子供の名前だなんて想像しなかったんだ。ごめん、アルサルにも謝るから……彼のお墓は?」
「アルサルは、隣国王家の血を引く女性と恋愛をした時に出来た子でね。他国との架け橋になる予定だった。ただ、お墓はないんだ……もし悼んでくれるなら、神様にその名前を偽名として使ったことを懺悔してくれ……」
「ごめん、アルサル……本当にごめんよ……。神様、天使様……お許しを」
だが、悪気がなかったとはいえ罪は罪……ヒストリアは自分の1番大事な女性を失うこととなる。それが、ヒストリア王子の婚約者であるガーネット嬢の石化断罪だ。ガーネット嬢を助けるには、遠い異国の地にある薬草とモンスターの素材を混ぜ合わせた錬金術でしか助けられない。この国には、素材も腕の良い錬金術師も存在していなかった。
なかなか助からないガーネット嬢を救い出すために、ヒストリア王子は禁呪に手を染める。時間軸をメビウスの輪で閉じ、あらゆる可能性を自分たちのいる世界に呼び込むため『パラレルワールド』の扉を開いた。
大陸全土を巻き込むタイムリープの代償は激しく、ヒストリア王子は孤独な戦いを送ることになる。ガーネット嬢の石化は、タイムリープを行うだけでは解消出来なかったのだ。
タイムリープが3周ほど巡ったある日、父が嬉しそうな表情でヒストリアに会食を誘ってきた。
「実はなぁ……アルサルが辺境地から移動して、この街に来ることになったんだ! しかも、お前の婚約者であるガーネット嬢の住むブランローズ邸で住むことになってなぁ。いろいろ長い付き合いになりそうだし、一度きちんと会っておいた方が良いぞ!」
「えっ……アルサルが、ブランローズ邸に……ガーネット嬢のいる?」
ヒストリア王子は、父が哀しみのあまり病気になったのではないかと疑った。だが、アルサルの幼少期からの写真を見せてもらい彼が存在していたことを認める。父とツーショットで写るアルサルは、ヒストリアの色違いという風貌で正真正銘……弟だろう。
(これは……アルサルが生存しているパラレルワールドの扉が開いた? 融合現象か……。では、ガーネット嬢は石化はどうなった……まさか彼女もパラレルワールドの?)
そして、もう1人のガーネット嬢と実在するアルサルという『異世界転生者』2人に会った時に……。
――神からの試練なのか、ヒストリア王子のタイムリープ1周目の記憶は閉じた。




