第21話 解決策は別のゲームのシナリオに
「教えてくれないか。キミが『早乙女紗奈子』から、『ガーネット・ブランローズ』に転生するまでの過程の一部だけでも……ね」
スメラギ様やエルファム騎士団長には聴かれないための配慮で、この場を選んだのかも知れないが。まさか、早乙女紗奈子の名を知っているとは思わず、時間が止まったような錯覚すら覚える。
「へぇ……ガーネットの前世の名前は『サオトメ・サナコ』っていうのか。なかなか可愛いらしい名前じゃないか! 名前からすると、東の都の名前かなぁ。スメラギ様に弟子入り出来るくらいだし、最初っからそっちの国と縁が結ばれているのかも」
前世の名前やら話題はタブーなのかと思いきやアルサルに至っては、割と日常の話題として受け入れている様子で意外だ。後から知るのだが、この国は魔法国家でスピリチュアルカウンセラーの数も多く、前世研究も発展しているらしい。なので、自分の周りの人が前世の記憶持ちでも、さほど不思議には思わないそうだ。
それによく考えてみれば、今住んでいる大陸は同じ陸続きに『東の国・東の都』と呼ばれる和風の国が繁栄している。日本人特有の名前をフルネームで聞いても、アルサルのように東の都を思い浮かべるだけなのだろう。
「えっと……残念ながら私は、東の都ではなく違う世界に住んでいて。肩書きは、ごく普通の女子学生で。ガーネット嬢のことは、よその世界のストーリーとして、捉えられていて。てっきり空想上の人物かと……。紗奈子は十七歳で亡くなっていて、死因は多分交通事故だわ……」
嘘にならないように、けれどオブラートに包んで前世の記憶について語る。
「若くして亡くなっているんじゃ、意外と前世の記憶も少ないな。それにしても、オレたちの暮らしがストーリーにね。異世界の伝説アーサー王みたいなものかな。でも架空の人物として伝わって……あれっ? それって前世というよりも、来世のような気がするけど」
けどアルサルに、どちらかというと来世の記憶という表現が近いと突っ込まれて、「ああ確かに……」と思わなくもない。あれっ? 私にとって、早乙女紗奈子という存在は前世なのか、来世なのか。
どちらが正しいのか分からなくなり、考えるポーズで無言になっていると、ヒストリア王子が本題に入る。
「例え、ガーネットの前世が普通の女子学生であったとしても、僕達の未来のシナリオのようなものをそのストーリーで先に知っているはずだ。その内容さえ分かれば、タイムリープから抜け出すヒントが見つかると思わないかい?」
「あっ……! そうかヒストリア王子は、この大陸のタイムリープから抜け出すことが今の目標だったのよね」
最近は失念しがちだが、この異世界は不思議なことに乙女ゲームの世界とシンクロしている。大陸そのものがタイムリープしてしまうのは、ゲームのシナリオが繰り返される仕組みだからだ。
「ああ、それに僕達の誰も幸せになれそうもない三角関係に、終止符を打つためにも。キミの紗奈子時代が前世であれ来世であれ、『ガーネット・ブランローズ』嬢の未来さえ分かれば、打開策が見つかるかも知れない。その方針を決めてからじゃないと、乙女剣士の契約もままならないだろう」
「へぇ! じゃあ前世で得た知識をどんどん使って無双すれば……」
アルサルがまるで男性向けウェブ小説の主人公のような展開を希望し始めるが、残念ながらガーネット嬢は断罪追放が運命付けられている悪役令嬢なのだ。
だから、頑張って『乙女剣士』なるものに転職して、運命を切り拓こうとしているのに……ん、あれっ?
「ガーネット嬢は、ストーリー上は悪役令嬢と呼ばれていて、無実の罪で断罪されるか追放されてしまうの。その……ガーネットはいわゆる『乙女ゲーム』と呼ばれる女性向けのゲームの登場人物として、知られているんだけど。何のルートを選んでも、彼女を幸せにすることが出来なくて……。だから、私……違う展開を探して、結果として乙女剣士って職業に辿り着いて」
仕方なく、素直に今の状況に至るまでの経緯を話す羽目に。そう、何をやってもガーネット嬢は助からないはず。そのゲーム上のシナリオの中にいるうちは。
「ふぅむ……乙女剣士の伝説はオレたちの国じゃそこそこ有名だけど、ガーネットが前世でいた世界には伝わっていなかったのか?」
「分からないわ……紗奈子が亡くなった後にゲームとして発売された可能性も。ただ、他所の大陸は他のゲームとして登場している気がするの。スメラギ様は、ガーネット嬢が登場するゲームとは別の世界のキャラクターで、まさかこんな形で接点が出来るとは……」
ヒントになりそうな部分は、本来は別のゲームの登場人物であるはずのスメラギ様くらい。
「……! そうか、別のゲームか……。つまり、どこまで行ってもこの大陸は何かしらのゲームシナリオに囚われている。逆を言えば、クリアをしてしまえば……タイムリープが終わる可能性も」
「でも、乙女ゲームには明確なエンディングはないのよ。いろいろなシナリオを同じ時間軸で、何度も繰り返す……。まるで、タイムリープそのものだわ」
ヒストリア王子はどうしてもゲームシナリオをクリアしてタイムリープを終わらせたいようだが、乙女ゲーム縛りがある限りは周回コースが待っている。
やっぱりどうあがいてもダメなのか……と諦めかけると、アルサルが私を励ますように頭をぽんっと撫でて語った。
「だからさ……探すんだよ、オレたちで。きちんとしたエンディングのある『乙女剣士』がヒロインのゲームのシナリオってやつをさ。いっそのこと、剣と魔法のファンタジーみたいな感じで、カッコいいバトルシーンがあるやつを……」
クェエエエエエッ! クェエエエエエッ!
アルサルの願いに呼応するかのごとく、呼んでもいないのに空を飛ぶ魔物が現れた。洞窟手前で、話し合いをする無防備な私達を狙っているようだ。
もちろん、あんな強そうな敵……乙女ゲームには登場しないはず。だが、あの特徴的な色合いには見覚えがある。有名な剣と魔法のファンタジーシリーズで……何だっけ?
「ねぇ、あの化け物も乙女ゲームのキャラクターかな?」
「そんなはずないじゃないっ。まさか、あれは……別のゲームシリーズのボスキャラッッ?」




