第20話 キミの前世を教えてくれないか
「乙女剣士とは、運命や宿命などの目に見えない『因果を断ち切る』ことが出来る特別な剣士です。神の御前でパートナーと契約するまでは、純潔を守らなくてはなりません。また、女性性を尊重するために必ずスカートを履くことで、乙女のチカラを発揮します。へぇ……因果と戦うチカラがあるのね」
いよいよ乙女剣士の契約当日、私は乙女剣士に関する基本的な情報を勉強しながら、儀式場の鍵を取りに行ったスメラギ様をロビーで待つ。すでに、身支度と食事は終わっていて、初心者用の剣も携えて準備万端だ。
「おや、それは乙女剣士について記された伝記だね。スメラギ様に渡されたのかい?」
ヒストリア王子が、本を読む私を覗き込むように話しかけられて思わずドキッとする。金髪碧眼の絵に描いたような……けれど含みのある微笑みは、見透かされているようで朝から心臓に悪い。
「ええ、仮契約する前に読んでおくようにって。けど、必ずスカート着用で戦う決まりがあるって、ちょっと意外。武人ではあるものの、女性としての性を大切にするのがテーマみたい」
なるべく平静を装いつつ、乙女剣士の装備項目について語り合る。
「まぁなんといっても職業名に『乙女』と名が付くくらいだしな。着用するスカートはミニからロングまで幅広く大丈夫みたいだから、体調や気温によって調整出来るよ」
すると、ヒストリア王子の色違い的イケメンのアルサルは、気候によってスカート丈の長さを変更した方が良いと考えているようだ。
「今は、初心者剣士向けの上着とミニスカートだけど、いろいろバリエーションを考えていくといいわね! あっ……スメラギ様と騎士団長だわ」
それほど長く準備に時間がかかるわけではなかったのか、師匠であるスメラギ様が騎士団長のエルファムさんと一緒に現れた。
「待たせたな、3人とも。儀式に使う洞窟の鍵を取りに行っていたのでな。これを……ガーネットに預けておこう。儀式を行う当事者はお前だからな」
カチャリと音を鳴らして、金色の美しい鍵を手渡される。儀式に使用する洞窟は普段は立ち入り禁止だそうで、入り口に鍵をかけて封印しているそうだ。今回は特別に封印を解いて、儀式を行う許可をもらっている。
「オレとスメラギ殿も立ち会いたいのはやまやまだが、儀式の魔法陣がきちんとお前達だけを認識出来るように、外から見守っているよ。なにやら因果だの運命だのと戦うと聞くと……普通の剣では斬ることが出来ないものが、対象のようだが。無理はするなよ」
やはり、乙女剣士になる当事者とパートナーとなる男性以外は立ち入りを遮断するようで。スメラギ様と騎士団長は、洞窟の外から儀式を見守ることになった。正確には、洞窟へ続く裏道の入り口付近で待機してくれるらしい。
「はいっ! スメラギ様も騎士団長もありがとう。私……前世の記憶を取り戻すブローチをもらってから、ずっと見えない因果と戦っている気がしてたけど。この儀式が上手くいけば、自信が取り戻せそうです」
なんといっても、悪役令嬢ガーネットは何の因果か必ずと言って良いほどバッドエンドを迎えるのだ。ゲームのシナリオ通りにこれからの人生が進むとは限らないが、警戒するに越したことはないだろう。
もし、乙女剣士のチカラが本物であれば、その因果とやらを断ち切り死の恐怖に怯えない普通の生活を送ることが出来るかも知れない。
「うむ。魔物や悪魔は目に見えるが、運命や宿命は我々には認識出来ぬからな。その見えない何かと戦うことは、即ち心を鍛えることだ。そして、自分の愛に忠実に生きること……だろうな。とにかく、仮契約とはいえしっかりした気持ちで儀式を行うように。ヒストリア、アルサル……お前達も自分達の因果と向き合うチャンスだ。頑張りたまえ!」
「はいっ分りました。スメラギ様」
「しっかり、自分と向き合うようにします」
一見すると、それなりに仲の良さそうな腹違いの兄と弟である2人。それこそ、なんの因果か婚約者である兄ヒストリア王子と新たな婚約者候補とも言える弟アルサルの両方と『パートナーとしての仮契約』をすることになってしまった。
即ち、2人の男性と契約のために、口付けを交わさなくてはいけない。すでにこの時点で、『悪い因果』をひとつ引っ張ってきている気がするけれど。こればかりは、二者択一で運命のパートナーを即選択出来なかったから仕方がないのか。
ちなみにファーストキスは好きな人とした方が良いとのアドバイスから、昨夜アルサルと契約とは関係のない口付けを交わした。雰囲気に流されたと言うのもあるが、私の心はアルサルに傾いているのは事実だった。
* * *
香久夜御殿から歩いて15時分ほどで、裏の洞窟に到着。それほど遠くない距離ではあるが、急な坂道を登ったため多少息が切れる。
「この洞窟前に掛けられている鎖を解けば、儀式が行えるわね。えぇと……あらっ。なんだか複雑な施錠……」
「大丈夫か、手伝ってやるよ。ガーネット」
「あ、ありがとう……アルサル」
慣れない施錠作業に手間取る私をアルサルが、手伝ってくれる。昨夜キスした相手だし、妙に照れてしまって顔を直視出来ない。
すると、私達のやり取りを見て思うところがあったのか、ヒストリア王子が儀式前に注意すべきことをポツリポツリと語り始めた。
「ところでさ、さっきも前世の記憶を取り戻したって言っていたけど、具体的にはどんな感じだったのかな? 仮とはいえ心の契約だ。隠し事は失敗の元かも知れない。出来れば簡単に話してほしいんだけど……」
ヒストリア王子のストレートな質問に、ギクリとする。
「そ、それは……今お話しなければダメですか? ヒストリア王子。実は、本当に断片的で、前世の記憶に自信がないんです。しかも私の前世って一般庶民というか、ごく普通の学生っぽいカンジだったし」
大した情報は持っていないことをアピールするために、ただの学生でしかないことを素直に話す。嘘ではないはずだ。
「うん。キミの前世の記憶が、断片でも構わないんだよ。ただ……この世界はタイムリープしていると言われているし、なんとしてでも因果からは抜け出さないといけない。けれど、おそらく何回繰り返しても……失敗しているんだろう」
「ヒストリア……タイムリープの噂ってマジなのか? 何度も妙な時間を繰り返して、この大陸の人々は閉じ込めれているってヤツ。けど、前世の記憶が当てになるかなんて……」
アルサルの顔色がサァ……と青ざめる。もしかすると、アルサルからしても、タイムリープに思い当たる部分があるのだろうか。
けれど、気になったのはそれ以上にタイムリープ現象について研究しているらしい、ヒストリア王子の方だ。この人は、一体この世界の秘密をどこまで把握しているのだろう。今まで見たことがないくらい、真剣な眼差しで私の目を見つめて……そして驚くべきお願いを突きつけてきた。
「僕達の未来がどうであれ、閉じた時間の輪の中から出なければいけない。キミの記憶に、ヒントがあるかも知れないんだ。僕は真剣だよ……いつも以上に。実は、僕の方でもちょっとだけ調査をしたんだ。だから、話してくれないかな……覚えていることを……。キミが『早乙女紗奈子』から『ガーネット・ブランローズ』に生まれ変わる過程の一部だけでも……ね」




