ヒストリア王子目線02:あと少しだけ、君の純潔を護りたい
――ついに、この日が来てしまった。婚約者ガーネットと腹違いの弟アルサルの気持ちが、通じ合ってしまった。
遠くからボディガードのつもりで2人のやりとりを天使像の陰から見守っていた僕としては、焦る気持ちが抑えられなかった。
「好きだよ、ガーネット。お前もオレのこと……好き、だろう?」
「…………っ!」
弟アルサルの色を含んだ男としての声色は、普段は絶対に聞くことのないものだ。まだ、生娘のガーネットにはやや刺激が強そうな繰り返される口付けは、もしかすると勢い余って今夜中に2人が男女の契りを交わしてしまうのでは……と不安になるほど。
僕のなり振り構わない行動を見て、振られた男のお節介と思う人もいるだろう。僕が相手では彼女は周囲の嫉妬に巻き込まれて、幸せになれないのだから、ここは身を引くべきだと思うかも知れない。
けれど、僕にはここで引くわけにはいかない事情があった。僕は何度もこの時間軸を繰り返す『タイムリープ』を経験している。だから、あとほんの少しだけ2人が契るのを遅らせなくてはならない。
それは、彼女があと1日だけでいいから純潔でいてくれないと、『乙女剣士』になることが出来ないから。僕達の何度も繰り返される不幸なループを抜け出すには、『運命という名のメビウスの輪』を断ち切ることができる『乙女剣士』の伝説にすがるしかないのだ。
* * *
あれは、何度目のタイムリープだったか……アルサルとガーネットが初めて『男女の契り』を交わした時のことだ。
庭園でのティータイム中に、貧血で倒れたというガーネットを見舞うため、婚約者として彼女の邸宅に向かう。正式なプロポーズでもするのではないかという大きな花束を携えて、ほとんど婚約破棄状態のガーネットの元へ。
いわゆるお忍びで訪問したあの日……ブランローズ邸には、たまたま使用人の数が少なく、病気のはずのガーネットも部屋には不在だった。隣国に出かけた当主達の仕事の都合で、使用人も大勢外に出ているとのこと。
(だからといって、ガーネットがいないとは。おかしいな……アルサルにでも訊いてみるか)
腹違いの弟であるアルサルは、父が他所で作った隠し子であるが、隣国の血も引いているため大事に育てられた男だ。男爵か辺境爵の爵位を名乗って、この辺りで暮らすことも出来たはずだが、何故か庭師をやっている。
本人曰く、『ブランローズ邸には、魔法の庭園があって魅力的だ。錬金術の素材になるような花をたくさん見つけられるし、何と言っても美しい。オレにとっては、庭師が気楽なんだ』とのこと。けれど、彼がもっとも興味を抱いたブランローズ邸の美しい花というのが即ち、僕の婚約者である『ガーネット嬢』のことだったとは思わなかった。
庭師という職業柄、アルサルは離れに部屋を借りていた。それほど大きくない部屋ではあるが、独立したスペースをもらえているというのは、彼がこの屋敷で優遇されている証拠だ。
手入れされた美しい庭園を抜けて、アルサルの借りている『離れ』へと急ぐ。きっと、今日という日はそれほど人がいないことを前提としていた日で、あの2人も油断していたのだろう。
「あっ……はぁ、アルサル。あっあっ……ダメ、あぁんっ」
「はぁ……嫌じゃなくて、いいの間違いだろう?」
「やぁんっ。意地悪……はぁん……初めて、なのにっ」
アルサルの部屋のドアを開けようとすると、何となく扇情的な女性の喘ぎ声が聞こえてきた。微かに響くベッドの軋む音といい、そういう展開が想定される。
(おっと……これは、もしかするとアルサルのヤツ、恋人とそういうことをしている『最中』というものか。参ったな……せめて、もう少し遅い時間にしてくれよ)
もしかすると、僕が勝手に男女の情事の最中だと思い込んでいるだけで、アルサルと女性は足ツボマッサージとか、肩揉みの最中かも知れないけれど。若い男と女が密室で、そういった声を出しながらヤルことといえば、情を交わす方だろうと解釈した。
(しかし、初めての女性相手だなんて、妙なタイミングに訪問してしまった。今日は、ガーネットも見当たらないし、帰った方がいいか……)
扉の向こうの恋人達の情事は、おそらく始まったばかり。女性の方が初めてだとかだし、いろいろ時間がかかりそう。
まったくもって間が悪い僕は、聞いてはいけない2人の情事に遭遇し、挙句知ってはいけない秘密を聞いてしまう。
「愛してるよ、ガーネット」
「私もよ……アルサル」
当時は思いもよらなかった組み合わせの2人の名に、時が止まる。本当はこの密室でのやりとりが情事であるかなんて、この目で確認していないから定かではない。だけど、2人が『愛してる』と囁き合っていたことは確かだ。
その日、僕はガーネットへ手紙を添えてせっかく用意した大きな花束を、アルサルの部屋の前に置いた。
『ガーネット嬢、僕達の婚約は解消致しましょう。お幸せに』
腹違いの弟に婚約者を取られた、想っていた婚約者をないがしろにしている間に取られてしまった。どうせ、ガーネットは僕以外の男のものにならないと、余裕になってしまったせいだ。
ただ、想定外だったのはアルサルとガーネット嬢は、結ばれてしばらくしてから……亡くなってしまった。
嫉妬に狂った僕が暗殺したのではないかとの噂も流されたが、いくらなんでも腹違いの弟と元婚約者を殺すはずがない。
そして、タイムリープするたびに、ガーネット嬢は断罪時に誰かに殺されるか、アルサルと駆け落ちした追放後に……死んでしまうのであった。
(おかしい……どうして、ガーネット嬢は、何度タイムリープしても、どの時間軸でも亡くなってしまうんだ)
不可解なタイムリープに気づいている少数のメンバーには、占星術師もいた。
老齢しているが金髪の名残を感じさせる白髪の老人で、碧眼はすべてを見透かしているように達観していた。いつの間にか我が城を拠点にしていて、誰も彼には逆らえなかった。
彼は時間の輪から抜けていて、もう何百年も城にいるという。我が王族のご先祖様ではないかと思われるが、詳細は不明だ。
ガーネットの不遇について、彼はこう語った。
「彼女には、不幸の星が付きまとっています。運命のメビウスの輪を断ち切らない限りは……どうやっても助からない。可哀想ですがね」
「何か、運命を断ち切る方法はないんですか? 何度時間を繰り返しても婚約者も弟も死んでしまう。特に必ずと言っていいほど、ガーネットの方は……」
「純潔を失うのが、ほんの少しだけ早かったのでしょう。乙女座が彼女の守り神ですが、火星が彼女の運命を殺してしまう。乙女の純潔が守られているうちに、『乙女剣士』の契約でもさせて運命を断ち切ってしまうのが良いでしょうね。都市伝説のようなものですが、このまま貴方もタイムリープの輪に閉じ込められるより良いでしょう」
乙女座が守り神とか火星が狙ってくるとか、占星術にはそれほど詳しくないので意味はよく分からない。けれど、乙女座がガーネットの処女を意味していて、軍神とされる火星はガーネットに手を出す我が弟アルサルであるような気がした。
「は、はぁ……輪に閉じ込められる。確かに……」
「運命というのは、ちょっとのズレが原因なんです。あの日、あの時、あのタイミングさえ避けていれば……みたいなことがね。ですが、どうやらあなたの婚約者と弟さんは、どうしても結びついてしまう。愛し合ってしまうのでしょう。それを良い方向に変えることも可能です。運命を断ち切れば……ねっ」
さて、今回のタイムリープこそ運命の輪を断ち切れるだろうか? そして、今回の時間軸こそ3人とも健在で、この三角関係にケリをつけられるだろうか。
答えは明日の契約で……儀式の成功を祈りながら眠る。
――ちょっとだけ訂正、嫉妬じゃないと言ったけど。本当は嫉妬してたに決まっている。だって、いつの時間軸でも僕が彼女の純潔の花をもらう前に、あの弟が清らかな花を奪ってしまうのだから。
 




