第19話 キスの予行練習05:このキスだけは夢じゃない
ついに想いを通じ合わせた私とアルサルのピュアなキッスの一部始終は、闇の賢者の異名を持つヒストリア王子に監視されていた……?
次のステップである『大人のキス』に進もうとした庭師アルサルは、天使像の陰から放たれる謎の睡眠針に倒れる。今は、私の膝の上でスヤスヤとお休み中だが、これはこれでイチャラブ感が上がって恥ずかしい。
そして、マジギレしたヒストリア王子改め『天使(仮)』からのお説教タイムが始まった。
――元婚約者と腹違いの弟という裏切り感満載のカップリングに、兄ヒストリア王子の怒りが炸裂する……!
* * *
『ガーネット嬢、あなたもあなたです! あの庭師アルサルは、超イケメン大賢者ヒストリア王子とちょっとだけ顔立ちが似ていますが、本人ではありません。そんな色違い庭師とのキッスで心の隙間を埋めようとしても、虚しいだけです』
「かっ代わり? まさか! ヒストリア王子とアルサルは容姿こそ色違いチックだけど、性格も職業も全く違うし。天使様、私……アルサルのこと代わりだなんて思っていませんっ。そ、その私……アルサルのことが好きなんですッ! 好きになっちゃったんです! 両想いなんですっ」
一見するとその場のムードに流されて、ファーストキスもセカンドキスもアルサルに捧げた私。でも私からすると、アルサルとの甘いキスは恋のトキメキとともに、一生心に残るステキな記憶となる予定だ。まるで、それが過ちのように言われたら心外である。
天使像から闇の襲撃を受けて、私の膝の上で気を失っているはずのアルサルの頬が心なしか赤くなっていく。もしかすると、動けないだけで私と天使様の会話は一部始終アルサルの耳に入っているのだろうか。私とアルサルの繋いだ手がギュッと強く握られて、返事しているつもりのようだ。
ようやく想いが通じたばかりなのに、謎の妨害が始まりそっちの方が混乱しそうである。
『ふっ……まだ恋愛初級者のあなたには理解できていないのですよ。あなたの行いは、ヒストリア王子があまりにもカッコ良すぎて、諦めるあまり手近な弟でファーストキスを済ませてしまった。違いますか?』
「でも、アルサルにファーストキスを捧げたこと、後悔していないもんっ。アルサルって、優しいし、カッコいいし……。そんな純粋な気持ちが、過ちなはずないっ。どうして、天使様は意地悪言うの?」
天使の脳内設定ではあくまでも『ガーネットの好きな男性はヒストリア王子で、代わりとして腹違いの弟アルサルに走っているという設定』を譲る気はない模様。ちなみに、天使像の声は誰が聞いても、ちょっぴり声色を使ったヒストリア王子ご本人なわけで。
つまり、ヒストリア王子は自分自身のことを、カッコ良すぎて周りの人間が混乱するレベルと思っていたんだ。確かに、天使がそのまま成人したような金髪碧眼の美青年かも知れないけれど。
(ヒストリア王子って、実はかなりナルシスト気味の人だったんだな。あれだけカッコ良ければ当然か)
アルサルは見た目こそヒストリア王子に似ているが、庭師として働いていただけあってちょっぴりワイルドな男らしさが魅力だ。なので、代わりにはまったく思っていないし、むしろ好き好んでアルサルに気持ちが傾いたのだけど。
『はぁ……せっかく超天使のヒストリア王子が、あなたの婚約者だったのに。一体何が不満だったのでしょう? そもそも、我が国に存在する若いイケメンの頂点は誰だと思っているんですか? ヒストリア王子に決まっているでしょうっ。彼はそのうち、スメラギ様のようにイケメンの殿堂入りして伝説になる予定なんですよっ」
「天使様は、仰っていることが矛盾しています。ヒストリア王子とアルサルが、色違いの腹違いイケメン兄弟であることを認めているなら、私がアルサルに走る可能性だって予測できたでしょう?」
頑張って天使の矛盾点を指摘してやるが、向こうはまったく折れる気がない。天使の中では、ヒストリア王子こそが、若いイケメンの頂点。ここ『香久夜御殿の持ち主にして大陸規模で名を馳せているスメラギ様』のように、伝説になる予定のようだった。
『黙らっしゃいっっっ! アルサルという男は、ガーネット嬢憧れのヒストリア王子に懸命に似せつつ、色目と偽イケボ的な声色を使って、生娘であるガーネット嬢を騙し……。あのままでは、今日中に純潔を奪われていた可能性だってあるんですよ! もし、年齢制限を突破して朝チュンからの妊娠でもしたら、一体どうするつもりだったんですかっ』
「そ、それは……その、純潔なんか捧げたらそのまま責任を取って貰って、お嫁さんに……」
ついに切れた、天使像が切れた!
正確には天使像の陰で甲高い声で喋り続けるヒストリア王子が、切れているのだろうけど。しかも、話が発展しまくり、今日中に純潔が奪われた挙句、妊娠する予定まで発展している。流石に、アルサルが手の早い男だとしても、それはないと思うが。
もし、万が一……本当にそういう展開になったとしても、彼ならお嫁にもらってくれるはずだ。私のことを、将来の伴侶と言ってくれたし。
『甘いッッッ! 仮になんの保証もなく、イチャラブした挙句……。妊娠が判明する頃には、謎の呪いでアルサルが死んでたらどうするんですかっ? お腹の赤ちゃんを誰が認知するんです? ヒストリア王子が、同情して引き取るとでも。ヒストリア王子とアルサルは腹違いで微妙にDNAが異なるから、鑑定すれば分かりますよ!』
何故、イチャラブをするとアルサルが謎の呪いで死ぬことになるのか? それは本当に呪いなのか、『暗殺』の間違いなのでは?
「で、でもっ」
『ええいっ! かくなる上はっ!』
ガサゴソッ!
ついに業を煮やしたのか、天使像の陰から紫色のフードを被ったヒストリア王子ご本人が現れた。だが、金色の髪の毛がフードから見え隠れしているだけで、本当に本人かは定かではない。
そして、穴の空いた小さなコインを紐でくくって、ゆらゆらと私の前で揺らし始める。
「あなたはだんだん眠くなる……だんだん、だんだん、眠くなる。これは夢です……ヒストリア王子があまりにもイケメン過ぎるから、つい『アルサル・ルート』を選んでしまった儚い夢です……。ほぉら眠くなってキタァ……」
だんだん、だんだん、眠く……あれ? まぶたが重く……眠気が……。
* * *
「ガーネット、アルサル……起きて! 2人とも……大丈夫かい?」
つい噴水デートの最中にうとうと眠ってしまったのか、ベンチの上で仲良く熟睡していた私とアルサル。心配して様子を見にきてくれたヒストリア王子が、天使のような優しい声で起こしてくれる。
「う、うん……あれっヒストリア王子?」
「ん……兄貴、どうしてここに。オレたちベンチの上で、いつの間にか寝ちゃったのか」
「ふふっ。2人ともなれない旅で、疲れたんだろうね。そろそろお風呂に入って就寝しないといけないから、迎えにきたよ」
「えっ本当だわ。そろそろ明日に備えて支度しないと……」
結局、あのアルサルとの甘いファーストキスは夢だったのか、現実だったのか。ヒストリア王子は明日の打ち合わせのために、会議室へ。私のことは、アルサルが部屋まで送ってくれることに。
「ガーネット。今日は、いろいろ大変だったけど……明日の儀式頑張ろう! おやすみなさい」
「……アルサルも、おやすみなさい」
曖昧な記憶を残念に思いつつ、部屋の扉を開けようとすると、別れ際にアルサルがそっと私の顎を持ち上げて……。
チュッ……とアルサルから私の唇に、触れるだけの優しいキス。思わずハッとして、一瞬で離れたアルサルを見上げる。すると、そこには恥ずかしかったのか顔を赤くするアルサルの姿が。
「その……大人のキスは、また次の機会に……な」
「う、うんっ!」
あの出来事が夢だったかは、今となっては分からない。
――けれど、この瞬間の私とアルサルの初々しいキスだけは『本物』のようだ。
 




