第18話 キスの予行練習04:庭師アルサルの初めては不意打ちに【後編】
「ガーネット、兄貴の許可も出てるみたいだし。今、ここで予行練習じゃなく本当にオレとファーストキス……する?」
キスを誘うアルサルの声は、普段よりも声のトーンが低く欲を孕み、ちょっとだけ掠れていた。まだ若い十八歳の彼の唇が、大人の男特有の色香を纏いながら、私の小さな唇にそっと押し当てるように触れる。
(ファーストキス……しちゃった!)
お互いが『好き同士』であることを確認するかのような、誠実で初々しい口付けは、まさに『ファーストキス』と呼ぶのに相応しい。
名残惜しそうに、静かに離れていく唇に寂しさを感じるが、その代わりに彼の優しい瞳を確認することが出来た。
「好きだよ、ガーネット。お前もオレのこと……好き、だろう?」
「…………っ!」
まるで、本当は私達がとっくに両想いになっていることを、確信していたかのような。だけど、どこか不安げな彼のこげ茶色の瞳は、栗色の前髪に少し隠れながら大きく揺れて。私が返事をするよりも早く、再び唇と唇が触れ合う。
今度は、押し当てるようなキスとは違い、唇同士の角度を僅かに変えさせてスライドさせたり、ほんの少し強く押し当てたりと……変化に富んでいる。
(えっ? 何これ、さっきのキスとはなんだか感じ方が全然違う! 今まで、目覚めてなかった私の『乙女』の部分がキュンキュンしちゃう!)
角度を変えていくたびに、アルサルと私の前髪が触れて微かに絡み合い、2人の気持ちが混ざり合い始めていることを現していた。
「んっ……はぁ、アルサル。息が……出来ないよぉ」
「でもさガーネット、気持ちよかっただろう?」
「……! やぁん、アルサルの意地悪っ」
心地よい口付けのハズなのに自然と涙が滲んできて、嬉しさなのか気持ち良さなのか自分でも判別が出来ない。
「ふふっ。じゃあガーネット、これからもっとキス上手くならないと。次は、『大人のキス』に挑戦してみようか?」
ファーストキスもセカンドキスも奪っておいて、アルサルはさらに『次』を提案してきた。
「えっ……大人のキスって、何? さっきのよりも凄いのがあるの?」
「うん。怖がらなくていいから……んっ。いい子だ……オレに任せて」
私の瞳から自然と溢れてきたポロポロと零れ落ちる涙を、アルサルは長い指であやすよう掬う。そして、次なるステップ『大人のキス』を展開するべく、男の本能を芽生えさせながら私の口元をそっと開かせて……。
――その時だった。
中庭の噴水を囲むように設置された天使像の奥、つまり死角となっている場所から一筋の光が煌めく。
フッッッ!
一筋の光は小さな眠り針だったようで、アルサルの首の後ろ辺りを的確に突き刺す。
「グ……ハァ……ッ!」
「きゃあぁっ! アルサルゥっっ!」
アルサルが私に大人のキスを教えるには、まだ運命が許さなかったのか。それとも、年齢制限に引っかかりそうな表現を公開するわけにはいかないのか……。神の使いである天使像の死角から、何者かの手によって天罰がアルサルを襲う。
ベンチに座ってキスしまくっていたからいいものの、これが立った状態だったらと思うとゾッとする。なんとかそのまま、パタリと倒れ込むアルサルが怪我しないように受け止めた。体格差が結構あるため、私の身体で彼を支えるのは一苦労だ。
「……このまま、勢いで、大人の口付けを……したかった……。ぐふっ」
「あ、アルサルッアルサルッ! しっかりして! 嘘でしょ……まさか、死ん……いや、そんなわけないか」
夜間ライトアップされた中庭は、まるでどこかの演劇舞台のように感じられた。おそらく、盛り上がりすぎたラブシーンに年齢制限を司る神から、注意が入ったのだろう。
すると、天使像の方からヒストリア王子の声が裏返ったような甲高い声で、神からのお触れが降りてきた。
『おおっ庭師アルサルよ! 勢いに任せて、無理矢理大人のキスまでしようなんて図々しい。これは、超イケメン大賢者のヒストリア王子を出し抜こうとした貴方への天罰です。兄より手の早い弟なんか居ない……分かりましたね』
この声は……! ちょっと声色を変えているけど、まさかヒストリア王子ご本人?
私とは最近まで親同士が決めた婚約者状態であり、アルサルとは腹違いの兄弟という複雑な関係……そのヒストリア王子の声じゃなかろうか。
一応、意識はまだあるのかアルサルは私の肩に頭を預けつつ「バカ兄貴の呪いが……うぅっ。くっ……はぁ」とか言いながら呻いている。
だが、年齢制限から逃れるために、アルサルを倒れさせたものの。そのあやしげな呻き声はより一層、さらなる年齢制限との戦いに、片足を突っ込んでしまったようにしか思えない。
「はぁ……ガーネット。しばらく動けそうもないんだ……このままお前の柔らかい膝枕で休んでも、いいかな?
「もうっ……アルサルたらっ! 私の膝枕で良ければ、ゆっくり休んで」
「んっ……おやすみのキス」
チュッチュ!
アルサルは先ほど天使像に暗殺されかけたのに、懲りていないのか、それとも最後の抵抗なのか。再び唇にキスをしてから、膝の上にドサリと倒れ込んだ。どこまでいっても懲りない男……それがアルサルだ。
さらに手を絡めるように繋いできて、隙を見計らってイチャイチャ攻撃を緩めない。
それはともかく、天使像の陰から聞こえてくるヒストリア王子……もとい、天使の声のお叱りは、私のことも見逃してはくれなかった。
『可哀想に……ガーネットよ。ヒストリア王子がカッコ良すぎて混乱するあまり、弟アルサルに走ってしまったんですね。はぁ……嘆かわしい。迷える子羊であるガーネット嬢……あなたにも、この天使像が忠告と言う名の熱いお説教をかましてあげます! あなたが聖なる乙女として、一人前の乙女剣士になれるようにッ!』
別に私は混乱してアルサルに走っているわけではなく、ただ単にワイルドな大人の色香にヤラレてアルサルに走ったのだけど。だが、天使像は完全にヒストリア派の様子。
――キスの予行練習と言いつつ、完全に何度もキスをしてしまったバカップル。アルサルとガーネット嬢への天使からのお叱りタイムが今、幕を開けようとしていた……!
 




