第15話 キスの予行練習01:ヒストリア王子の甘いご指導【前編】
「さて、食事も落ち着いたし。お約束っぽく、お互いのことを知る機会として『交流タイム』を設けたいと思う。ここから歩いてすぐの場所の中庭に、噴水があってね。夜は、ライトアップされてより一層綺麗なんだ。雰囲気もいいし、そこで1時間ほど気持ちの確認をしたまえ」
お見合いパーティーっぽいノリなのか、中庭の噴水で交流タイムが行われることに。おそらく、2人同時に交流するのではなく、1人ずつ順番に話すのだろう。
「まずは、年功序列や婚約中の意味でも、僕からでいいですか? 乙女剣士の仮契約儀式についても、説明しなくてはいけませんし」
これまで、弟アルサルに押され気味だった印象のヒストリア王子が、初めて自分から積極的な行動に出た。
「ふむ、それが妥当か。お前達兄弟は見た目は似ているが、実はヒストリアの方が一歳年上だしな。ガーネット嬢、君もそれでいいね」
師匠は一応、私に確認を取るものの、アルサルには確認を取らなかった。こういうのは、一般的にも兄の方が優先なのだろう 。
「あっはい! よろしくお願いします。ヒストリア王子」
「うん、じゃあガーネット行こうか。アルサル、悪いけどお先に」
「……ヒストリア、気をつけて。ガーネット嬢もいってらっしゃい。そうだ、このストールを……外はもう冷えるだろうから」
アルサルは物理転移魔法が使えるようで、手品師のような仕草で大きな紺色のストールを呼び出し、私の肩にかけてくれた。ドレスで剥き出しになっていた肩が隠される。
その瞬間、ヒストリア王子の優しい瞳が鋭く光り、アルサルも計算づくのような表情で微笑んだ。この兄弟……ヒストリア王子だけが、腹黒闇キャラの噂があったけど、アルサルも結構なオレ様体質なのでは?
だが、せっかくのアルサルの親切を勘ぐってもいけないし、素直にお礼を言うことに。
「ありがとう、アルサル。行ってきます」
* * *
中庭の噴水コーナーには、天使のモニュメントが設置されライトアップも華やか。噴水内には、コインがいくつも投げ込まれた痕跡があり、観光スポットのようである。噴水がよく見える場所のベンチに腰掛けて、お話することに。
「うわぁ、綺麗な噴水! 夜にこういうところに来る機会ってなかったから、なんだか新鮮だわ」
「ふふっ。そういえば、僕達って婚約者設定だったのに、夜の外出はしていないからね。ところで、驚いたでしょう? 僕とアルサルが腹違いの兄弟だなんてさ。それとも、アイツって整えるとかなり僕に似た容姿だし、途中からは気づいていたかな?」
ヒストリア王子は、天使のような柔らかな微笑みを崩していないものの、その瞳には光が見えない。いわゆるヤンデレキャラが、何かに目覚めつつ尋問してくる時特有の表情だ。
「……ええ。不思議とアルサルはヒストリア王子と親しいし、何かしら繋がりがあるのかなぁ……とは思ってました」
なんとなくバツが悪くて、目を泳がせながら答える羽目になる。
「そっか。けど、あの場で君がアルサルを選んだら、どうしようかと思っちゃった。まぁ僕も、アルサルの気持ちには薄々勘付いていたとは言え、突然大胆な告白をし始めてびっくりしたよ。兄への遠慮というものが、もう少し欲しかったかな。このまま育つと、アイツは典型的な『オレ様』になってしまう」
「それは……きっと、ヒストリア王子が優しいから。アルサルも自然と大胆な行動に出れたんだと、思います」
どうやら、ヒストリア王子はアルサルが『上から目線』通常ウエメセになりつつあるのを、危険に感じているようだ。これまで、身分を隠して庭師キャラを装っていた分、インパクトが強いだけかも知れないけれど。
「うん。僕って腹黒だの闇キャラだの陰で囁かれてるけど。ああやって、弟が調子づいてるのを見ると、もう少し威厳を見せた方が良かったと反省しているよ。それに……君に対してもね、ガーネット!」
「えっ……きゃっ!」
アルサルから貰ったストールは、ヒストリア王子の手で素早く取り払われて、ふたたび直接肩が剥き出しになる。紺色のストールはヒストリア王子の風魔法で、天使像の手にそのまま掛けられた。
「ふふっ。君はまだ子供っぽいから、甘くしていたけど、いつまでもそうだと、アルサルみたいな輩がつけ込んで来るからね。そろそろ『教育』が必要みたいだ。僕が乙女剣士の仮契約儀式について説明しつつ、淑女の嗜みも指導するから」
「ふぇえええっ! おっお手柔らかに、お願いしますぅっ」
思わず震える声で、指導をお願いする生徒役に徹する。ところで、乙女剣士の契約儀式って、ただ単に口付けを交わすだけではないみたいである。
「まずは、乙女剣士の本契約について。我がゼルドガイア王家の血を引きし者しか、乙女剣士の契約男性になれないから、前例は非常に少ない。けど、本契約は異世界の聖なる伝承アダムとイブさながら、一糸も纏わぬ姿で口付けを交わす。タロットでは、恋人のカードでそういうものも見られるね」
「一糸も纏わぬ……裸でってことですか?」
「うん。でもアダムとイブだって知恵を身につけてからは、多少の布で肌を隠すようになっただろう。まぁ現実的には、薄い布地くらいは用意されるよ。契約する場所は、シチュエーション的にベッドの上で、とかね……」
「そ、それって、もはやキッスではなく新婚初夜というものなのでは?」
あまりの大胆な契約内容に、耳まで真っ赤にしながら言葉を紡ぐ。永遠のパートナーというくらいだから、普通に考えればそういうことなんだろう。
「ふふっだから、いきなり本契約ではなく、仮契約が用意されているんだよ。仮契約は洋服を着た状態で、お互いの唇にキスをすることだから」
「えっっっっっっ? 仮契約でも、キスするの……」
あれっ? 私って、明日にはもう『仮契約』をするんじゃなかったっけ。しかも、ヒストリア王子とアルサルの両方と……。
両方と……唇にキス、する……だとっっっ!
想定外の展開に、淡水魚のように口をパクパクとさせてこれ以上言葉が続かない。これには、ヒストリア王子も見ていて可哀想に思ったのか、頭をポンポンと撫でてくれる。こういうところは、ヒストリア王子が計算づくでなく天然で優しいところだ。
「驚いたかな? そして、乙女剣士の発動をするたびに、キスし直さなくてはいけない……本気で戦うためには毎回。けど、『発動のキス』は身体のいろんな場所に出来るんだよ。手の甲、ほっぺた、おでこ、まぶた、首筋……他にも大胆な場所にとかね!」
「いろんなところ、ですか? それって場合によっては、人様の前では公開不可能な展開になるのではっ」
毎回キッス! ヒストリア王子かアルサルとキッス! ほっぺかおでこか手の甲かは不明だけど、必ずキス!
嘘だろ、そんな大胆な展開を経ないと、乙女剣士のチカラって出せないの?
「だから、お互いの常識や恥じらいがこの契約に重要視されるんだよ。しかし、どうしようかな……。いちいち、そんな風に顔を赤くして動揺されたら、仮契約すら出来やしないよ。発動も、難しいだろうね。君はもうすぐ十七歳、そろそろお子様から『卒業』しなきゃ。それとも、まだ出来ないかな」
「うっっそれは、その……あのっ。慣れていないので」
恥ずかしさがヒートアップしてしまい、ヒストリア王子を直視しないように顔を背ける。けれど、乙女ゲーム特有の顎クイをされて、無理矢理でも美麗なヒストリアフェイスを目に焼き付けることに。
(うぅっ! 天使の輝きが全体から発せられている。こんな綺麗な人と毎回、どこかしらにキスされるなんて心臓がもたないよ)
そして、心の声が筒抜けなのか内緒話をするように、テノールの甘く蕩けるような声が、私の耳元で大胆な程案。
「ふふっ。君くらいだと、手の甲やほっぺたへのキスが可愛いらしくて良いと思うけど。そうだね……じゃあさ、今からここで発動の『予行練習』、シようか?」
天使と謳われつつ、内実はサディスティックなイケメン金髪碧眼王子様の定案に逆らえるはずもなく……。
――発動の『予行練習』を行うことになったのである。ヒストリア王子のご指導は甘いけど……ほんのりビターだ。
 




