第14話 お互いのことをよく知るために
乙女剣士と呼ばれる伝説の剣士になるためには、魔法国家ゼルドガイア王家の血を引きし男性と契約のキスを交わし、特別なチカラを手に入れなくてはならない。
しかも、乙女剣士の契約は『自分の心に素直』従わないといけないという。つまり、好きな男性とじゃないと契約出来ないということだろう。
私の目の前には、色違いとも言えるよく似た外見の2人のイケメンがいる。
1人は、魔法国家ゼルドガイア第三王子のヒストリア。金髪碧眼の天使のような美しい若者で、本来ならば彼と婚約する予定だった。けれど、周囲から私への度重なる嫌がらせが多発しており、実質的には婚約破棄寸前だった相手だ。
「ガーネット、婚約者とかそういうのは置いておいて、君の本音で僕達2人のどちらかを選んでほしい。どちらと永遠の誓いのキスを交わしたいのか。僕は君が婚約者でなかったとしても、君のことが……好きだよ。けどね、乙女剣士は心の剣技、嘘はつけない契約だから」
珍しく、切羽詰まった雰囲気で告白をしてくるヒストリア王子。闇の賢者で腹黒王子という異名を持つ割に、余裕がない表情は珍しい。もしかすると、アルサルが王家の血を引くものだという裏事情がバレたため、少し焦っているのかもしれない。
我がブランローズ一族当主であるお父様が、ヒストリア王子との婚約が駄目になりそうでも余裕ある態度だったのは、最初から我が家で働く庭師アルサルの本当の身分を知っていたからなのだろう。
ふと、お父様がアルサルに、旅立つ際に伝えた意味深なセリフを思い出す。
「ガーネット、しばらくは大変かもしれないが頑張るんだぞ。アルサルさん、娘をよろしくお願いします」
まるで、自分の娘を嫁に出すようなセリフだとは思っていたけど。もしかすると、お父様としてはこの展開をすでに知っていて、アルサルにあんなことを言っていたのだろう。
アルサルの家庭の事情を知っていて、我が家を彼の滞在先として提供していたと考えた方が妥当だ。
もう1人のイケメン婿候補であるアルサルは、栗色の髪にブラウンの瞳の大人びた若者で、花々を愛し錬金術を操る自然派の人だ。
これまでは『男爵か辺境爵の爵位持ちであるにも関わらず、お花が好きで庭師になった田舎のお坊ちゃん』という設定だった。けれど実際のところは、噂通り国王の隠し子のようだった。
そういえば、ヒストリア王子のことをバカ兄貴扱いしていたし、本当に兄弟だったというわけだ。おそらく腹違いなのだろうけど、それにしても似た兄弟である。
そのアルサルが、初めて私のことをお嬢様やガーネット様呼びではなくガーネットと『呼び捨て』で呼んで告白してきた。
「ガーネット様、いやガーネット。オレはあなたのことをずっとお慕いしていました。好きです! 出来ることなら、一緒になりたいと……。けど、無理強いは出来ないから、あなたの意思で決めてほしい。オレは今は王子ではないけど、いずれ新しい国を造り、必ずあなたを幸せにしてみせます」
こっこれは! 今までずっと遠慮した態度だったイケメンが、突然自分の正体を明かしつつオレ様の片鱗を見せ始めた告白だ。
2人とも髪の毛と瞳の色以外は酷似しているし、どちらか好きな方を選べと言われても、突然のことで返事が出来ないのが本音である。
だが、思い出してみよう……この異世界が本当に乙女ゲームの世界だとして。ヒストリア王子とは必ずと言っていいほど、破綻してしまうのだ。すなわち断罪による婚約破棄か、追放ルートへ。
けれど、アルサルルートというのは明確な展開は分からない。もしかすると、追放ルートの末に結婚する可能性があるとすれば、相手はアルサルなのかも知れない。
そのアルサルと結婚する可能性の高い追放ルートの末に待っているのは『行方不明』、『無一文』じゃなかったっけ? まさか、将来の野望である国造りで無茶しちゃうのでは。
あれっ……もしかして、このイケメン兄弟2人のどちらを選んでも、バッドエンドなんじゃ……。
その時、会食直前に前世の私が推しキャラとしてプッシュしていた騎士団長エルファムさんのアドバイスが、ふと頭をよぎる。
「オレからアドバイス出来ることは、自分の気持ちに素直にな」
そう……人生というのは、何が起こるか分からない。乙女ゲームという固定概念を振り切って、数字や計算を取っ払って『好きな人を選ぶ』のが恋愛というものなのだ。
最も大切なことは、損得勘定でも将来の幸不幸でもない。ハートで決めなくてはいけない。前世で推しキャラだった人のアドバイスを忠実に守り、いざ私の運命の相手を決めようとするが……。
(両方、カッコいい……)
だって、ほぼ双子みたいな容姿の2人。どうやって、決めていいのか分からないよ!
色違いイケメン2人からの突然の告白に、すっかり無言になってしまった私を放心していると思ったのか。この告白タイムを提供した剣の師匠であるスメラギ様が、場を和ませるように笑って語り始めた。
「ははは……ちょっと、突然の展開でさすがにガーネット嬢も困っただろう。ヒストリアもアルサルも、真剣な愛の告白……素敵だったよ。さて、今この場で永遠の相手を決めるなんて、流石に無理があるな。そこで! 試験代わりに私からの課題だ。双方と1回ずつパートナーを組んで、相性を見てほしい」
突然の師匠からの課題の提案、徐々に現実に引き戻される。
「あ、相性ですか? パートナーというと、クエストとか」
「うむ。お見合いなどでもそうだが、その日にすぐ結婚! とはいかないだろう。もともと2人とは、知り合いだろうが、冒険のパートナーとしては日が浅い。まだ、お互い知らない一面もたくさんあるはずだ」
「た、確かにそうですね。ヒストリア王子とは、一応婚約者という立場で会っていたけど、ギルドマスターなんてやっていたのを知ったのは最近だし。アルサルが私に好意を持ってくれていたなんて、気づかなかったし」
告白されて、すぐに返事が出せるような心境ではない。だって永遠なんてとても重い契約を軽々しく決めては、お互い良くないだろう。
「うむ、じゃあ決まりだな! 明日、簡易的に乙女剣士の仮契約儀式を行い、その後は初心者向けのギルドクエストに出掛けてもらう。仮契約をすると、一時的に乙女剣士のチカラを発揮出来るぞ」
実は、仮契約でも乙女剣士には転職出来るらしい。一時的という言い方からすると、変身ものの魔法少女かヒーローのように、チカラを出せる時間が決まっているみたいだけど。
「そ、そうだったんですか! 明日までに、どちらか選ばなきゃいけないのかと思って驚いちゃった」
「ふっ……まぁ、そういうわけだ。ひとまずは、2人と仮契約を結ぶということでいいな、ヒストリア、アルサル」
一応、同意を得る形を取ってはいるが、ほぼ強制的に納得させているようにも見える。
「えっ……は、はぁ。スメラギ様がそうおっしゃるなら」
「乙女剣士の儀式を仕切っているのは、スメラギ様ですし。オレも、スメラギ様がそういうなら、異論はありませんが」
ところで、スメラギ様って何者なのだろう……王族相手でも異様に馴れ馴れしいし、ただの有名イケメン聖剣士ではなさそう。
驚きの連続だったけど、なんとか仮契約を交わすということで話は一旦落ち着いて……。ちょっぴりドキドキしながら、仮契約前夜の交流タイムへと進むのであった。
 




