第13話 永遠の契約は、どちらと誓う
香久夜御殿は噂に違わぬ大きなお屋敷で、東の都特有の瓦屋根、ニシキゴイが泳ぐ大きな池、音が美しい水琴窟など素晴らしい庭園は目を見張るものがあった。地球で言うところの『日本家屋と庭園スタイル』は、前世が日本人であった私には馴染みやすい。
さらに、敷地内には剣の腕を磨くための道場や来客をもてなすための西洋風の館、大きなプール、サウナに岩盤浴、天然温泉などホテルのような設備が充実している。
「ようこそ、いらっしゃいました。皆さん、スメラギ様がお待ちです。そろそろディナーの時間ですので、一緒に食事をしながらお話を……とのことです。お部屋も1人ずつ用意されていますので、今夜はゆっくりお休みいただけますよ」
黒髪に斜め前髪のサムライ風の男性に案内されて、一旦それぞれの部屋に荷物を置く。部屋には、大きなベッド、デスク、鏡、テーブルとソファセットが揃っていた。もちろん、シャワールームに洗面やお手洗いなども完備されている。おそらく来客用の個室がたくさんあるのだろう。
ふと、鏡を見ると年齢の割に幼い公爵令嬢ガーネットが、不安そうに見つめていた。断罪ルートから逃れるためとはいえ、一見すると追放ルートと見分けがつかない修行をすることになったのだから。
けど万が一、本当に追放されていたらこんな風にゼルドガイアの領土を自由に旅出来ないし、そもそも父は公爵の爵位を剥奪されていたはず。やはり、今回のルートは追放とは異なるのだ。
会食のために用意された品の良い青いドレスに着替えて、待ち合わせ場所へ。途中、騎士団長エルファムさんの姿を見かけるが「実は、ここの警備兵の指導役を頼まれて、会食には出ないことになった」とのこと。
「えっ……エルファムさんは会食を欠席されるんですか」
「うむ、まぁ込み入った話のようだし体裁上オレが席を外しておいた方が、いいのではないかと思ってな。スメラギ殿とも話し合って、そういう流れにしてもらったんだ」
「体裁上、話を聞いていない方が良い……ですか」
どうやら、今回の会食はあまり外部の人間に漏らしたくない内容を話すつもりらしい。けど、エルファム騎士団長はこの国の警備を行う騎士団の中でも、権力に近い団の人だったので意外である。
「まぁ大人の事情ってやつだ。オレの方も、ここの剣士達と交流を深められていい機会だし。気にしなくていいぞ。オレから、アドバイス出来ることといえば、自分の気持ちに素直になること、だな」
「気持ちに素直になる……分かりました」
待ち合わせ場所のホールにはスーツ姿のヒストリア王子と庭師アルサルの姿が。2人とも同じスーツを着ていて、顔立ちも背格好も似ていることから色違いの双子なのでは、と錯覚してしまいそうだ。
シックな黒のタキシードスーツはヒストリア王子が着ると、天使のような金色の髪を際立たせており、華やかな雰囲気を醸し出している。
一方で、同じ黒いタキシードスーツをアルサルが着ると、栗色の髪とマッチして大人の色気をそこはかとなく漂わせていた。
(2人とも、凄くかっこいい!)
だけど、それ以上に2人の容姿が似過ぎていて思わず言葉を失った。
「やぁガーネット、なんだか驚かせちゃったみたいだね」
「えっっ? アッハイ、うん」
私が絶句する理由に気づいているのか、ヒストリア王子が珍しく苦笑いしている。
「よし、準備も出来たみたいだし行きましょう!」
アルサルが優しく手を差し伸べて、エスコートしてくれる。
金髪王子ヒストリアと栗色の髪の庭師アルサル、色違いのイケメン2人に誘われて、会食の開かれる広間へ。
* * *
「よく来てくれたね、ヒストリア、アルサル、ガーネット、3人とも……。ようこそ、香久夜御殿へ! 本来なら、この場に騎士団長エルファムも同席するはずだったが。体裁上は、彼もまだ知らない設定になっていることがあるからな。話し合いの結果、欠席することにしたそうだ。さて、ガーネット・ブランローズ嬢。食事をしながらでいいから、聞いてくれたまえ」
「あっはいっ!」
香久夜殿の主人であり、黒髪ロングの端正なサムライであるスメラギ様と初対面。サムライといってもサラサラの前髪を下げて後れ毛を垂らし、アイラインバッチリのビジュアル系のイケメンだ。
高レベルムービーがウリのゲーム世界から抜け出してきたような伝説のイケメンに、思わず緊張してしまう。
次々と運ばれて来る料理は、寿司、フカヒレスープやツバメの巣、冬虫夏草など東の国のものから、ローストビーフやステーキなど我が国でも食べられているものまで。フルーツやサラダなども豊富だ。
「さて、事情はいろいろあるだろうが。ガーネット嬢、君は女性でありながら、剣士を目指すことになったわけだが。剣を持ち始めた年齢も遅く、おそらく正攻法では男性と並べるような剣士になるのはほぼ不可能だろう。正攻法では……ね」
「つまり、これから私が学ぶ剣技は正攻法とは少し違うんですか」
「ああ、そうだね。剣技が違うというより、契約内容が異なると言った方が良いだろう。精霊などとの契約が必要な魔法剣士の応用となる『乙女剣士』と呼ばれるものだ」
乙女剣士? 聞いたことがあるような、無いような……そんな不思議な職業名。
「乙女剣士というのは、魔法剣士のように契約をして戦うタイプの剣士というわけですね。確かに契約で得たチカラを使えば、剣を覚えるのが遅かった私でも人並みの剣技が身につくかも。契約というのは、やっぱり精霊ですか?」
一体、どんな精霊と契約して乙女剣士になるのかしら……と尋ねる私を、緊張感溢れる瞳でヒストリア王子とアルサルが見つめる。なんだろう? この異様に重くるしい空気は。
「おほん! 乙女剣士というのは、古い伝説に出て来る剣士で……契約する相手は精霊ではなく、人間の男性だ。しかも、ゼルドガイア王家の血を引く若い男の……な」
スメラギ様が、ヒストリア王子とアルサルの両方を交互に見つつ両手を広げて、まるで『2人のうちどちらか選べよ』みたいなポーズを取り始めた。
いや、私だって馬鹿じゃないから薄々は気づいていた。ヒストリア王子にそっくりなアルサルは、この国の王家の血を引いているんじゃないかって。
辺境地域でのんびりと男爵か辺境爵かどちらかの爵位を名乗って、のほほんと暮らしていける若者が庭師なんてやっていて、ただの物好きなハズない。
おそらく、錬金術の勉強をしながら身分を隠して都会で暮らすのに絶好の場所が、私の実家ブランローズ邸だったのだろう。
「えっ……ゼルドガイア王家って、えっと。ヒストリア王子と……もしかして、アルサル……」
ヒストリア王子もアルサルも、双方こちらを見て無言で頷く。体裁上、騎士団長のエルファムさんが会食を欠席したのは、この話が表向きはまだ秘密裏だからだ。
「結論から言おう! ヒストリアとアルサル。魔法国家ゼルドガイア王家の血を引きし若者2人のうち、どちらか好きな方と契約を誓うキスを交わし、永遠のパートナーを選びなさいっ!」
キス、永遠の?
キス……いわゆる口づけ、接吻、キッス、口吸い、アルファベットのAなどのことだよね。
パートナー……どちらか、好きな方を選ぶ。ヒストリア王子とアルサルのどちらかを。
永遠のパートナーとは一体、つまり、結婚相手を選ぶってこと? いや、なんか契約したら離縁も無理そうだし、それ以上に重そう。
そうか、断罪ルートを抜けると、こうやって色違いのイケメン2人からどちらか好きな方を選ぶ展開になるんだ。知らなかった。
「ガーネット、婚約者とかそういうのは置いておいて、君の本音で僕達2人のどちらかを選んでほしい。どちらと永遠の誓いのキスを交わしたいのか。僕は君が婚約者でなかったとしても、君のことが……好きだよ。けどね、乙女剣士は心の剣技、嘘はつけない契約だから」
「ガーネット様、いやガーネット。オレはあなたのことをずっとお慕いしていました。好きです! 出来ることなら、一緒になりたいと……。けど、無理強いは出来ないから、あなたの意思で決めてほしい。オレは今は王子ではないけど、いずれ新しい国を造り、必ずあなたを幸せにしてみせます」
真剣な目で愛を伝えて来る2人に、どう返事をして良いのか分からない。
驚いたことに私は、ひょんなことからヒストリア王子とアルサルのどちらと『永遠のパートナー契約』するのか選択を迫られることになったのである。
 




