第17話 最後の架け橋
マーリナイトさんと彼女の師匠であるガブロさんは、長いこと『いばら姫』を目覚めさせるために、様々な研究を行って来たらしい。
「はぁ。けれど、我々の研究もようやく実を結んだということですね。まぁ高波動実験の暴走が原因なので、失敗は成功の母といった感じですが。ロードライトガーネット嬢と魂の繋がっているサナさんがこの島にやって来たことで、波動が通常よりも増幅されたのでしょう。これは、忘れてはいけない……メモメモ!」
まさかそのいばら姫の正体がロードライトガーネット嬢だったなんて驚きだ。
(きっと昨夜見た夢の正体は、この研究所が流した高波動が私に訴えかけたかった内容だったのね。ロードライトガーネット嬢との間に何があったのか思い出してもらって、彼女を目覚めさせに来て欲しかったんだわ)
「その暴走っていうのは、収まっているんでしょうか。迂闊に高波動を直に浴びると、流石にお嬢様や僕も石酔いで倒れかねないので」
「えぇ。まだ立ち入り禁止というか、最上階のいばら姫の部屋は封鎖しているんです。まぁ最上級はエレベーターが繋がっていなくて、ガブロ様のフロアから直接階段で行くので。いきなり石酔いにもならないです」
クルル曰く、直波動は遠くからの波動が効きにくかった私達でもかなり危ないそうだ。すぐ真下の階まで行くのも危険に感じるが、一応封鎖されているとのこと。
そんな事情から、ロードライトガーネット嬢の眠る最上階の寝室には、まだ立ち入れない状態らしい。だが、いよいよその時が近いとマーリナイトさんはホッとした様子。
エレベーターで最上階の一つ下にある賢者ガブロさんの部屋に案内されると、黒髪に銀髪メッシュのダークエルフ美女を紹介された。
「貴女が、聖女サナ……いいえ、今は乙女剣士の紗奈子さんね。それに、エクソシストのクルーゼ君! 初めまして、賢者ガブロよ。この研究所の責任者なの。何だか、私達が以前見たヴィジョンの聖女サナとは雰囲気が変わったというか。異世界転生前の記憶を完全に取り戻したからなのかしら、前世への未練とかで悩む人も多いけど、そういうのも波動で解消出来るわよ」
「あはは……初めまして、ガブロさん。波動って凄いんですね。ところで異世界転生というか、実はまだ地球側に戻れる可能性もあるらしくて。それに、この異世界でもパラレルワールドを行ったり来たりしてるようだし」
濃紺のスリット入りのローブから美脚を覗かせて、にこやかに挨拶してくれるガブロさん。かなり長い年月を生きている偉大な賢者だそうだが、マーリナイトさん同様異種族だけあって、若くてセクシーな女性といった印象しかない。
そのセクシーなガブロさんの顔色が、徐々に青ざめて来た。私のことを見ているうちに、何かに気づいたらしく杖を持った手がフルフルと震えている。大丈夫だろうか。
「……あ、貴方達。すぐには気づかなかったけど。その身体……やだ、まだ霊体じゃない? 本体は、肉体は今どこで何してるのっっっ?」
「ふぇえええっ? サナさんとクルルさんのお二人が霊体っ。ひぇええっ? まだ我々の実験は完全じゃなかった?」
続いてマーリナイトさんも、私とクルルを霊体だの何だのとあからさまに動揺している。
「えっ。ガブロさんもマーリナイトさんも、突然どうしたんですか」
「とっとにかく、その霊体状態じゃ不安定ですから、ああっこの波動の安定した席へどうぞ」
* * *
「そう。実は、貴方達の身体はまだ鏡の向こう側に置き去りかも知れないのね。しかも、紗奈子さんの方は、地球での肉体がまだ眠っているとか……って、イヤだわ、まるっきりいばら姫と同じ状態じゃない!」
「はわわ……実は、聖女サナも異世界から完全に転生出来ていなくて、いばら姫状態で霊魂が異世界に来ていただけなんて。あっこれは、我々の秘匿事項にしておきますのでご安心を」
調査に来たはずなのに、いつの間にか私もクルルも魔法鉱石研究所の二人から調査される側になってしまう。ガブロさんは私とクルルの目の前に測定器を設置して、素早く波動を計測していた。
ピッピッピッ!
「うーん……困ったわねぇ。私としては、地球ではすでに肉体を失っている設定で聖女サナとロードライトガーネット嬢の魂を切り離す計画だったの。けど、紗奈子さんの肉体がまだ地球で存命なんじゃ、切り離しが成功した場合に魂が地球へと還る可能性があるわ」
「地球へ……? 私の魂が、地球で生きかえるってことですか」
「生きかえるっていうか、まだ死んでいないわけだから意識不明から回復するという扱いでしょうね。ただ、地球での貴女の肉体の状態によっては、辛いだけかも知れないわよ」
もはや可能性すら忘れていた『地球への帰還』が、現実味を帯びて来た。もし、ここで異世界と別れを告げて地球へと帰ったら、異世界での暮らしはいつしか忘れ去られて『夢だった』と思うのだろうか。
ギルドに仮所属する際に女神様が見せてくれた地球のヴィジョンでは、私の肉体は眠ったっきりでおそらく目覚めないだろうと思われるくらいだった。だが、身体的機能が損なわれているという話もなかった為、リハビリをすればまた元通りの暮らしが出来るはずだ。
「紗奈子お嬢様、僕は聖職者ですので命を軽んじるような発言はしたくありません。ですが、この問題は紗奈子お嬢様が自分の意思で決めていいんですよ」
それでも、私はすぐに地球へと帰りたいというセリフが出てこなかった。
「うん。そうよね、クルル……けどパラレルワールドで待ってくれているヒストリア王子やアルサル達に、何も告げずに地球へと帰ってしまったら、それこそ地球での暮らしは一生悔いの残るものとなる。鏡の世界へ来てからはリーアさんにお世話になって、アルダー王子とクエストをして、ここからいろいろ始まると思っていたのに」
「紗奈子さん、貴女が異世界に留まり冒険をしたいのか、それとも地球へ戻るのかを決断する期限が来たのだと思うわ。私達なりにタイムリープのロジックを調べていたんだけど、パラレルワールドでは幾度となくタイムリープが引き起こされて、その中で何割かのケースは崩落した橋を掛け直すと起こることが判明したわ」
「あ……知っていたんですね。そういえば、デイヴィッド先生が丈夫な橋を作るのに発注している魔法鉱石って、ここで作っているんだった」
私は心の何処かで、この異世界をゲーム感覚で捉えていて、際限なく続いてくれると勘違いしていた。クエストに失敗しても、データが気に入らなくてもやり直しの効く気楽な世界。その一方で、地球での私自身はタイムリミットを迎えようとしていたんだ。
「タイムリープの輪から外れる異種族の私達からすれば、架け橋の作業はもはや定期イベントだったけど。きっと、これがラストなのね……だから、紗奈子さんが地球へと戻るためびの架け橋がかかるのもこれが最後よ。霊体の貴女なら高波動を使えば、パラレルワールドとも連絡が取れるように私達で調整できる。別れの挨拶を出来るようにしてあげるから、決断するならこの数日のうちに考えておいて」
「地球に帰るための架け橋は、これが最後……」