第16話 聖女ではなく乙女剣士として
賢者ガブロと魔法使いマーリナイトは、ロードライトガーネット嬢の遺体を研究所に連れて帰り、切り落とされたはずの首まで見事に繋ぎ合わせてみせた。
「ようやく、ロードライトガーネット嬢の首を綺麗に繋ぐ魔法が、成功したわね。まるで、ただ単に眠っているかのように、美しく修繕されているわ」
「本当です。まるで、永遠の眠りについたお伽話のお姫様みたいです」
硝子の棺の中で眠るロードライトガーネット嬢は仮死状態で……美しい寝顔は、いばら姫のようだ。あとは命の灯火を再び宿すだけだが、それにはある条件が必要だった。
「あとは、ロードライトガーネット嬢の魂をここに喚び出せればいいんだけど」
そう……条件とは、彼女と魂を融合させた聖女サナが、ロードライトガーネット嬢の遺体と再会することである。
「相手は浮遊霊ではなく、生きている人間と融合してしまっていますもんね。しかも、時間軸はタイムリープ魔法のせいでぐちゃぐちゃですし、肝心の聖女サナさんはこの世界線にはいないし」
タイムリープが始まり既に何年か経っていたが、聖女サナは鏡の世界へと逃げてしまったらしく、しばらくはここに喚び出すことが出来ない。
「けど、大丈夫よ。融合したとはいえ、別の人間の身体にいつまでも宿っていることは、ロードライトガーネット嬢にとっても不便なはずよ。この魔法鉱石研究所にて復活させた元に身体を求めて、ロードライトガーネット嬢の魂が、ここに来たがるはずだわ」
「えぇっ? 本当にそんなことが可能なのですか、ガブロ様。聖女サナさんは、過酷な運命から逃れるために鏡の世界へと旅立ってしてしまったのでしょう。果たして戻って来てくれるでしょうか?」
鏡の世界は特定の種族以外干渉できないとされており、それは異世界軸の森の番人であるダークエルフ族だけだとされている。賢者ガブロもダークエルフの血を僅かながら引いているが、純粋なダークエルフではないため番人にはなれない。
「それを戻って来させるのが、私達の研究のテーマというものじゃない? 魔法鉱石を用いて波動を高めて、私達の運命に刻まれた魂のブループリントにアクセスする。神様はある程度、生物の生まれてから死ぬまでの運命をシナリオとして作ってあるらしけど。結末を幸と不幸のどちらで迎えるかは、分岐点があるはずよ」
番人ではなくても別の方向からアプローチをして、本人達に鏡の向こう側から帰って来てもらう。これが、ガブロの目指す賢者の石をさらに発展した魔法鉱石の波動実験と言えるだろう。
「分岐点……ガブロ様がよく仰っている前世のカルマを解消すると、自分の本当の使命を思い出せる。ソウルメイトに出会えるというものですね」
「そうよ、よく覚えていてくれたわね。流石、私の助手だわ。生物が持って生まれた人生のシナリオ、俗にいうブループリントに刻まれたカルマの解消は、本人の努力だけでは気づかずに終わってしまう。だから、それを手助けする特別な力を持つ魔法鉱石を生み出して、異空間をも超えられる波動を作るの。波動を通して訴えれば、例え遠くに離れた相手だとしても第三の目、即ち松果体を通じて呼びかけられるはずよ」
人間には松果体と呼ばれる夢を見ることについて管理する脳機能があるが、古代人はこれを第三の目と呼んでいたらしい。そして第三の目である松果体を自由に操れれば、サイキック能力が芽生えて人生を自分の未来予想図が立てやすくなるのだ。
「人間の夢見を司っているとされる脳の奥の第三の目、松果体に波動を届けることが今のところの目標になりますね」
「第三の目を開き、相手の松果体に訴えて夢見をさせる方法は、一歩間違えればただのサイキック攻撃になってしまう。夢見を介して相手を洗脳し、服従させることだって可能だわ。だからこそ、我々のように人間達とは離れた暮らしをしている傍観者が行うべきなの。少なくとも、私はそう考えているわ」
サイキック能力者が全て善人とは限らず、相手の松果体に波動を使い直接アタックをかけて【予知夢や正夢に格好つけた洗脳】を行うことも可能だ。
だから、波動実験を危険視する者も多いし、先導する者は自分達の特別な能力を悪用せずに、正しく生きなくてはいけない。
「ガブロ様……はいっ。私、おっちょこちょいなホビット魔女ですが、ガブロ様の一番弟子という誇りにかけて悪い魔女にはなりません」
「ありがとう……いつか、その日が来るまで頑張りましょう!」
自分達の研究結果が実って、聖女サナがこの研究所の扉を叩く日が来るまでガブロとマーリナイトは、いばら姫を守ると誓ったのである。
時は過ぎてガブロもマーリナイトも以前ほど聖女サナが来る日を待たなくなり、淡々と夢見を促す高波動実験の明けくれるようになった。
そんなある日、高波動実験による影響が研究所の塔から漏れるようになった。外部の人達にまで影響が及び、研究所はギルドの調査対象になってしまう。調査員として派遣された乙女剣士紗奈子が、エクソシストのクルルと共に研究所の扉を叩いたのである。
* * *
調査書類を書きながら、マーリナイトさんは何か重要なことを思い出したのか、私の顔をまじまじと見つめてから、震える指で指さして来た。
「あ、あの……もしかして、もしかすると。貴女が、聖女サナさんだったりします? ロードライトガーネット嬢と融合してタイムリープをした原因の?」
「えぇと、突然いろいろとんでもないことを言われても頭が混乱するけど。私は異世界転生者で、今は乙女剣士を目指しているの。残念ながら、聖女サナという肩書きではないわ」
本当は、私自身が聖女サナなのではないかという疑惑くらいは、昨夜の夢の影響であったのだが。ただの夢を自分の過去の記憶と思い違いをしている可能性もあるため、断言しなかった。
「乙女剣士……! 因果を断ち切るという因縁切りの、前世のカルマを消滅させるための!」
しかし、マーリナイトさんは聖女よりも乙女剣士の肩書きの方が気になるようで、さらに興奮し始めた。
「ごめんなさい、期待しているところ悪いけど。まだ、乙女剣士としても見習いの部類なの」
「いえいえ、適性があるだけで充分です。それに、貴女が聖女サナであっても乙女剣士であっても……いばら姫の呪縛を解き放つことが出来るはず。私と一緒に秘密の部屋へ来て下さい! ガブロ様といばら姫に会って頂きたいのです」