第15話 取り残された世界で
紗奈子達がクエストに出掛けるのを見送ったアルダー王子は、枕元に飾った立体六芒星のマカバスターを少しだけ指で揺らしてから、再びベッドに潜り込んだ。身体が怠く熱がまだ微熱ながらもあり、頭がグラグラとして重苦しい。
静かに流れを見守っていたアルダー王子の担当医も、そろそろ部屋を出るつもりらしい。
「では、アルダー王子。私も他の患者の治療に行きますので、安静にされていてくださいね。高波動の石酔いは結構何日も改善までかかるので、無理は禁物です」
「はい、いろいろとありがとうございました。仲間二人の無事も確認しましたし、今日は大人しくしています」
担当医も部屋を去りいよいよアルダー王子は、宿泊施設の部屋で一人きりとなった。休むこと以外、特にこれといってやることもないし、何かを為す体力が無いのも現状だ。
石酔いもしくは波動酔いというものらしいが、アルダー王子からすると昨夜見た夢が何かの重みとなってのしかかっている気がした。
(サナちゃんとクルル君、大丈夫かな?)
まだギルドでのポジションが研修段階の二人が、どうしてもクエストに出なくてはいけないのをアルダーは理解しているつもりだ。今回の研修を終えてギルド正式加入しなければ、二人はこの世界での生活手段を得辛くなる。だから、なるべくクエストの邪魔はしたくないし、不安を覚えるようなことを吹き込みたくない。
(けれど、あの夢。やたら、リアルだったな。今回の高波動実と関係あるんだろうか。オレが見た夢の意味は……)
夢の内容を思い出して気分が優れなくなり、アルダー王子は一旦考えるのをやめようとする。けれどそれでさえ現実逃避のような気がして、ため息を吐いた後に目を瞑り睡眠を取ろうと試みる。
すると、昨夜の悪夢がまるでこの目で現実のものとしてはっきりと捉えたかのように、アルダー王子の瞼の裏に焼きついて離れない。
『紗奈子、助けて。聖女なんでしょう? 奇跡を起こして……。助けて、助けて、いやだ嫌だいやだいやだ、いやぁあああああああああっ!』
『やめてっ! ロードッ。ロードォオオ!』
ザシュッ!
兄であるリーアの婚約者ロードライトガーネット嬢が、婚姻直前に魔女疑惑で断罪される悪夢。友人でありアルダー王子の婚約者でもある聖女サナに助けを求めて、願いが叶わず首を堕とされる残酷な内容だ。聖女サナが彼女の亡骸に祈りを込めると二人の魂は融合し、時の歯車が数年前に巻き戻った。
一見すると、アルダー王子が高波動実験で見た夢の内容は、紗奈子が昨夜見た悪夢と同一ある。だがアルダー王子が見た悪夢は、置いてきぼりにされた断罪後の世界線であり、さらにその先に何があったのかを示すものだった。
* * *
「世界が、終わる? この世界は、無かった存在になってしまうの?」
タイムリープの異変は、取り残された世界を放浪する異種族達だけが気づいた。ダークエルフやホビット族などの人間の聖女の魔力干渉を受けにくい種族は、その放棄された世界線にしばらく居残る者も少なくない。
特に、光と闇の波動を統べるダークエルフの賢者ガブロや、巨大な魔力を小さな身体に秘めたホビット族の魔女マーリナイトには、聖女サナのタイムリープ魔法は無力であった。
一方で、大抵の人間は聖女が放つタイムリープ魔法から逃れることが出来ず、聖女が示す方へと時の川を流されていくのみだ。
『嗚呼、なんだこの感覚は? どうして私はここにいるんだ。そうだ……還らなければ、時の歯車の音が聞こえる』
『呼んでいるわ、聖女様の声が。戻らなきゃ、この世界は既に消えた過去なのだから』
まるで世界が切り取られたように人々が、一人、二人……と消えてゆき、気がつけば人間という種族は殆どその世界線から居なくなった。
このあからさまな異変の調査に乗りだしたのが、異空間を往来する魔法を研究する賢者ガブロである。ガブロは助手の魔女マーリナイトを連れて、タイムリープ発祥の土地とされる公爵令嬢の処刑場跡地に辿り着く。
「はわわ! 公爵令嬢様の断罪を見守っていた民衆が、根こそぎ消えたと聴いてやって来ましたが。ガブロ様……本当に、閉幕した劇場みたいに寂しい雰囲気が漂っていますね」
「それだけじゃないわマーリナイト、見てご覧なさいな。ロードライトガーネット嬢の亡骸、聖女サナと融合したはずなのに今はここに遺棄されている。このままじゃ、あんまりだわ」
「そうですね、ガブロ様。人間は皆時間の川を渡ってしまったようですし、せめて私達くらいはこの可哀想な御令嬢を弔ってあげましょう」
タイムリープの輪から外れた例外的な人物は、よりによって聖女サナと融合したはずのロードライトガーネット嬢の抜け殻とも言える亡骸だった。そして、彼女の亡骸は、保存魔法で自分達の拠点となる薔薇柘榴島へと運ばれた。
「はっ……この御令嬢の遺体、まるで元から魂の無いお人形のようです。ガブロ様、これは……?」
「時間軸が巻き戻る前後に、この御令嬢は亡くなられているけれど。生物というよりは造り物のような状態で、時間軸を彷徨っているのね。これも神様が我々に与えた使命かも知れないわ。火葬も土葬もいらない状態だけど、保存魔法で遺体を守って蘇生を試みましょう」
通常であれば首まで切断された遺体の蘇生は不可能だが、タイムリープ魔法の時差加減で生きた人間というよりは、人形のような状態で残されていた。先に肉体を完全に修繕して、命が吹き込まれれば或いは……新たな生命になる可能性がある。
「けれど、ダークエルフやホビット族の中にもタイムリープに巻き込まれた者は幾人かおりましたが。我々はやはり、グラウディングなどを行い地に足をつけていたおかげで助かったんですよね」
「おそらくは……。でも、いつどういった形で私達もタイムリープの輪に巻き込まれるか分からないわ。これからは、地に足をつけるグラウディングに留まらず、もっと波動を上げる研究もしなくてはね」
しかし、いつどのタイミングで自分達もタイムリープに巻き込まれるか分からないと賢者ガブロは考えた。対処法として賢者ガブロは、高波動実験を行いながら、ロードライトガーネット嬢が命を吹き返すことを信じて、蘇生術も並行して研究することにしたのである。
運命の輪は巡り巡って、サナとロードライトガーネットを再び結びつけようとしていた。