第08話 リーアからの提案〜ヒストリア視点〜
ついにリーア・ゼルドガイア氏との契約の時となった。メールでのやり取りだけでは分からなかった姿形、それに声が画面越しとはいえ浮き彫りになっていく。
「リーア・ゼルドガイア様、これまでの経緯は親書にて拝見しました。そちらの世界へと転送された紗奈子とクルルを保護して頂き感謝いたします」
「あぁヒストリア君、頭を上げて。私はギルドマスターとして、こちらの世界のゼルドガイア王家として当然のことをしたまでだよ。それにキミは、もう一人の私だ。兄弟か何かだと思って、気軽に話してくれると嬉しいな」
緊張する僕を安心させるためか、ニコッと微笑うリーアさんからは、僕とは違う大人の余裕が見えた。
予想通りの部分は、僕に似た顔立ちと金髪碧眼という部分くらいだ。造形そのものは近いはずだが、リーアさんの方が年齢が幾つか上ということもあり、落ち着き払っていて色香を感じさせられる。
長い金髪を後ろで三つ編みにゆるく編んでいるらしく、中性的で不思議な雰囲気だ。声が思ったよりも低く、甘さを含んだ掠れた声色なのもそういう印象を与えるのだろう。
「もう一人の自分。一体、どのように会話を交わしたらいいのか、実際のところ迷っていたんです。パラレルワールドの設定を受け入れて、縁者のように言ってもらえると、ホッとします」
リーアさん曰くパラレルワールドの鏡の存在である僕達はもう一人の自分だという。多分、若輩者の僕を安心させるためにフレンドリーに接してくれているのだろう。年齢や環境の違いか世界線の違いか……目上であるリーアさんに上手く誘導してもらっているのが現状だ。
本題に入る前に、パラレルワールド同志がどのくらい異なる世界であるか、情報を示す合わせて再確認する。
「帝国領時代が長い間続いて、ここ数十年でようやく独立。そちらは帝国領の歴史は遥か昔に終焉しているのだろう? ブランローズ公爵家は、帝国支配からの圧迫でゼルドガイア王家と合併する形で途絶えたんだ。同じ名の魔法国家ゼルドガイアといえども、内情が違うのは仕方があるまい」
「へぇ……では流通や文化交流も詳しく調べれば、違いが多いのか」
パラレルワールドの相違点は数多いが、極めて違う点を纏めると……。
・こちらの世界では権力者であるブランローズ公爵家は断絶しており、ゼルドガイア王家に吸収されている。
・僕が予想していたよりも帝国文明が長く、歴史の分岐点で大きな違いが生じた模様。
・異種族との交流が深く、ギルド所属者にも異種族出身者が多い。
など、もし歴史がここで違う風に動いたら……という例え話のその先を現実のものとして聞いているようだった。
「うん。交流といえば……そうだね、一番の違いは……ミュゼットくん、ちょっといいかな」
「にゃにゃっ? オレがこんな大変な場に混ざって平気なんですかにゃ。あっお初にお目にかかりますにゃ。オレは、猫耳族のミュゼットという御庭番猫ですにゃ。リーア様には子猫の頃に拾われて、それからずっと一緒なのにゃ。リーア様の魔力で今では人型モードもお手のものなのにゃ」
百聞は一見にしかず、真実味のある話として説明したいのかボディガード役の猫耳青年のミュゼットくんという若者をモニターのそばに連れてくる。異文化交流の代表のような種族といえば、ケモ耳族……ということらしい。
「ね、猫耳の少年っ……いや失礼、一応青年なのかな。初めましてミュゼットくん。ふふっ。キミにとってリーアさんはご主人様というわけだね。僕も猫は好きで王宮でも飼っているけど、人型モードになれる子はいないからね。そうか、猫耳族の猫だけが人型モードに移行可能だったのか。てっきり御伽噺か何かかと……」
イケメン風の若者だが動物のような耳と尻尾がある異種族。獣人というものに対する予備知識が無ければ、コスプレか何かと勘違いしてしまいそうだ。それくらいつり目がちな可愛い系の顔立ちと猫耳・猫尻尾は実にマッチしていた。
(まぁミュゼットくんの自己紹介によれば、猫耳族も産まれたては本物の猫だし)
語尾の『ニャン』が気になってしまうが、慣れれば平気というやつか。ミュゼットくんは見た目以上に内面の猫度が高く感じられて、猫が話せたらこんな感じなのだろうかと体感させられる。
「ヒストリア様の世界では猫耳族は御伽噺でしたかにゃ。びっくりですにゃ。飼い主様と猫がお話し出来ないなんて、何だか不便ですにゃ」
「ははは。僕の世界では、猫と会話したくても意思疎通は雰囲気でするしかなくてね。こうして人間の言葉で話しが出来るとは……まだ不思議な感覚だよ」
(ミュゼットくん……人間に近い風貌で頑張るキミには申し訳ないが、昔王宮のそばで拾った野良の猫を思い出してしまった。もしあの猫も猫耳族だったら、ミュゼットくんのように今でも元気にやっていたのだろうか?)
少年の頃に飼っていた猫を思い出しながらも、その後は雑談を含めながら業務提携の話し合いは進んでいった。
リモート会議なるものが定着しつつある昨今だが、僕にはそういうものは馴染まなかったようで始終リーアさんにリードして貰いっぱなしだった。なるべく平静を装いながら、何とかうわべを繕ってサインした電子書類を送信する。
「リーアさん、送信いたしました」
「ふう。これで、ギルド間の連携は完了か。これからも定期的に連絡を……」
ジリリリリリリ……!
ジリリリリリリ……!
『敵襲、敵襲! 総員は、直ちに戦闘体制に入って下さい。繰り返します』
ようやくリーアさんとの契約が終わり、ひと段落出来るとホッとしたところで、まさかの異変。モニターの向こう側では魔族からの襲撃が来たという声や警報音が鳴り響き、緊急事態が発生しているのだということがすぐに分かった。
『ミュゼットくん、サーチ魔法で状況を調べてくれ。戦力的に見て防戦一方では崩れるのも時間の問題、退避ルートを確保したい』
『はっはい。えっ……そんにゃっ。さっきまで何の気配も感じられなかったのに。リーア様、退避ルートはおろか建物の周囲を囲まれてますにゃっ。おかしいですにゃ……まるで、突然空間が切り替わったような』
『まさか、パラレルワールドと連携するために時空を切り開いた影響で……?』
あからさまに動揺し始めている状況下で、モニター越しの僕はどうすることも出来ない。今頼りになるのはリーアさんだけなのに、手を加えて見ているだけの自分がもどかしい。
(守護天使ナルキッソス様の仰る通り心に希望を懐けば、何かの解決先が見いだせるのだろうか)
すると、既に戦闘が始まっているであろうモニターの向こう側に変化が……室内を守るために魔力で一時的に防御結界を張ったようだ。そしてリーアさんがひと呼吸置いてから、真剣な眼差しで僕にそっとある提案をしてきた。
「ヒストリア王子、済まないが私の実験に付き合ってくれないか?」




