第07話 天使様の加護を信じて〜ヒストリア視点〜
パラレルワールドのギルドから、業務提携を行いたいというメールが届く。時間の流れさえ異なるパラレルワールド同士で業務提携を行うなんて、どのような魔法を駆使すればそんなことが可能なのかと疑った。
が、『リーア・ゼルドガイア』を名乗るギルドマスターは、僕達の住む世界では不可能と謳われている時空魔法の使い手だという。リーアさんは、おそらくパラレルワールドにおける僕自身、『ヒストリア・ゼルドガイア』のポジションに該当する人物だ。
「大胆不敵な戦略を思いつく魔導師が、僕自身の片割れだとは……。いや、文面によると紗奈子やクルルもそのギルドの世話になっているわけだし、彼の戦略に乗る方が妥当だろう」
「どうなされます、ヒストリア様。ギルドマスター法では、緊急時のみ独断で重要事項を決定することも可能ですが。後々面倒になるのがお嫌でしたら、会議を開くというのも手ですな」
ギルドの書類を爺やが纏めながら、僕に今後の方針を問う。過去にギルドマスターがその権力で独断決定を行い、ギルドそのものが解散したケースも少なくはない。だが、会議を通せば、表向き義理も通るし信頼も得られる……筈だ。
「そうだね、提案通り簡単な会議の場を設けよう。未だに、戻る手段が分からない紗奈子達のことも含めて。解決策を見出そうと奮闘するアルサルやカズサ、エルファムさん率いる騎士団に報告をしなくてはいけなかったし。丁度良い」
(そう……丁度良いタイミングの筈なのだが、何故か胸騒ぎが止まらない)
普段あまり感じない類のプレッシャーを感じながらも、パラレルワールドと連絡が出来る様になるのは大きな進展だと自分に言い聞かせて、皆に報告をすることに。
* * *
極めて内輪の会議、尚且つパラレルワールドのことを認識しているものにのみ限られるため、メンバーは少数。
乙女剣士認定試験の関係者、即ち紗奈子の婚約者候補と教会庁所属の守護天使様達という構成だ。
出席してくださる守護天使様三人のうち二人は、僕の守護を幼い日から続けて下さっているナルキッソス様と弟アルサルの守護天使であるフィード様である。実質、彼らのお目付け役として会議の場に立ち会う司教様だけが、第三者的な立場と言えるだろう。
「……という訳で、リーアさんのギルドと我がギルドの提携の誘いが来たんだけど。紗奈子達の件もあるし、今回は引き受けようと思うんだ。これ以外に、手がかりのようなものも無いしね」
「なぁヒストリア、紗奈子達の無事が判明したのはいいけどさ。本当にそのパラレルワールドの住人っていうのと、交流して大丈夫なのか。ほら、ドッペルゲンガーに会うと片方が消えるって噂があるじゃないか?」
アルサルがパラレルワールドの自分自身に会うことの危険性について指摘する。彼は異世界転生者でもあるし、魂の在り方については人一倍敏感だ。
しかしながら、反対意見を貰ったところで時間軸の異なるパラレルワールドと連絡が取れるのは、リーアさんの時空魔法が効いている48時間以内。検討する余裕などないため、強制的にアルサルの同意を得ることにする。
「成る程、僕とリーアさんがお互いにとってのドッペルゲンガーという考えは間違えていないと思うよ。けど、48時間以内という制限時間がある以上、このチャンスを逃してしまっては手詰まりだと思わないか?」
「……自分だって危険になる癖に、自己犠牲もいい加減にしろよっ。そのリーアって人が、どんな人物かなんて分からないじゃないか」
(客観論としてはアルサルの意見は正しいんだろう。だが僕個人の意見としては、パラレルワールドとはいえ、もう一人の自分であるリーアさんを信じてみたい)
アルサルが僕を責める分には仕方がないし、曖昧に首を振り、場を濁すことにした。
「……ごめん、アルサル。今はその話はよそう」
「……! あぁ、そうかよっ。せっかく、心配してやってるのにっ」
僕達の喧嘩紛いなやりとりを見て司教様はため息を吐いているし、相変わらず僕とアルサルは気が合わない兄弟に見えるようだ。
「まぁまぁ、アルサル。ヒストリアにもギルドマスターという立場があるんだ。危険な役割を自ら買って出る気概がなければ、務まらないよ」
「フィード様っ。けど、紗奈子達だけじゃなく万が一、ヒストリアまで消えてしまったら流石にいろいろ隠し通せなくなるぞ」
守護天使フィード様がアルサルを宥めていると、カズサが助け舟を出してくれた。
「僕は、ヒストリアがギルドマスターの責務で自ら危険な役割を買って出るというなら、止めはしないよ。ただし、万が一キミの身に何か起きた時のために、この世界においても補償をかけておいて欲しい。有体に言えば、パラレルワールドと業務提携する以前に、キミの代行がこなせるよう東方のギルドとも提携を結んで欲しいんだけど」
「カズサ、つまりキミが万が一の時は僕の代わりを?」
「僕は魔導師ではないから、魔法知識は爺やさんやアルサルに協力してもらうようになるけど。大まかなクエストの管理くらいなら大丈夫だよ。これでもゼルドガイアの縁戚にして東方領主の息子だからね。橋渡しとしてもお役に立つよう善処する」
優しくニコッと微笑むカズサは、物腰とは裏腹に武士特有の強い決意を持っていて『成る程これが外柔内剛のサムライというものか』と感心させられる。サラサラとした長い黒髪に一歩間違えれば女性と見紛うばかりの大和撫子的な容姿であるというのに。
「ふむ。カズサどのが代行の役割を担うなら、我が騎士団もサポートを出来るように徹しよう。ヒストリア王子が余計な心配をせずに、契約できるようにな」
人間族のメンバーの中では年長の騎士団長エルファムさんも同意してくれて、なんとか会議は丸く収まりそうだった。
「カズサ、エルファムさん、ありがとうございます。アルサルも心配してくれたのに……済まないね。守護天使様達も今回はこれで、構いませんか?」
「えぇ司教の私としても、それで良いと思いますよ。ではパラレルワールドと契約出来るように、時空魔法の認証手続きしましょう。いやはや、しかし向こうの世界には時空魔法が現役で残っていたとは……」
アルサルはまだ不満なのか無言で俯いたままだったが、司教様はこれで会議を打ち切るつもりのようで、リーアさんの時空魔法認証のサインをくれた。これで、向こうの世界との契約を行えるようになる。
会議解散の後、守護天使フィードとナルキッソス様が僕の装備品に新たな『祝別』をかけてくれることになった。
「今回の件、事後報告になるよりは些かマシかな。ヒストリア王子、オレも気持ちの上ではアルサルと同じつもりだが、ギルドマスターとしてのキミを信じよう。ご武運を」
「ヒストリア王子、もし暗闇に迷った時は自らの心に希望を懐きなさい。きっと神様は、貴方の声に応えてくださいますよ。貴方に加護が在りますように」
「フィード様、ナルキッソス様……」
守護天使ナルキッソス様の仰る『神様』の正体が、何なのかすら今の僕には皆目見当もつかないくらい心にあったはずの信仰は、小さなものになっていたが。今、目の前にいる守護天使様達の加護くらいは、信じてみようと思った。




