第11話 その未来は、王子しか知らない
「怪我は、なかったか? まったく、それにしても運が悪かったな。本来なら、この辺りは昼間、雑魚モンスターしか出ないんだが」
騎士団長のエルファムさんは素早い動作で敵を追い払い、剣を鞘に納めてこちらへと歩みよる。長い銀髪をなびかせて颯爽と歩く、その姿は映画の一幕のようであり、流石は前世で超夢中になった推しキャラなだけはあると感心。
あまりのバトル終了の速さに私が呆然としていると、何故タイミングよくエルファムが現れたのか、アルサルが事情を問う。
「エルファムさん! どうして、ここにっ。今日は、護衛の仕事があったんじゃ。っていうか、タイミング良すぎでしょ」
「あぁその護衛される側が、ガーネット様とアルサルの様子を見てきてほしいって言うもんだからね。それに……一応、あとわずかの場所にある香久夜御殿に辿り着くまでが、入門試験だからな。誰かしらが、遠くから見守っているのさ。それで、入門レベルを上回る敵が現れた場合は対処する」
要点だけまとめると……。
・実は、この初心者剣士ガーネットの旅路は誰かに常時監視されている。
・想定される以上の強い敵が現れた場合には、助っ人が素早く対応。
・監視に行かせたのは、ヒストリア王子の模様。
・香久夜御殿は、すぐそこの場所。
と、言うことらしい。
「えっと、つまり。ヒストリア王子、いやギルドマスターがエルファムさんを派遣して?」
「まぁ、そんなところだよ。しかし、素振りすらしたことがないのに、いきなり実践に出るのは危険だぞ。下手したら、振り回した剣で自分が傷ついてしまう」
「自惚れていたのかも知れません。迂闊でした。これからは、気をつけます」
「ふむ、ガーネット様も反省したようだし、まぁいいだろう。それに、まだ子供と言っても差し支えない年齢だしな。いい機会だから、丘で出くわすモンスター相手に剣の基礎を指南しよう!」
「えっいいんですか? ありがとうございます」
このままでは試験どころか旅自体危ういため、良い教官役が出来てラッキーである。見兼ねて、ヒストリア王子が騎士団長を送り込んできてくれただけのような気もするが。
「ふふっいい返事だ。さて、問題は、保護者役のアルサルの方だ!」
「えっ……オレですか、すみません。ガーネット様の安全を最後まで守ろうと思ったんですけど」
「はぁ……アルサル。オマエ、昨夜は一睡もしていないじゃないか! いつも、奇妙な寝言を言うのが癖なのに、昨夜はたまに呪いで苦しむ呻き声が聞こえるだけだったな。『んっっ』とか『あっ……はぁ!』みたいな感じで、なかなかのBL的逸材と感心、いや心配していたんだぞ」
「…………は、はいっっ? どうして、エルファムさん、オレがヒストリア王子の呪いで苦しんでいたこと、知ってるんですか。逸材って、何の」
話の流れが、おかしい。昨夜は、宿泊施設で夜を明かしたはずだ。確かに、宿泊施設側が勝手に私達をカップルだと思い込んで、ダブルベットのお部屋になったために、アルサルがいろいろ犠牲になったのだ。
けれど、エルファム騎士団長のイケボマシンガントークは止まらない。まるで、女を口説くような声色でお説教をするから奇妙な感じだ。
「大人しく、野宿でもしていればいいものを。ダブルベットの部屋なんかに泊まった挙句、『オレは予備ベッドで眠るんで、心配しないで』とかカッコつけて。オマエはちょっと見た目が老けているが、まだバリバリの十八歳。今から拷問めいた禁欲ライフを送ると、健康によくないぞ!」
「いや、だからなんで昨夜の流れを知ってるんですか? 見た目が老けているって、結構傷つくんですが。オレまだ気持ち的には、少年枠のつもりで……」
少年? イケメンのアルサルだが、どこから見ても青年枠だけど。もしかすると、心が成長するより先に、見た目が育っちゃったのかも知れない。
「まぁオレだって、若かりし頃は突然の女とのフラグを期待して、眠れない夜を過ごしたものだよ。実際には、男ばかりのBLめいたトラブルだったがな。けど、『すぐ隣のベッドで女の子がグッスリ眠っている』ところを、ほっぺに手を当てて満足してるなんて! 若い頃のオレがその立場だったら、もうちょっと根性出して……」
騎士団長エルファムのイケボお説教タイムは、その後も延々と続いた。何故、昨夜の一部始終を知っているのか。つまり、宿泊施設の隣の部屋辺りで、物音から様子を監視されていたということなのだろう。別に、やましい気持ちがあったわけではないが、男女の間違いが起きなくてホッとしている。
それにしても、エルファム騎士団長のお説教はいちいち、いい声してるな。内容は実にくだらないけれど、そのままイケボCDとして販売しても一儲け出来そうだ。
「あの、ところでヒストリア王子は、なんと仰って?」
「ああ、先に香久夜御殿で待っているそうだ。一応、ヒストリア王子もギルドマスターとして、今回の試験に関わっているし。明日の最終試験には立ち会ってくれるつもりらしい。さあ、一気に丘を登るぞ!」
ヒストリア王子が、この先に? 意外な形で、彼と会うことになったけど大丈夫だろうか。
「あぁっ! 昨日の夜の一部始終をヒストリア王子に監視されていたなんて! やっぱり、あの腹黒王子っオレのことをからかっていたんだっ」
「まぁまぁ、私達の潔白がヒストリア王子に伝わっているならいいじゃない?」
動揺しつつもヒストリア王子が待っていると聞いて、どこかホッとした様子のアルサルと、同じく安心しきっている私。おしゃべりで天然なのか、本当は鋭いのか……引率役の頼れる騎士団長エルファムさん。3人で雑魚モンスターをあしらいながら、香久夜御殿まであと少し。
その時私は、すっかり剣士の試験に気を取られて、ちょうど最終試験の明日が本来断罪されるはずだった『十七歳の誕生日』だということを失念していた。けれど、本当に重要な部分はそこではないのだ。
――明日、私の運命が大きく変わることは、ヒストリア王子以外誰も知らなかった。