第21話 微笑みの向こうに胸騒ぎを覚えて
最終的に何処の世界で生きていくのか、魂の居場所の選択肢は今のところ三択となっている。
その1、地球に戻り女子高生の早乙女紗奈子として生きていく甦りのルート。
その2、従来の異世界転生先に戻り、公爵令嬢ガーネット・ブランローズ嬢の成り代わりとして生きるルート。
その3、乙女ゲームのパラレルワールドに該当する鏡の世界で乙女剣士サナとして生きるルート。
もっとも、鏡の世界における私は『ロードライトガーネット嬢』の憑依者である可能性も否定しきれず、乙女ゲーム異世界を選んだ場合のバリエーションは未知数。
昨夜はいろいろ新しい情報が多くて、なかなか寝付けなかったけれどあっという間に朝が来てしまった。今日は鏡の世界においての初クエストの日だ。
「おはよう御座いますお嬢様、昨夜はマジックポイントを全て使ってしまってヒヤヒヤしましたが。回復ドリンクを飲んで、クエストに挑もうと思います」
「おはようクルル……あんまり無理しないでね。まぁ初クエストだし、そんなに難しいものではないと思うわ。今朝は私が簡単に作るから座って待ってて」
「すみません……では今日はお言葉に甘えて」
いつもは余裕をもっていた朝食作りの時間だが、残念ながらクエストの準備もあるしサラダを作る時間は無い。そこでサラダに入れるはずだったレタスやトマトを卵と一緒にサッと炒める。豆挽きはお休みしてコーヒーはインスタントで手早く用意。コーンフレークにヨーグルトをかけて、栄養のバランスを調整する。
「クエストが朝早い時は、手早く作れるものを準備しておかないと今後不安よね」
「いえ、僕が本調子ではないせいでお嬢様に負担を。けど、朝食は何か工夫しておくと便利なのは確かだと思います。ふう……ご馳走様でした。美味しかったですよ、お嬢様。さて……」
クルルは先の宣言通り、いざという時のために支給されていたマジックポイント回復ドリンクを食後にぐいっと一飲み。どのような味なのか……沈黙が続き、何だか不安になってしまう。
「…………クルル、そのマジックポイント回復ドリンクどう?」
「そうですね、じわじわと身体に浸透してますよ。タウリンやらビタミンに加えて、マジックポイント回復系の漢方を配合しているみたいです。冒険者スマホのステータスによると……1時間も経てば元通りのマジックポイントになるかと」
「良かった。今日はクルルがお祓いや補助呪文を使わなくて済むように、自分で道具を駆使して頑張るから。本当にいざって時だけ、お願いね」
(こんな時、アルサルみたいな錬金術師がいてくれたら市販品に頼らずにマジックポイント回復アイテムを作ってもらえたのはずだわ。ううん……今はアルサルのことは考えちゃダメ)
この場にいないアルサルのことを思い出し、心の何処かで彼の錬金アイテムに依存していることに気付く。けれど鏡の国に飛ばされてから一度も向こうと連絡が取れないし、敢えて連絡の架け橋となりそうな人物を挙げるなら彼の師匠であるデイヴィッド先生くらいだろう。デイヴィッド先生が軽く語っていたセリフがふと頭の中で木霊する。
『まぁ、鏡の世界への往来については……時に芸術への熱意は時空をも超えるのだよ。我が弟子アルサルにも、そのうちその域に達して欲しいものだ』
(そのうちアルサルもこちら側に来れるようになるとでも言いたいのかしら? けどアルダー王子は健在だし、似た人物が同じ世界に揃うことは無さそうだから例え話かも)
何か妙な引っかかりと感じつつ、今はクエスト準備に集中すべしと私もクルルもそれぞれの装備を保管している部屋に移動。
女性冒険者向けの軽装備だけでは心許無く、ショートソードと籠手、胸当てと防御力を上げるための装備を整える。トレードマークの赤い髪は邪魔にならないように後ろで一つに結い上げた。薬や冒険者スマホなどの品はウエストポーチに。旅行用のボストンバッグに着替えや日用品が入っているのを確認、準備万端だ。
「お嬢様、集合場所は炭坑島となっていますが。地図によると僕たちの住んでいたパラレルワールドでは、俗に言う禁足地となっていた島です。此処から比較的近い距離ですが炭坑島は未知の世界……気を抜かれないように」
「書類によると剣士の仕事は炭鉱周辺のモンスターを排除する作業で、洞窟内では発掘しないらしいけど……考えても仕方がないし行きましょう」
現地では次期国王候補のアルダーと一緒にクエストを行うわけだし、そこまで危険な内容のミッションはないと思うが。まさか私達の住む世界では禁足地だった島とは。拭いきれない不安を見せないようにしつつ、クエストスタート地点へ。
* * *
「クエスト参戦の今日からは冒険者専用のギルドバスが使えるはずよね。フェリー乗り場行き……あっ来たわ」
「僕達以外にも冒険者が多数、ギルドバスってなんだか新鮮ですね」
島に向かうためのフェリー乗り場へは、生活拠点の聖堂のあるエルフの森からギルドバスで30分。私達が住んでいた世界線のゼルドガイアには『冒険者専用ギルドバス』なるものは存在していなかった為、乗るのは本当に初めてだ。ゆらゆらとバスに揺られながら、クエストについての書類を改めて確認。
『大陸中心地のゼルドガイアは海域がない代わりに、海と見紛うばかりの巨大な湖がその役割を果たしています。今回のクエスト地の炭坑島は巨大湖に浮かぶ島の一つで、ゼルドガイア領土内であり他国との境界の場所です』
『炭坑島には【魔法鉱石研究所】の本部があり、錬金術を用いて魔法建築の資材を作っています。東方に建築予定の橋の資材は此処から直接【雨宿りの里】の現場へと送る予定です』
(他所の国との境界か……ここに次期国王候補のアルダー王子が出向くこと自体、緊張感を与える気がしてならないけど。もしかすると、今回のクエスト……アルダー王子の護衛も兼ねているのかも。それに魔法鉱石研究所っていうのも気になるわね)
あっという間にバスはフェリー乗り場につき降車するやいなや、先に王族専用車で到着していたらしいアルダー王子が楽しげに手を振っている。そして、過保護扱いされるのを気にしてクエスト同行はパスしていたはずのリーアさんの姿も。
「おはよう! サナちゃん、クルル君。今日から共同クエストよろしくねっ。実はさ、予定よりも大きなクエストになってしまったから、リーア兄さんが見送りに来てくれたんだ」
「サナ、クルーゼ。お恥ずかしながら……結局、過保護は私のギルドマスターとしての特性のようでね。大型クエストに居ても立っても居られず、せめて顔だけでも……と見送りに来てしまったよ」
「ふふっ。島に行く前にリーアさんに会えるなんて思わなかったから嬉しいです」
満面の笑みで私とクルルを出迎えてくれるアルダー王子、照れながらもいつも通り優しいリーアさんからは不安の色なんか一切見えない。
(けれど……どうして私は、彼の微笑みの向こうに胸騒ぎを覚えているのだろう?)
――炭坑島の別称がまさか、ロードライトガーネットを意味する【薔薇柘榴】とはこの時は気づかずに。




