第19話 夜会には居ない彼女
『グルルル……ガゥウウ……! ロードライト、ガーネット。戻ッテ来たのか。ロードライト、ガーネット』
突如として夜道に現れた言葉を発する銀狼。いやその身体を取り巻く瘴気は狼のものではない。おそらく、誰かの眷属であり魔物か何か……問題はその言葉の中身。
「ロードライトガーネットって、幼くして病死したリーアさんの婚約者のこと? 私が彼女の憑依体かどうか、まだきちんとした確信は無いはずのなのに。情報が流出しているの。きゃあっ」
鋭い爪で攻撃されるも寸差で避けた為、ダメージはほぼゼロだ。けれど、肉体ではなく心にその爪痕が傷をつけたような変な違和感。
次々と銀狼は増えていき、二匹、四匹、六匹、十匹。若しくはそれ以上か。エルフの森周辺の中でもこの道は森への入り口と聖堂の分かれ道。ちょうど大きく開けていて、人間二人を銀狼達が取り囲むには十分な広さがある。
『グルルル、ロードライトガーネット、殺せ。グルルル、王妃は別の方がなる。グルルル、ロードライトガーネットを暗殺セヨ』
王妃は別の方がなるも何も、話が妙だ。仮に私がロードライトガーネット嬢だとして、婚約者は王になる予定のないリーアさんのはず。アルダー王子の婚約者ではないのに、何故王妃なのか。
「ちょっと待ってよ、王妃って何? ロードライトガーネット嬢が存命だとしても、次期国王候補は現国王正室のご子息アルダー王子だわ」
『グルルル、計画の邪魔。排除、排除。ロードライトガーネット嬢を排除』
シュッシュッ!
しばらく剣の鞘で防御していたが鋭い爪や牙で襲い掛かられては、剣を抜かざるを得ない。クルルも並んで、ロザリオを手に臨戦体制だ。
「大丈夫ですか、お嬢様っ」
「どうやら、言っても無駄なら戦うしかなさそうね。夜の戦いなんて、目が効く魔物の方が有利だろうけど。てやぁああっ」
「僕も援護いたします。聖なる加護よ……防御魔法、発動!」
ザシュッ、キィイインッ!
補助魔法をクルルにかけてもらい、爪や牙によるダメージを一時的に抑え込む。だが、多勢に無勢で数は圧倒的に銀狼軍団の方が有利なのは当然か。
(乙女剣士の本領はゼルドガイア王家の男性とのパートナー契約により発揮する。契約していない状態じゃ、魔法剣が使えないし攻撃の通りが悪いわね。けど、攻撃が全く通じないわけでもない分、マシかしら)
あいにくパートナーが決まる前にパラレルワールドに飛ばされた為、本格的な戦闘は厳しめだ。
ザッ! ザシュッ!
「はぁはぁ……このまま長期戦に持ち込まれたら、流石に体力がもたないわ」
「くっ……埒が開かない。お嬢様、下がって! 全魔力を放出してこの眷属達を一掃します。どなたかの眷属さん、紗奈子お嬢様はロードライトガーネット嬢ではありませんよ。少なくとも今は……。闇の眷属よ、立ち去れっ!」
バシュッッ!
『キュウウウウンッ!』
祓いの魔法をクルルが放つと、狼の魔物は光と共に消えた。何事もなかったように夜風が冷たく頬を掠める。
ガクンッ!
全魔力の放出はかなりキツかったのか、クルルが膝をついて息を切らしている。
「はっ……はっ……」
「クルルッ、大丈夫なの? あと少しで部屋に戻れるわ、私の肩につかまって」
「お嬢様、申し訳ありません。お言葉に甘えて……」
魔力の底が尽きたであろうクルルを支えながら、魔除けのバリアの効いている聖堂敷地内にかろうじて辿り着く。裏口の関係者用の門をくぐり、庭から直接拠点である居室へ。
「ここまで来れば、もう安心よね。けど、何であんな刺客が送り込まれたのかしら?」
* * *
その頃、王宮では定期開催の夜会が催されていた。近隣諸国の貴族が交流を深める大切なイベントであり、招かれた御令嬢達にとっては婚約者不在となった二人の王子に見初めてもらうチャンスでもある。
「あぁリーア様、ご機嫌麗しゅう! リーア様とこうしてお話出来るなんて、夢のようですわ。是非わたくしと……」
「ちょっと、貴女如き田舎の令嬢がリーア様に馴れ馴れしいわよ。リーア様には名家の出身で優秀な魔法使いであるこの私が相応しいの!」
「ふふっ。誰がなんと言おうと、博識なリーア様と釣り合うのは伯爵令嬢で錬金術師のこの私よ。さっさとおうちにお戻りになられては?」
特に今宵はアルダー王子が遅刻している影響で、リーア王子が複数のご令嬢から猛アタックを受けていた。
「ははは。お嬢さん達、お誘いありがとう。他にも挨拶に行かなくてはならなくてね、みんなでゆっくり愉しんでいって」
「「「あっリーア様ぁっ!」」」
兄のリーア王子は側室の息子で王位継承権の順位は弟よりも低いが、金髪碧眼の絵に描いたような美しい容姿と甘く低い声で御令嬢達を魅了していた。彼にもかつてはロードライトガーネット嬢という許嫁がいたが、幼い頃に病死したと伝えられている。
「やはり、リーア様が女性に対して心を閉ざしているのは亡くなった婚約者が原因かしら」
「本当に亡くなっているの? 何処かに連れ去られたという風に聞いたわ」
「しっ……リーア様に聞こえる」
(ロードライトガーネット嬢の生存説は他所の国の貴族の間でも有名なのか。無理もない、彼女の亡骸は誰も見ていないのだから)
巷の噂では病死というのはゼルドガイア王家の建前で、実のところ行方不明だとも囁かれていた。そして、ご令嬢達への素っ気無い態度は、大事な女性を若くして亡くしたトラウマが起因しているとも。
(どんな美しいご令嬢と会話していても心が満たされない。けれど、サナは……サナだけは違う。まるでロードライトガーネットが戻って来てくれたかのような……)
ロードライトガーネット嬢と瓜二つの乙女剣士サナの存在は、リーア王子の中で消せない何かになっていく。何年も何年も昔の古い傷跡が、突然痛み出すように。




