第16話 眠る彼女に捧ぐ想い
地球のヒストリアさんはしばらくのあいだ無言でお見舞いの花を花瓶に移したり、サイドテーブルの上に飾られたお守りなどを整理したりと雑用をこなしていた。
病室の管理はてっきり家族がしてくれていると思ったのだが、ヒストリアさんはうちで下宿している朝田先生のお兄さんであるし、家族枠みたいなものなのかも知れない。私が倒れている間にどのような話の流れがあったのかは分からないが、それだけヒストリアさんに信用があると言うことなのだろう。
ため息をついてからベッドの傍に置かれている椅子にようやく腰掛けると、少しずつではあるがヒストリアさんが重い口を開き始めた。
『紗奈子ちゃん、こんなことになってごめんね。きっと僕がキミをガーネットと心の中で重ねていたから、キミまでこんな目に遭ってしまったんだ。ガーネットと同じように事故に遭うなんて……』
ヒストリアさんの意外な独白に、異世界から様子を見守る私達は言葉に詰まってしまう。
(えっ……ガーネットと私を重ねていたって、ガーネット嬢って異世界人じゃないの? 地球のヒストリアさんが何故、ガーネット嬢と私を重ねるの? あれっ……でもガーネットと同じように事故に遭うとは)
再び混乱し出す頭を必死に整頓して、ガーネットという女性が地球においても存在しているのであろう推測がたった。問題はヒストリアさんとガーネットさんの関係性である。アルダー王子が言っていた『関係性まで異世界と地球は似通っている』という法則から察するとまさか婚約者なのだろうか。
『お願いだよ、ガーネット。どうか、紗奈子ちゃんまで向こうの世界へ連れて行かないでおくれ。最近になって気づいたんだ……キミの書いたシナリオの乙女ゲーム、僕の開発用デモ画面だけ公爵令嬢の名前がガーネットからサナに変わっているんだ。最初はタチの悪い悪戯かと思ったけど、ガーネット……キミが犯人なんじゃないかって。僕が亡くなったキミの後を追わずに、別の女性を気にかけるようになったから』
何か私達の予想の斜め上をいくとんでもないことをヒストリアさんが発言した気がするけど、驚いているのはアルダー王子やクルルも一緒だ。
「ヒストリアさんの婚約者がガーネットさん……? やはり地球と異世界・パラレルにそれぞれ似た人物が存在していたということなのでしょうか。しかし、既に存命はしていない……」
「うーん。ガーネットさんの情報がもっとあれば、サナちゃんの今後の身の振り方も検討できそうなものだけど。このままじゃ、サナちゃんはどの世界で生存ルートを選んでもガーネット嬢の身代わりって感じだ。今、この段階で地球の様子を見せている意味は、どの世界でサナちゃんが蘇りたいか選択肢を与えているんだろうし」
まるで全ての世界においてガーネット嬢が存在しており、私はその全ての世界において身代わりだとでも言いたげだ。アルダー王子からこれまで知らされていなかったリーアさんの過去の人間関係を聞かされることに。
「えぇと、どの世界でもガーネット嬢の身代わりってどういうことですか。まさかリーアさんも……」
「うん。リーア兄さんには許嫁がいたんだけど、かなり前に……まだ子供の頃に病気で亡くなっているんだ。名はロードライトガーネット嬢、愛称はガーネットちゃん」
こちらの世界ではガーネット嬢の影はなく、女神様の伝承のみが伝えられていたと思っていたが。とっくの昔にこちら側のガーネット嬢は亡くなっていたらしい。
「……私、リーアさんにそんな過去があるなんて知らなくて。もしかして、赤い髪色で何処かのご令嬢とか? 私とはどれくらい似ていますか」
「亡くなった当時はまだオレも小さかったから、記憶そのものもうっすらだけど。確かに雰囲気はサナちゃんをもっと幼くすれば似ている気がするよ」
子供の頃の……初恋の思い出が死に別れだなんて、リーアさんもさぞ心を痛めていただろう。
「幼く……そっか、そんな早くに亡くなってしまったら、きっと思い出の中のロードライトガーネットちゃんは永遠に幼い少女だわ。リーアさん、私のことかなり子供扱いしていたけど」
「リーア兄さんは、サナちゃんと彼女を無意識のうちに重ねているのかも……。ロードライトガーネットちゃんは、大きな辺境のご令嬢で、領地を守る意味でもリーア兄さんとの婚姻をお父様が勧めていたんだ。とはいえ子供同士の付き合いだから、地球のヒストリアさんみたいな本格的な婚約者関係ではないけどね」
振り返るとリーアさんの優しさはお菓子をたくさん用意してくれて、幼い少女をもてなすような雰囲気だった。きっと清らかな思い出なのだろうし、リーアさんを責める気もないが、チクリと胸が痛むのも事実。
『このまま、紗奈子ちゃんの目が覚めなかったら……ガーネットと同じように永遠の眠りについてしまったら。お願いだ……君と彼女を重ねた僕を赦しておくれ』
――ヒストリアさんが捧ぐ想いは、果たして地球に眠るガーネットさんと私、どちらに向けているのか。それすら分からないまま、地球の映像はいつの間にか揺らめく光と共に消えていった。




