第13話 未知の女神様との邂逅へ
時計台の地下に設置された洗礼の間は、私とクルルが拠点として利用している聖堂の礼拝の間によく似た作りだった。一瞬、時計台のあるギルドから聖堂に戻って来てしまったのではないかと錯覚する程。
「この内装は……あまりにも礼拝の間と酷似しているわね。あらっ……あの光の渦のような空間は、何かしら」
「あれは、緊急時のためのワープゲートだよ。聖堂と部屋の造りが似ているのは管理している上層部が同一ってこともあるけど、礼拝の間と洗礼の間がワープゲートで繋がっていることも関係しているんだ。まぁワープゲートを再開するのは聖堂のメンテナンス魔法が必要だったから、久しぶりの開通ってことになるけど」
付き添い役のアルダー王子が簡単にカラクリを説明してくれて、ふと沸いた疑問がすぐさま解消された。
「そういえば今日は、クルルが教会庁の人達とメンテナンスのお仕事をしているはずだものね。開通しているってことは、メンテナンス魔法が成功したんだわ」
「クルル君って、サナちゃんと一緒に鏡の向こう側からやってきたエクソシストの男の子のことかな? 確か、我が国を建て直したクルーゼ王と同じ名前を継承している……。リーア兄さんはもうクルル君とも面接済みなんだよね、オレも顔合わせくらいはしておきたいなぁ……って、あれっ?」
アルダー王子の願いに応えるかのようにワープゲートが光り始めて人の姿を写し出す。
「クルルッ! もうメンテナンスは終わったの」」
亜麻色のサラサラした髪、女子と見紛うばかりの可愛らしい顔立ち、華奢な身体に神父服。まさに今、話題にしていたクルーゼ・ウィルガードことクルルが、ワープゲートを利用して礼拝堂に移動してきたのだ。
「はい、紗奈子お嬢様! 試運転で使用したのですが、良かったぁ……このワープゲート、ちゃんと直ったようです。あっ……もしかしてお嬢様のお隣の方は、次期国王のアルダー王子ですか? 初めまして、エクソシストのクルーゼ・ウィルガードと申します。クルル、とお呼び下さい」
「えっ……あっうん。クルル君だよね、よろしく。えぇと……中性的っていうか一瞬、女の子かと。よくオレのことが王子って分かったなぁ……って、鏡の向こうにオレによく似た写し鏡状態の人がいるんだったっけ」
おそらくアルサルのことを言いたいのだろうけど、アルダー王子がどこまでアルサルについて把握しているか見当もつかない。アルサルの師匠に当たるデイヴィッド先生と交流があるのだから、多少は話ぐらい聞いていそうだが。
「鏡の向こう側の人物……アルダー王子にとってはアルサルさんのことですね。確かに容姿は似ていますが……波動の種類が違う気がします。というより、属性自体は真逆のような……」
「へぇ。どんな人物なのか非常に興味深いけど、パラレルワールドの境界均衡が崩れるとかでデイヴィッド先生から知りすぎるのを注意されているんだよ。いや、今日は大事な儀式だしこれ以上この話はよそう。じゃあクルル君も一緒に立ち会って、いよいよ洗礼の儀式だ。巫女さん達を呼ぶにはこのベルで……」
チリリン、チリリン!
祭壇横のドアから儀式のために巫女姿の双子のエルフ族が現れた。長い金髪に緑色の瞳の彼女達はまるでお人形のような美しさだが、その表情は硬くどこか機械的ですらある。
「ようこそ洗礼の間へ」
「ようこそ洗礼の間へ」
片方のエルフが言葉を発すると、復唱するようにもう片方のエルフが同じく言葉を発する。
同時にシャッと音を立てて、カーテンに隠されていた祭壇が姿を現した。
「双子の巫女さん? えぇと初めまして、今日洗礼の儀式を受けるサナ・早乙女です」
「あっ……サナちゃん、この双子は旧神聖ミカエル帝国中心地からの遠隔ホログラムだから、タイムラグが発生する関係で挨拶してもすぐに返事はないよ。ただ、オレ達の様子も見えてるだろうしきちんとした態度の方がいいに越したことないけど」
「そうだったんですか、どうりで機械的な雰囲気だと思ったら……テンポよく会話が出来ないからマニュアル通りに喋っているのね」
双子の背後にはゴルディアスの結び目を守るように輝くステンドグラスの窓、地下にも関わらず窓からこれほどの明かりが取れるということは、この場所はひらけた空間の下あたりといったところか。私の考察をよそに、パイプオルガンの音楽が自動演奏で流れ、淡々と儀式が進められていく。
「貴女が信仰する神は、緋色の守り神ガーネット様ですか?」
「貴女が信仰する神は、白銀の守り神ルキアですか?」
「きっと因果に根付く女神様が、貴女を運命に呼び戻して下さるでしょう」
「きっと心に思い描く女神様が、貴女の命を繋いで下さることでしょう」
遠隔ホログラムだからといって機械的に同じ言葉を復唱するわけではなく、所々文言が異なるようだ。女神ガーネットの名前は私の知るゼルドガイアでも浸透しているが、ルキアという女神様とはこの世界に来るまでは縁がなかった。
「私の場合、この洗礼の儀式を介して新たな加護を受けたいのであれば、女神ルキア様に仲介して貰うということよね?」
「おそらくそうだと思いますよ、紗奈子お嬢様。まさか紗奈子お嬢様に限って、女神ガーネット様以外の加護を受ける日が来るとは思いませんでした。なんといってもガーネット様の加護を強く受けたガーネット・ブランローズ嬢として長く暮らしていたわけですから」
「へぇ……サナちゃんは、向こうの世界では自分であって自分でない期間が長かったんだね。時折異世界転生者は憑依状態に陥る人もいるらしいけど、ここで独立した個を確立するというわけだ。もうすぐ、サナちゃんを導くもう一人の女神様がオレ達の前に姿を現す……」
正確にはブランローズ公爵の一人娘ガーネット嬢であり、異世界転生の記憶を持つ紗奈子でもあったのだけど。ガーネットと紗奈子という二つの存在が融合したような状態から、この世界に来て脱却することになった気がする。
「独立……私自身が初めて私になるのね。この鏡の世界のギルドでは、サナ・早乙女というガーネット嬢とは別人の剣士だもの。他の女神様の加護を受けることも、きっと私の新たな運命なんだわ」
「運命、ですか。お嬢様と繰り返すタイムリープを体験してきた僕ですが、この分岐点に立ち会えて幸せに思います」
「クルル……」
優しく微笑んでクルルが私の手をキュッと握ってくれた。いつの間にか、私の手はプレッシャーや不安で僅かに震えていたようだ。
「「さあ、心の準備はよろしいでしょうか」」
復唱が繰り返されていた双子の声がここで初めて同時に発せられ、いよいよその時がやって来た。
――未知の女神様ルキアと乙女剣士の邂逅の時が。
* 第5章後半は2022年05月下旬開始予定です。




