第11話 横顔から伝わる哀愁
アルダー王子は、パラレルワールドのゼルドガイアにおける次期国王候補だ。パラレルワールドの鏡の法則から推定するに、おそらくアルサルに似た容姿だろうと考えていた。そして目の前に現れたアルダー王子は、予想通りのアルサル瓜二つの端正な美青年。
「アルダー……まったく。混み入った話はここじゃ出来ないから、取り敢えず私のギルドマスタールームに移動しよう」
「……仕方がないか。サナちゃん、行こう」
「えっ……はっはい」
まさかの次期国王の登場に、目立つことを避けたリーアさんが場所の変更を提案。ギルドマスターには逆らえないのか、一応大人しく移動場所へと着いていくアルダー王子。
リーアさんの三つ編みを追いかけるようにちょこちょこと歩く姿は、高身長の大人の男性なのにどこか小動物のような愛らしさもある。後ろに結いた亜麻色の長い髪が、尻尾のように見えてしまう……不思議なお人だ。
一番奥に位置するギルドマスタールームは、アンティーク調の家具と豪奢な調度品が特徴の落ち着いた空間。本棚には多数の魔導書、リーアさん専用のデスクには星を読むための渾天儀が飾られている。
(そういえば、このギルドの建物って星座モチーフの時計台がメインになってるし、リーアさんが星読み出来ても不思議じゃないわよね。ヒストリア王子は星読みをしない人だったけど、魔法のスキルも別ということかしら)
ギルドマスターのリーアさんと対面するように、アルダー王子と二人でソファに座って改めて話し合いの体制になった。
「申し訳なかったね、サナ。アルダーはこんなでも一応次期国王の第一候補だ。何気ない会話でさえ、常に外部の目を警戒しなくてはいけない。特に乙女剣士絡みの話となっては……」
「いえ、私は大丈夫です。パラレルワールドからの来客ということも隠しているし、人目が無い方が落ち着くと思います」
「じゃあ仕切り直しでクエストの話し合いだね。でもさぁ……リーア兄さん狡いよぉ。またオレの事出し抜いて、先に乙女剣士のサナちゃんとお茶会やらデートやらしちゃうんだもん。だから、クエストくらいはオレが先にご一緒してもいいよねぇ?」
と、言いながら甘い声色で私の肩をそっと抱き寄せて、ドヤ顔を決めるアルダー王子。すかさず、リーアさんが私とアルダー王子を引き離す。
「人聞きの悪いことを言うな、アルダー! 右も左も分からない状態で不安な若人を優しく保護するのは、年長者としてギルドマスターとして当然。それになんだそのだらしのない魔道士ローブの着方は! お前に次期国王としての自覚さえあれば、もう少し早くサナと会わせられたものを……」
「えぇ〜? これは萌え袖ってヤツだよ、兄さん。何の特徴もないつまらない魔道士ローブも、オレみたいなイケメンが可愛く着こなすことで売り上げが爆上がりして……」
これまで冷静っぽいキャラ付けだったリーアさんが、アルダー王子のアホっぽい煽りに負けてペースを乱し始めている。イラつく姿は、オーバーワーク時のヒストリア王子を彷彿とさせた。ヒストリア王子とリーアさんは容姿もさる事ながら、ギルドマスターという職業的な共通点もある。
一方アルダー王子はと言うと……出会い頭いきなりウィンク、私のことを『ちゃん』付け、萌え袖を意識した黒ローブの着こなし……性格はアルサルと似ても似つかない気がしてならない。
「とにかく、サナはギルドの新メンバーであると同時に、向こう側からの大事なお客様なのだからあらぬ噂が立たぬよう。まぁアルダーは、王子とは思えぬほどいつもヘラヘラチャラチャラしてるから、女の子に声をかけていてもいつもの展開にしか思われないだろう。若くて見目がいいうちは女性からも嫌われずに済んで居るだけだから、歳を重ねる前にその癖を治したほうがいいぞ」
「えへへ……見目が良い王子様だなんて、褒め言葉だと思っておくよ。ありがとうリーア兄さんっ」
「褒めてないっ。注意しているんだっ!」
(この二人、仲が良いのか悪いのか……。いや、腹違いにしては結構仲が良い方なのかしら? それにしてもアルダー王子って人がこう言う性格だったとは)
フレンドリーで優しげな王子様、しかもイケメンという属性もプラスされて女性からの受けは抜群に良さそうだ。
「あはは、サナちゃん。お話から置いてきぼりにしちゃってごめんね。そうだ! まだ、ギルドの新人が受ける洗礼の儀が終わってないでしょう? 兄さんは忙しいみたいだし、オレが付き添ってあげる」
「えっ? 洗礼の儀、そう言う儀式が必要なんですか」
リーアさんからはまだ聴いていない儀式だったから、おそらく初クエスト前には洗礼の儀を行う予定はなかったのだろう。私の疑問に答えるように改めてリーアさんが、詳しく説明してくれることに。
「そうだね……初クエストの前に行く者もいれば、ギルドランクが駆け出し以上になった時に受ける者もいる。いずれは皆、洗礼を受けるのが慣わしかな。運命を司るとされるゴルディアスの結び目の前で神に祈ることで、ギルド冒険者が自分を見つめ直すんだ」
「ゴルディアスの結び目……ですか」
「かつて、伝説の剣士は人間の運命を決定づける輪【ゴルディアスの結び目】を断ち切ったそうだ。難題を断ち切り自らの運命を切り開くのは、冒険者のクエスト遂行のプロセスによく似ているからね。こちら側の神との繋がりがとても強くなるし、向こう側に帰る可能性を下げる行為だからサナには洗礼を受けるか否かよく考えてから受けて欲しかったんだけど……」
つまり、まだこちら側に定住すると確定する前に余計な洗礼を受けさせないように、リーアさんとしては配慮してくれたのだろう。けれど、アルダー王子はリーアさんとは全く異なる考えを持っている様子。
「初クエストの魔法鉱石採掘は簡単なクエストだろうけど、万が一ってこともあるでしょ兄さん。洗礼を受けていないと緊急時の蘇生魔法が効かないことだってあるんだから、オレとしては初クエスト前に洗礼は絶対! いや……どう考えてもサナちゃんの為だ。ここはオレの権力を行使してでも……」
「……ふむ。簡単なクエスト内容で考えもしなかったが、確かに万が一ってこともある。アルダーの言う通り、こちら側との神と契約しておこう。サナ、申し訳ないけど、アルダーと一緒にゴルディアスの結び目のレプリカ前で儀式を受けてきてくれないか」
「はい、分かりました!」
アルダー王子に説得されてリーアさんも承知したのか、洗礼の儀を受けることになった。おちゃらけたムードのアルダー王子がほんの一瞬だけ、『蘇生魔法』のセリフの時だけとても真剣な表情だったことも影響しているだろう。何か、アルダー王子には蘇生魔法に関する嫌な思い出でもあるのだろうか?
チラリと覗くアルダー王子の横顔からは、先程までとは異なる哀愁が見え隠れしていた。




