第07話 クルル視点〜堕天使は心の隙間に
「デイヴィッド先生、お忙しいところようこそお越し下さいました。聖堂管理を任されているリーア・ゼルドガイアです」
「おおっ。やはりこの聖堂の管理人は、側室御子息のリーア王子でしたか。パーティー会場で数回顔合わせしていますが、こうしてゆっくりお話しするのは初めてですな。お話はアルダー王子から予々聞いておりますよ。何でも鏡の向こう側からやって来た迷い人を保護されているとか。腹違いとはいえ流石は兄だと、自慢げに……」
「ははは……あのアルダー王子が。デイヴィッド先生は迷い人についての情報もご存知のようですし、早速紹介を……。サナ、クルーゼ……!」
鏡の向こう側、つまりパラレルワールドからの来訪者という特殊なポジションという引け目から、コンサバトリーの窓際席で様子を窺っていた僕達。だが、リーアさんはあっさり部外者に僕達を紹介してしまう。部外者といってもデイヴィッド先生には、これからお世話になるのだから、仕方がないのだろうけど。
果たして僕達の知るデイヴィッド先生ご本人なのか、はたまた似て非なる別人なのか。答えは聞くまでもなく、デイヴィッド先生の方から堂々と提示された。
「久しぶりだね、紗奈子嬢。こちら側での暮らしは如何かな?」
初対面では無いことをすぐに分からせるためかデイヴィッド先生は、席に座ると開口すぐに久しぶりとの挨拶。こちら側というのはパラレルワールドのことを指しているに間違いないと見た。
僕はお嬢様の護衛という立場なので、正確には挨拶するのは紗奈子お嬢様だけで僕はお嬢様の斜め後ろで会釈のみ。デイヴィッド先生もそのつもりなのか、僕のことはチラリと見て軽く会釈しただけでそれ以上踏み込もうとしない。会話に必要以上の立ち入らないのも、護衛としての務めである。
「如何かなって……やっぱり本物のデイヴィッド先生なのっ。私とクルルは鏡の世界に魂ごとワープさせられて、右も左も分からずじまいなのに。貴方はまるで当たり前のように……一体、どうして」
「ハハハッ! 本物も何も、君が知っているゼルドガイアもこちら側のゼルドガイアも、どちらも嘘偽り無い世界だと思わんかね」
紗奈子お嬢様はデイヴィッド先生がパラレルワールドを往来していることに気付き、驚いている様子。が、僕は全く別の理由で動揺し始めていた。
本当は、もっと早く気付くべきだった。僕はエクソシストなのに、すぐ身近にいる悪魔に今の今まで全く気が付かなかったのだ。
(この黒いオーラ、禍々しい瘴気。彼は……悪魔だっ)
デイヴィッド先生は有名な建築家で庭師、社会的地位も高くその才能は人間の域を超えているといっても過言では無い。だからと言って、本当に人間でなかったとは……。
(おそらく元の世界では、彼を取り巻くオーラにモヤがかかっていて悪魔だと認識出来ずにいたのだろう。若しくは俗に言う【堕天使】というやつで、聖なるベールで偽装することが出来るのか)
しかし、今ではハッキリと彼から発せられる闇のオーラを読み取れる状態だ。こちらの世界では隠す必要性すらない、ということだろうか?
(兎にも角にも、お嬢様を悪魔から守らなくてはいけないし、デイヴィッド先生を警戒するように促した方がいいか。どうしよう……取り敢えずはお守りを)
「お嬢様……後で大事なお話が」
「えっ……一体、どうしたのクル……ル?」
それ以上は不必要に言葉を発しないようにして、お嬢様の手にそっと悪魔除けのお守りを握らせておいた。応急処置のようなものだが、無いよりかマシだ。お嬢様の手は冷たく、ここの世界では体温すら持たないのかと疑うばかりのものだった。
(そういえば、本来の世界での僕達は今どんな状態なんだろう。リーアさんと知り合ってからというもの、どんどんこちら側の世界に引き摺り込まれている。こちら側に情が移ることで、元の世界への執着が無くなるのは避けなくては)
すると僕の思考を遮るように突然、頭の中に低く甘い声が響いて来た。
『今更、気付いてももう遅いよエクソシスト君。いいか、他所の連中に怪しまれたくなかったら、紗奈子嬢にオレが堕天使だって云うなよ』
『えっ……デイヴィッド先生? テレパシーで頭の中に直接……?』
悪魔は人間の心の隙間に入り込んで悪事を囁くと云うが、今回は交換条件で取引を持ちかけるような雰囲気だった。流石にエクソシスト相手に悪魔契約をさせることはないだろうが、気をつけなくては魂まで喰われてしまう。
『こちら側の世界では、天使悪魔の基準が異なっている。オレみたいな堕天使までは、教会側にも容認されている存在。一方、キミ達はまだリーア王子しか後ろ盾がない。頼みのブランローズ公爵家すらお家断絶している。きっとオレの存在は役に立つぜ』
自ら堕天使であることを告白し、尚且つこちら側の基準ではギリギリ悪魔扱いされていないことを教えられて、妙に納得してしまう。離れとはいえこのコンサバトリーも聖堂施設の一部、結界が張られている聖域に悪魔が立ち入るのは難しい。
堕天使に嗜められるエクソシストというのもどうかと思うが、デイヴィッド先生の忠告は最もだった。紗奈子お嬢様は良くも悪くも純粋で、タイムリープ中だって何度もアルサルさんに都合よく利用されているように見えた。体裁上とはいえ、デイヴィッド先生にも味方のポジションで居てもらった方が好都合だろう。
(けれど、本当にそれでいいのか。エクソシストとしてのプライドよりも、紗奈子お嬢様の身の安全を選ぶ方が僕個人の務めとしては正しいか)
『そう、いい子だ。それでいいんだよ、エクソシスト君……』
僕に沈黙を了承の意に捉えたのか、すれ違いざまに僕の頭をスッと撫でてから座席に座るデイヴィッド先生。彼は、既にこの場を制しているように見えた。




