第02話 彼は歪みなく、美しい
「あまり堅苦しい雰囲気での話し合いは気持ちが沈みますし……温かい日差しを浴びられる場所が良いでしょう。待って下さい、コンサバトリーの鍵がここに……どうぞ」
リーアさんが案内してくれた話し合いのための部屋は、いわゆるサンルームに近い存在のコンサバトリーという温室ルームだった。鑑賞用というよりは、ハーブティーの材料となる食用の花が多く、実用性を意識したものばかり。
「うわぁ素敵! 実はこの聖堂、別棟にもガーデニング空間がもっとあったのね。ブランローズ邸では、薔薇を鑑賞しながら外のお庭でお茶を愉しむのが習慣だったけれど。こちら側の世界ではコンサバトリーが一般的なのかしら」
「そういえば、聖堂の裏庭には畑がありますし。僕達の住んでいた世界線のゼルドガイアよりも、自分達で食物を育てる習慣が強く残っているのかも知れませんね」
聖堂内の構造については詳しくなったつもりだったけれど、外部と繋がっている空間のコンサバトリーに立ち入ることは出来なかった。その為、完全に聖堂の敷地全てを把握出来ている訳ではない。離れに該当する別棟から続くコンサバトリーは、バリア外の空間扱いだったようだ。
「階級に限らず栽培を行う習慣が長いのと……まぁ歴史の都合上、外でお茶を愉しめるほど平和な時代は短かったので。室内と繋がるコンサバトリーの方が、お茶会によく使われてます。すぐに安全な場所へと避難出来るように」
「おそらく私の知る世界とは、歴史が違うってことですよね? クルルもここの歴史書を読んで話していたけれど、帝国からの独立の流れが途中から全く異なるって。帝国なんて御伽噺の中にしか存在していないくらい古いから」
しかしながら、その古い御伽噺に登場する職業こそが私が目指す『乙女剣士』というものだ。リーアさんにはまだ私が乙女剣士の見習いであることは話していないし、護身用の剣は私の代わりにクルルが帯刀している。もしかすると、リーアさんはクルルがエクソシスト兼騎士で、私のことは正真正銘の守ってもらうお嬢様くらいに考えているかも。
「我々にとっては帝国はまだつい最近の存在ですが、サナ達の世界では遠い昔に上手く解散した様子ですね。ふふっ……サナが子供っぽい、いや失礼……天真爛漫なのは、平和な暮らしが長いせいか……」
どこかからかうような口振りで、私のことを子供扱いするリーアさん。そりゃあリーアさんに比べれば、私なんかまだまだ子供だろうけど。せめて、子供ではなくレディ扱いして欲しくて、ちょっとカチンとしてしまう。
「子供っぽい……私ってそんなに幼いですか? これでもクルルと同じ十七歳なのになぁ」
「おや、ではもうお嫁入り出来る年齢だったんですね。私はてっきりまだ十四歳くらいなのかと……怒った顔もあどけなくて素敵ですよ」
「……!」
意地悪な色気のある声で耳元で囁かれて、思わず肩がピクリと反応する。自分では自分の表情を確認することは出来ないけれど、多分私の頬も耳も真っ赤だろう。ヒストリア王子は、育ちのせいかこんな風にからかったりしなかった。けど、市井での暮らしが長いアルサルは、たまにこうして私をからかっていたっけ。
(そうだ……リーアさんは、見た目こそヒストリア王子に似ているけど、所々アルサルっぽい面があるんだ。やっぱり、最近まで王の隠し子という設定で生活していたせいかな)
「すみません、ご機嫌を損ねてしまいましたか? 鏡の世界からやってきた謎のご令嬢と護衛の騎士がどんな大人の二人組かと思いきや。随分と可愛いらしい女の子と男の子だったので、私も気が抜けてしまったようです。お詫びに美味しいハーブティーを用意しますよ」
「も……もう! リーアさんったら」
認めたくないけど、私もクルルも同世代の他の子に比べて子供っぽい部類だ。しかも名誉のためにリーアさんには隠しているが、クルルに至っては元いた世界では女装メイドに扮してボディガードしていたくらいだ。華奢だし小柄だし見ようによっては女の子二人が幽閉されているように見えたかも知れない。男女二人組として認定されただけ、マシだろう。
「あはは……まぁまぁ紗奈子お嬢様。リーアさんは、長いこと聖堂に幽閉されていた僕達を和ませようとして下さっているんですよ。お言葉に甘えて、お茶を頂きましょう」
* * *
オリジナルブレンドのハーブティーも香草入りミートパイも、驚いたことにリーアさんの手作りだという。
「当番制ですがコンサバトリーの温室ハーブの世話をするのが、私のささやかな楽しみですので。ハーブティーのブレンドも時折挑戦するんです。ミートパイと合わせれば魔法力が回復する効果も期待できますよ」
ヒストリア王子は料理を頻繁にする方ではなかったので、そっくりなリーアさんが何かとマメにこなしていると不思議な感じ。
「へぇ……リーアさんって、器用なのね。ハーブティーも飲みやすいし。この香草入りミートパイも程よい焼き加減で美味しい。まるで……錬金術師みたい!」
「配給品もセンスの良いものばかりで、お嬢様のお付きとして一人前になるためにも、リーアさんからは学びたいことが多くありそうです」
ついうっかり、『まるでアルサルみたい』と言いそうになったが、鏡の向こう側の住人と比較されてばかりでは気分が良くないだろう。姿はヒストリア王子に似ていても、趣味や境遇がアルサルに似ていても……リーアさんは、リーアさんなんだ。
「ふふっお褒めに預かり光栄。では、食べながらでいいので聴いていただければ。ここの世界線についてお話ししますね」
鏡の世界のゼルドガイア王家について。
本来は長男と次男が跡継ぎとサポート役として期待されていたが、二人とも旧帝国側の刺客の手にかかり今はこの世にいない。三男であるはずのリーアさんは隠し子という存在だったが、王位継承権を繰上げるためにリーアさんとお母様をゼルドガイア家に正式な形で迎え入れられたのだという。
けれど、側室の子であるリーアさんが次の跡目になることには反対するものも多く、正妻の子である四男のアルダー王子が現在の王位継承権一位だ。
「そうだったんですか……それでリーアさんは、自分のことを王子様と呼ばないでって、仰っていたのね。私達の住む世界のゼルドガイアでは、長男の王子様が王位継承権一位で跡目問題は起きていないの」
「……羨ましい限り。いや、もしかすると我々の住む世界の方が歪んでいるのか……。やはり、傷付き、歪みが起きているのは、我々の……」
リーアさんが語る【鏡の中のゼルドガイア王家】は私の知る王家と随分雰囲気が違い、外部との関係が緊張している印象だった。それ故か、リーアさんは自らの世界を傷付き歪んでいるとまで評している。
けれど、その世界の歪みとは対照的にリーアさん自身はとても美しく、思わず見惚れて吸い込まれてしまいそうな程だった。




