エクソシストの秘めたる想い
魔法を操るジョブには初級職、上級職、特別職の三種類があり、悪魔祓いを専門とするエクソシストは上級職の賢者に勝るとも劣らない特別職だ。知能・魔力に優れた選ばれし男子のみが就けることから、エリート志向の貴族の家庭からも大勢の志願者が殺到することで知られている。
そんなエリート集団の中でも一際目立つ美少年が、クルーゼ・ウィルガード……愛称クルルだった。美形一族として名高いゼルドガイア王家を縁戚に持つだけあって、華奢で中性的な彼に恋心を抱いてしまう者も少なくはない。
『今日のお祈りの実習はクルル君と一緒かぁ。どっからどう見ても女の子だよなぁ……嗚呼、天使様ごめんなさい……修行中の身でありながら、クルル君のことを女の子として考えてしまった』
『クルルさんは、きっとお家の事情で男装してエクソシストの勉強をしているじゃないかな。クルルさんに変な虫が付かないようにオレが守らないと!』
『けど最近クルル君、グングン背が伸びてるらしくて……それでもまだ年相応の身長だけど。このまま順調に成長したら普通の高身長イケメンに。もしかしたら、本気で男の子なんじゃないかって噂だよ』
『まっさかぁ!』
十代前半だった修道院時代は、本気でクルルを女の子と勘違いする者も多く、性別を確認しては涙ながらに修道院を立ち去る者もチラホラ。
男子のみの修道院という禁欲空間で、危うい存在として異彩を放っていたクルル。だが、そんな彼もついに卒業が決まり、指令を受ける日となった。
「クルーゼ・ウィルガード君、キミを優秀なエクソシストと見込んで頼みがある。頼みというより、指令と言った方が正しいが……公爵令嬢ガーネット・ブランローズのことはご存知かな。彼女のボディガード役をキミに任せたいんだが」
「確かガーネット・ブランローズ嬢というと、第三王子ヒストリア様の婚約者ですよね。私のような若輩者にそのような大役……務まるでしょうか? エクソシストといえども、一応若い男ですし……まぁゼルドガイア王家が僕とガーネット嬢がお近づきになることを承諾しているのなら、話は別ですが」
散々同業者達に女の子扱いされていたクルルだったが、本人としては年若い男としての自覚があったらしい。ヒストリア王子と婚約中のガーネット嬢のお付きになることに遠慮しつつも、もしかしたら自分が奪っちゃうかも的な雰囲気を醸し出していた。
亜麻色のサラサラした前髪をかきあげて、イケメンとしてのプライドをアピールするクルル。しかし、どんなに頑張ってもイメージを短期間で覆すことは難しい。即ち、所詮は男の娘にカテゴライズされていた存在。残念ながら、修道院としても彼専用の依頼を用意済みだった。
「いやいや、少女に扮装出来るエクソシストが必要なんだよ。キミにしか出来ない任務なんだよねそれが……。単刀直入に言おう! 女装メイドとして、公爵令嬢を守りなさいっ!」
「…………はいっ?」
* * *
若き悪魔祓い師、クルーゼ・ウィルガードに公爵令嬢のボディガードの指令が下ったのは、一体何度目のタイムリープだっただろう? 魔法国家ゼルドガイアが、闇の賢者の時魔法の効果により延々と一定の年を繰り返すようになってからは、女神様とてそのタイムリープの回数を数えるのは困難だ。
だが、公爵令嬢ガーネット・ブランローズの傍らには、いつも中性的な可愛らしいメイドが寄り添っており、おそらくタイムリープの初期段階においてクルーゼ・ウィルガードがそのポジションに配属されたことが判る。
「お嬢様、もうすぐお茶の時間でございます」
「あら、もうそんな時間なの? 今日もヒストリア様は来ないけれど、いつかこの庭園に彼が迎えに来てくれるのを気長に待つわ」
薔薇が咲く庭園を眺めながら午後のティータイムを愉しむ姿は、絵に描いたような御令嬢とメイド。だが、終わりの見えないタイムリープを解決策も見えぬまま過ごすのは、エクソシストとしての任務をこなせているか疑問でもあった。
「……憂鬱な気分には、このクルル特製シナモン入りアップルパイがオススメですよ。紅茶との相性も抜群です」
「ふふっありがとう。わたくしね、ヒストリア様とのことでいろいろ嫌な思いをしているでしょう。けど、あなたが淹れてくれるお茶を飲むと元気になれるのよ。何だか、わたくし……あなたとは何年も一緒にこうして過ごしている気がするわ。不思議よね、いっそのことこのまま時が止まってしまっても良いのかも」
「……勿体ないお言葉。光栄です」
(可哀想にガーネットお嬢様、この世界がタイムリープしていることに気がついていないのだろうか。それとも、何処かで気付いて? 最初は女装メイドなんて嫌だったけど、延々と繰り返す世界で僕がお役に立てるならそれもいいか……)
幾度も幾度も繰り返される時間の中で、ガーネット・ブランローズ嬢は二人いることが判明する。一人はゼルドガイアを守護する女神の魂を継承すると囁かれる当家のガーネット・ブランローズ嬢。そして、もう一人は鏡の向こう側の世界からやって来たとされる紗奈子・ガーネット・ブランローズ嬢。
悲劇が重なり当家のガーネット嬢はコカトリスの呪いによって石像となり、女神像として崇められる存在となってしまう。そして入れ替わりに現れた瓜二つの紗奈子は異世界転生者であり、従来の御令嬢達との志の違いから伝説の乙女剣士になる資格を持っていた。
「紗奈子・ガーネット・ブランローズよ。あなたが私のお付きのメイドさんのクルルね。よろしく」
「こちらこそ、精一杯頑張ります!」
(憧れの女性ガーネット・ブランローズ嬢のことを僕は守り切ることが出来なかった。果たして、乙女剣士たる紗奈子お嬢様のことを悪魔の手から守れるだろうか)
乙女剣士の修行に挑む紗奈子をサポートする日々もまた、繰り返されるタイムリープにより何度も何度もスタート地点に戻る。紗奈子は当家のガーネット嬢よりも、庶民に近い感覚の持ち主だった。流石は異世界転生者というべきか、主従関係というよりも友人に近いポジションをクルルと築き上げていく。
気がつけばクルルの心には、淡い恋の感情が芽生え始めていた。ブランローズ公爵家はゼルドガイア王家ゆかりの家柄と結婚することになっており、本来ならばクルルもその候補となれるはずだった。
(馬鹿だな、僕は。所詮、女性に扮装したボディガードの僕が、紗奈子お嬢様と特別な関係になれるはずないのに)
チャンスが巡って来ないことに落胆しながらも、心のどこかで失恋するよりもこのままメイドとして接していた方が気楽だとさえ思うようになっていた。しかし、女神像ガーネットにはそんなクルルの逃げ腰な考えは、お見通しだったのだろう。
ある日の夜、クルルの夢枕に女神像ガーネットが現れてこう告げた。
『クルル、ひさしぶりね。わたくし、女神像になってからも何度もタイムリープの世界を体感しているけど、どうやら次でタイムリープは最後みたいなの。だからね、あなたにチャンスをあげる。クルル……あなた、紗奈子のこと好きでしょう?』
「えっ……ガーネットお嬢様、何故それを……」
夢の中なのだから、クルルの胸のうちなんか女神様にお見通しなのは当然である。けれどクルルは、自分が知らず知らずのうちに想いが外に漏れていることを恥ずかしく思った。女神像ガーネットは恥ずかしがるクルルに気も留めず、話を進めていく。
『わたくしとあなた、長い付き合いだもの。わたくしの魔法で、きちんとした男性のエクソシストとして紗奈子のお付きになれるように手配するわね。わたくしにとっての一番はヒストリア様だけど、紗奈子の一番は決まっていないの。乙女ゲームのシナリオは、攻略対象となるキャラクターが全員で揃わないと、本当の意味で一番を決められないわ』
「決まっていない? 攻略対象が出揃わないって、もしかして僕が性別を隠してメイドに変装していたから……」
『そうよ、最後のタイムリープで登場する攻略対象の一人……それが悪魔祓い師クルル。そしてあなたは初代乙女剣士サナの正式な夫クルーゼの生まれ変わりでもある。もし、あなたの誠意が紗奈子に伝われば、振り向いてくれるかも知れない。けど、大変よ……今回はこの世界のヒストリア様だけじゃなく、鏡の向こう側にいたあのお方まで恋敵になるのですから……もう一人の攻略対象たるあのお方がね』
もう一人とは一体誰なのか、聞くことすら出来ないまま……その日の夢は覚めてしまった。その後、女神像の予言通りクルルは男性のエクソシストとして紗奈子の旅に同行することになる。そして鏡の向こう側に紗奈子と共に飛ばされて、閉鎖空間の聖堂でまさかの新婚生活のような暮らしをすることに。
(女神像ガーネット様の仰る通りなら、初代乙女剣士サナの夫の生まれ変わりである僕にもチャンスが……。けど、もう一人の攻略対象がまだ現れていない。一体、誰が……)
穏やかな二人きりの生活にピリオドを打つように、閉鎖空間は解除されてしまう。そして、ついに『彼』が姿を現した。
『初めまして、鏡面世界からの来訪者達。バリアが解除されたと聞き、ご挨拶に伺いました。私の名は……リーアとでもお呼び下さい』
もう一人の攻略対象、その正体は鏡の向こう側の王子であるリーア・ゼルドガイア。クルルは愛する紗奈子の手の甲に唇を落とすリーアから、紗奈子を奪回すべく一歩前に踏み出した。
――エクソシストの秘めたる想いは、迷いを振り切りその先へ。
* 次回更新は2022年1月下旬頃の予定です。




