第14話 初代乙女剣士の記憶:03
私の前世ホロスコープに隠された因果の正体は、初代乙女剣士サナと初代ゼルドガイア国王クルーゼの秘められた恋物語だった。
一般に公開されている伝記では、初代ゼルドガイア国王は五人兄弟のうちで最も優秀な賢者だった者と伝えられている。従って、エクソシストである五男クルーゼではなく、三男の賢者ヒストリーアが初代乙女剣士の夫であると考えるのが通説だ。
その伝記の内容が、ヒストリーアを愛する女神ガーネットによる捻じ曲げられた歴史だったとは……想像もつかなかった。
『彼こそが……女神である私ガーネットの分身たる乙女剣士の夫になるべきだったのですっ。せめて、物語の中だけでも……サナをヒストリーア様と……!』
頭の中で女神ガーネットの悲痛な叫びに苛まれながら、その日の晩は眠りについた。
* * *
「お嬢様、お嬢様……起きてください。おはようございます。朝、確認したところ聖堂の敷地がかなり広くなっているんです。身支度をして朝食を済ませたら、何処まで移動範囲か一緒に散策してみましょう」
「うーん、おはようクルル。えっと……敷地が広くなったって、どういうこと?」
次の日の朝、クルルから簡単な状況説明を受ける。クルルが先に起きてザッと見回りをしたところ、昨日よりも聖堂敷地内で動き回れるエリアが拡張されていたとのこと。残念なことに外出はまだ無理そうで、外壁周辺にバリアが張られていることに気付いたそうだ。
そして、正門には大きなボックスがいつの間にか置かれていて中には一週間分の食糧。もしかするとこの異空間は、とても広大で多くの人が暮らしているのではないか……と思わせるようになった。その証拠に、バリアの向こうには大きな城のような建物が確認出来るらしい。
「あと、部屋のポストにヴィジョンのスケジュール表が届いていました。このカレンダーで新月と満月の日にヴィジョンを見ることが出来るみたいですね」
「ふぅん……と言うことは、最低あと1ヶ月はこの聖堂で暮らすことになるのかしら。現実世界と時間軸が異なるとは言え、流石にのんびりしてると現実世界での試合時間が終わってしまいそうだけど。ここでの1時間が現実世界での1分と仮定しても限界がありそう」
「試合規定によると異空間送りのようなあまりにも強すぎる術を使った場合は、特別措置で次のラウンドが一週間後に延期されるそうです。何故そんな規則があるのか謎でしたが……妖精族は異空間送りの術が得意なんだそうで、今回の状況も想定済みだったのかも知れません。考え込んでも仕方がないですし、まずは空腹を満たしましょう」
早くここを出た方が良いと思っていたけれど、私達の意思ではどうにもならなそうだ。しばらくここで暮らすのならば、あまり気を張らず長期戦のつもりで構えるのが無難だろうか。
気持ちを切り替えて紅茶をひと口飲んでから目の前の朝食に手を付ける。バターとハチミツたっぷりのパンケーキ、ハーブスパイスをちょっぴり効かせた目玉焼き、カリッと焼いたウインナーにはベリーソース。サラダは、美肌に嬉しいヨーグルトが添えてあって気遣いを感じられる。
男性でありながら潜伏任務のためメイドに扮していただけのことはあり、クルルの手作り朝食はシンプルながらも美味しい。
「……そうだわ! 今朝はクルルに朝ごはん作って貰っちゃったけど、明日からは当番制にしましょう。私も一応、それなりに料理は勉強しているのよ」
「ふふっ。ではお言葉に甘えて、朝食の当番は日替わりで。紗奈子お嬢様の手作り料理を独占出来るなんて、何だか贅沢です。昼食と夕食は一緒に作りましょうね」
亜麻色のサラサラの前髪を揺らしてニコッと優しく微笑むクルルに、思わずドキッとしてしまう。彼が実が男性のエクソシストであることを明かして、一緒に行動を共にするようになったのはつい最近。
以前は女の子という設定で、メイドさんとして接していたけれど。年齢的にも女の子に変装するのは限界が来ていたのかも。
クルルは華奢で男性としては小柄な部類ではあるけど、10代後半ということを考えるとまだあと数センチは身長が伸びそうな雰囲気。綺麗な手だけど指の節が少しだけ骨ばってきてるし、メイド時と違い色白の肌もノーメイクだと男性特有の肌である。
仕草は柔らかさがありながら、自然体だと動作が以前より大きめで所々女性とは違う。自声は高すぎず、けれど低すぎない心地よいテイスト……彼はやはり、男性なのだ。
(よく考えてみたら、クルルって中性的なイケメンってやつよね。あとどれくらいここで二人っきりで暮らすのか分からないけど、まるで同棲みたいだし意識せずに過ごせるかしら?)
私の前世である乙女剣士サナもクルーゼに対してこういう感情を抱いていたのだろうか? 少しずつ心が惹かれていき、『好き』になったのだろうか。
きっとレディーナさんが仕組んだこの異空間への魂の転移は、初代乙女剣士と国王夫婦の暮らしを追体験することを真の狙いとしているのだろう。
(前世の記憶か……サナとクルーゼは、伝記としては残らなくても多分恋心を育み想い合って、暮らしていたのね……)
今の私が抱いているクルルへの感情が、前世から継承したものだと仮定して。どんなに女神ガーネットが歴史を捻じ曲げた伝記を遺したとしても、サナが好きになった最後の男性はクルーゼなのでは……と、気付かざるを得ない。
――でも私個人としては、それで本当に良いのだろうか……早乙女紗奈子としての恋心に、ヒストリア王子の切なげな瞳が一瞬だけ思い起こされる。
何かを結論づけるよりも先に、例の女神ガーネットの声が警鐘を与える。クルルに心を委ねるのはまだ早いと言わんばかりに。
『けれど、それは大きな間違いよ。この異空間にもあの人はいる……麗しくも儚い王太子が。例えここがパラレルワールドだとしても、あの人に惹かれずに済むかしら?』




