第12話 初代乙女剣士の記憶:01
前世の因果と向き合うための試練として、私の魂が飛ばされた異空間は占星術で用いられるホロスコープが床一面に描かれた聖堂だった。付き添ってくれたクルル曰く、私が生まれ持った運命の計画表を示しているらしい。
一般的に馴染みのある占星術といえば、『今日の星座占い』のような誕生日の太陽星座で占う方法である。けれどホロスコープ表を使って星の位置を活用して、さらに前世の因果を探るとなれば……太陽星座占いだけでは調べられない。
試練を与えてくれたレディーナさんには申し訳ないけど、何度もタイムリープしている身としては前世の因果とは向き合わないで無事に聖堂から脱出したかった。
私よりも占星術に詳しいであろうクルルの助言に従って、前世から引き継いだ課題を意味する土星マークは避けたつもりだったけど……。
ガチャンッ!
思わず踏んでしまったスイッチのようなマークは、よりによって前世の因果にアクセスするためのマークだったらしい。
『ドラゴンヘッド、発動……。前世の因果にアクセスします。繰り返します……ドラゴンヘッド発動……! 初代乙女剣士の時代のヴィジョンを呼び起こしています』
無機質な女性の声が、淡々とドラゴンヘッドの発動をアナウンスする。突然ドラゴンヘッド云々言われても、そもそもドラゴンヘッドというのは何なのか、説明くらいして欲しいものだ。初代乙女剣士の時代のヴィジョンを呼ぶということは、かなり古い記憶なのは確か。仕方なく、その辺りもクルルに質問してみることに。
「ねぇクルル……ドラゴンヘッドって一体何なの? 私、女学校で初級コースまでは占星術を習ったけどドラゴンヘッドなんて星、存在してるなんて知らなかったわよ。しかも初代乙女剣士の時代って」
「ドラゴンヘッドというのは、前世の因果を示す目印のようなもので、太陽と月の軌道の交点そのものをドラゴンに見立てているんです。目に見える星とは違うかも知れませんが……人間のホロスコープ上にドラゴンが存在していると見做して、ヘッドとテイルに印を付けています。紗奈子お嬢様の場合は、特に初代乙女剣士時代の前世がドラゴンヘッドのキーポイントなのでしょう」
目に見える形では存在してないけど、実は存在している……まるで目に見えない因果そのもののようである。各々のホロスコープに記されているということは、人がそれぞれ背負う宿命をドラゴンと呼ぶのだろうか。
「へぇ……太陽と月が交わる場所なんて、結構ロマンティックよね。ドラゴンっていうのもカッコいいし、この試練……それほど恐れる必要はないのかしら? 前世の記憶は地球時代のものは持っていたけど」
「……地球時代の記憶は今のお嬢様と連続した記憶ですので、やはり遠い過去世が重要なのかと。正式な乙女剣士として認定されていない紗奈子お嬢様が、因果と向き合うのは僕個人としては時期尚早と感じていましたが。レディーナさんもお考えがあって、このタイミングを選んだのでしょう」
「それって、どういう……?」
僕個人としては時期尚早という言い回しから察するに、クルルは私よりも先に前世の因果について情報を得ていそうな雰囲気だ。意味合いを訊く間もなく、ドラゴンヘッドの魔法がかかったのか、私とクルルは初代乙女剣士が活躍していた時代をヴィジョンを通して見ることとなった。
* * *
――今より数百年以上昔。
まだ魔法国家ゼルドガイアが帝国の一部であった頃、当時のゼルドガイア一族当主に天使界よりお告げが下った。
『ゼルドガイア一族は帝国から独立し、魔法と剣の国家を建国するべきである。因縁を断ち切る乙女剣士を花嫁として迎え、王家の血を絶やさぬよう……』
帝国時代はまだ天使や女神への信仰が厚く、天使様のお告げとなれば時の皇帝の判断をも上回ると考える者も多数。大陸全土を束ねる帝国は巨大になりすぎたためか、皇帝の目が届かない問題が増えるばかり。そろそろ地域ごとに独立を……という動きもゼルドガイア一族を大胆にさせたのだろう。
「ふむ、我がゼルドガイア一族も重い腰を上げて帝国から独立する時期が来たな……。時を同じくして隣の領地を任されているブランローズ伯爵の娘が、女神ガーネット様より乙女剣士のお告げを受けたらしい。奇しくも同じ辺境伯同士に与えられたお告げ、これは正式に婚約の申し入れをするべきか……」
「お言葉ですが当主様。ゼルドガイア一族の若い貴族の殆どは、帝国寄りのご令嬢と婚約済みでございます。長男のエルファー様は元より、東方の側室様との間に生まれし次男カナデ様、三男のヒストリーア様、四男のアルダー様、殆どに決まった女性が……。一番若い五男のクルーゼ様は婚約者がおりませんが、そうすると跡目が五男になってしまうのでは?」
「何を馬鹿なことを言っておるのだ、爺や? どうせ帝国から離脱するとなれば、その筋のご令嬢とは婚約破棄するのが当然。どっちみち、複雑に互いの領地が絡んでるブランローズ伯爵一族くらいしか結婚相手はおるまい。取り敢えずは長男のエルファーと婚約させよう!」
常日頃、独立を夢見ていたであろうゼルドガイア当主は建国の足掛かりに……と、すぐさま長男エルファーとブランローズ伯爵の娘を婚約させた。
ブランローズ伯爵の娘の名は『サナ』といい、帝国の言語で『白』の意味を持つ。サナは色白の麗しい肌を持ち赤毛が美しく……まさに純潔の乙女剣士の称号に相応しい女性だった。
だが、巨大帝国から独立するなどという反逆に近い行為は、例え天使様のお告げといえど大胆だと批判の声が上がる。帝国ゆかりのご令嬢を婚約破棄した怨みか、独立を阻むためか……。ゼルドガイア一族自慢の長男エルファーは、結婚式を挙げる数日前に暗殺者に討たれて倒れた。
「エルファー様っ! 嫌ですっ。サナを置いていかないでっ。死んではなりませぬ……!」
「サナ、幸せにしてやれず済まない。幸い、貴女は初夜を迎える前の純潔の身、まだ穢れなき乙女だ。東方に居を構える弟のカナデは兄のオレから見てもいい奴でな……お前も気にいるだろう。どうか、二人で仲良く……」
「エルファー様っ? いやぁああああっ!」
* * *
ドラゴンヘッドが見せる因果のヴィジョンは、長男エルファーが殺される場面で一旦途切れた。私もクルルも残酷な展開に言葉を失う……無言の理由は分かっていた。初代乙女剣士サナと彼女を取り巻く男性の容姿には、あまりにも既視感があるのだ。
(何よこれ……赤毛の初代乙女剣士サナって私に似てるし、何より長男のエルファーさんって銀髪金眼で騎士団長エルファムさんそっくりじゃない? まさか他の四人の兄弟も?)
初代乙女剣士サナから私、紗奈子に受け継がれた因果の正体……それはゼルドガイア一族の血を引く五人の男達との因果に他ならなかった。




