第11話 前世の因果を記す場所
「術式完成! 幻惑の舞はその肉体に宿る魂を、無意識より深い潜在意識の奥まで飛ばす秘技よ。紗奈子さん、残念だけど今の貴女じゃタイムリープの因果を超えられないわ。前世の自分と向き合って、一皮剥けて頂戴」
「前世の自分と向き合う? 一体どういうことなの」
「すぐに分からせてあげるわよ。貴女自身の魂にねっ」
私が疑問をレディーナさんに投げかけるも明瞭な答えは貰えないまま……青い魔法陣が私の魂を捉える。クルルの防御障壁が効かないところを見ると、物理攻撃技ではないらしい。魔法の光はスルリと障壁も構えた剣をもすり抜けて迫って来た。
「きゃあああああっ」
「おいっ紗奈子、しっかりしろっ! 紗奈子っ」
「紗奈子お嬢様! いけないっこのままでは、魂が異空間へと連れて行かれてしまいますっ」
アルサルやクルルの焦る声。
特にクルルはエクソシストという職業柄、今の私が置かれている魂の状況にかなり詳しいようだ。魂が連れて行かれるとは何とも不安な表現だけど、私の身体はすっかり言うことを聞かなくなって、明らかに魂と肉体の剥離が始まっていた。
カランッ!
バトルを行う上では、命綱とも言える剣を落としてしまう。重い盾を装備出来ない私にとって、攻撃だけでなく防御もこの剣に頼りきりだった。剣を手放すことは、命を守る術を失うのに等しい。
(何だろう……身体にチカラが入らないだけじゃなく、眠気が凄くて……)
ガクンッ!
防戦虚しく、すっかりレディーナさんの術中にハマった私は、ついに膝をついた。
「「「うぉおおおおおおおっ」」」
「「「紗奈子ちゃあああんっ! しっかり〜」」」
「「「負けるなぁああっ」」」
(そうか……私の魂、異空間に連れて行かれちゃうんだ。眠い、頭の芯がぐらぐらとして、抗うことが出来ない)
「もう……駄目」
バタンッ!
ギャラリーの歓声が耳に響く、けれどそれすら次第に小さくなっていく。それは私の意識がギャラリー達の前から、そして私自身の肉体からも遠ざかってしまった証拠だった。
* * *
「ん……うぅ。ここは、何処? まさかレディーナさんが言っていた潜在意識の奥の方ってやつ。じゃあ、今の私って魂だけの状態?」
ぐったりと倒れ込んだ地面は闘技場ではない見知らぬ場所……マリア像や十字架、ステンドグラスなどの様子からするとおそらく聖堂だろう。あかり取りと思われる天窓から見える景色は既に夜で、星々と共に三日月がぽっかりと浮かぶ。
床の模様をよく見ると、まるい空間に合わせて十二個の区切り線が伸びており、星座や惑星のマークが描かれていた。
「時計のような十二個の区切り線の中に惑星のマークが……まるで何かの暗号のようだわ。それに変ね、ドアが何処にもない。この聖堂に出口はあるのかしら?」
「おそらく、占星術のホロスコープ表というものですね。紗奈子お嬢様の潜在意識だと仮定すると、この惑星マークの配置は、お嬢様が生まれた日のホロスコープなのでしょう。つまり、紗奈子お嬢様が持って生まれた運命の計画表のようなものです」
爽やかボイスで淡々と床に描かれた模様について解説するのは、メイドに変装して我がブランローズ邸に潜伏しながら私を守ってくれていたエクソシストのクルルだった。
「クルル! 貴方までこの異空間に飛ばされてしまったの? 一体、どうして」
「あはは……一応これでもエクソシストの端くれですので。咄嗟に術式で一緒に潜り込んだんです。未知の空間にお嬢様一人で行かせるわけにはいきませんし。闘技場にはアルサルさんが残ってくれていますし……大丈夫、お嬢様のことは僕がお守りします」
ニコッ。
クルルが私を安心させるように優しく微笑む。
まるで美少女のような容姿であまり男性という感じのしない彼だが、こうして異空間に二人きりで閉じ込められてしまうとちょっとだけ意識してしまう。
(そういえば、クルルって。ずっとメイドさんに変装していたし、あんまり意識しないようにしていたけど、一応男の人なのよね。しかも婚約者候補という……いけない、なんだかドキドキしてきちゃった)
「……ありがと、クルル。この空間から出るには、やっぱり床に描かれたホロスコープとやらを解読する必要があるのかしら。女の子マークが金星、数字の4に似たマークは木星よね確か。この小文字のエイチマークに横線は? こんなことなら、女学校時代に占い講座をもっと受けておけば良かったわ」
「それは土星のマークですね、土星は制限や課題を意味しますが……今は踏まない方がいいでしょう」
極力平常心を装いながら、この空間から脱出する方法を検討する。が、触り程度の占星術の知識は学生時代の授業で得ているものの占星術に詳しい訳でもないし、やはりクルルに頼りっきりになってしまう。持てる限りの知識で、私も頑張ってホロスコープを解読しようとするけど……。
「前世と向き合うための空間らしいし、迂闊に惑星マークを踏むと何かの仕掛けが発動するかも知れないわよね。だったらこの土星マークを避けて出口っぽいマークを踏めば、何事もなく外に出られるかも。ねぇ、このスイッチっぽいのは。踏めば出口が発生するんじゃない?」
ひと通り惑星マークを調べたのち、頭の盛り上がりのようなスイッチマークが目に止まる。私の浅い占星術の知識では存在していないマーク……おそらくこれは、惑星のマークではないだろう。
「……! そのマークは、待って下さいお嬢様っ。それが、そのマークこそが……!」
「えっ……何か大変なものなの? きゃあっ」
クルルがキャラクターに似つかわしくない低めの声で注意してくるので、驚いて足がよろけてしまい……。
ガチャンッ!
『ドラゴンヘッド、発動……。前世の因果にアクセスします』
機械的な女性の声で因果へのアクセスがアナウンスされる。あろうことか私は、レディーナさんの思惑通り前世と向き合うことになってしまうのであった。




