Last episode 1 解放と契り
そうして、ブラックホールでアラフォースと戦う前に、一度各々の用を済ますことになった。
そのため、まず一行の中で済ませる用事が最も多いエレデアスに戻りゼフィリア達とニア達の用事を済ませることになった。ゼフィリアとトキファには、一台の携帯を渡す。
「・・・このボタンを押せばセイバーに電話がかかる。セイバーに電話かけづらかったらこっちにかけてくれ。こっちのボタンを押せば俺に電話がかかる。」
機械の扱い方がわからないゼフィリアに、簡単に操作方法を教える。電池が切れたらどうしようとも考えたが、充電はほぼ満タンであったし電話のかけ方も教えなければわからない程に機械に疎いゼフィリアが別用で携帯を開くとも考えにくいので大丈夫だろうと流した。実際にかかるか確認した後、ゼフィリア達は保安部のトランスポーターからナルグドへ向かっていった。
「いいのか、ニア。とんずらこくかもしれねえぞ。」
「ゼフィリアはそんな無責任な奴じゃねえよ。絶対帰ってくる。・・・で、軍事基地の用事は軍部の二人とフェクトに聞いてくれ。俺はアストラの事務所に用があるんだ。・・・じゃあな!」
そういうと、ニアも走り去っていった。セイバー達軍部の三人とフェクトのみがその場に残る形になった。
「で、軍事基地の用事ってなんだ。」
「ジェルとその他サーヴィルの捕虜を解放してくれ。」
「じぇる?」
「軍部が身柄を預かってる狐のような姿のサーヴィルです。彼を初めとするサーヴィルの捕虜をエスカフローラ打倒後に全員解放する、と言う条件でノーベルジェヌン公との停戦合意を得ています。」
「ってなわけだ。解放してくれ。」
寝耳に水を差されたように突然言われた捕虜の解放要請に、セイバーは腕を組み逡巡する。しかし、フェクトとは共に戦った。部下の二人にはフェクトやサーヴィルのために嘘をつく理由もない。
「・・・嘘をつく理由も感じられねえな。わかった。解放してやる。俺達三人で連れてくるからちょっと待っててくれ。」
「基地には入れてくれないのか?」
「流石に国家機密もあるうちの基地にサーヴィルを入れるわけにはいかねえな。お前らと戦う理由はもうねえがそのへんは理解してくれ。」
そうして、捕虜の監視房の構造を一番よく知っているウィルがジェルのいる所へ行く。そこそこ広く結構時間がかかるとのことで、ウィルが連れてくるまでは二人はセイバーの部屋で待つことになった。
「セイバーさん。」
「何だ?」
「お姉ちゃんのこと、まだ諦めてませんか?」
この部屋には、今セイバーとナディアしかいない。こう言ったことを聞くには好都合だった。
そしてセイバーからはナディアとしては予想外であっただろう言葉が帰って来た。
「アストラちゃんか・・・。可愛いとは思うけどな。正直、もう諦めてるわ。」
「あれ?諦めたんですか?」
「だってアストラちゃん、ニアの事が好きなんだろ?」
大分確信を持った様子で、セイバーは言った。
「・・・気づいてたんですか。」
「ああ。だってお前言ってただろ、『ニアを死なせたらお姉ちゃんに申し訳が立たない』って。あそこで真っ先にアストラちゃんの話が出てくるってことはそういうことかって察しがついちまうさ。しかしニアが良かったのかー。わかんねえもんだな。」
そう言ったあと、セイバーは溜息を吐く。元々高嶺の花だと思ってたとは言え、明確に好意を持ってる相手がいるとわかると色々思うところがあったのだろうか。
「で、それ聞いて何したいんだ?」
「・・・これだけ言ってもいくらご飯に誘っても、まだ気付いてくれないんですね。」
「えっ」
そう言って、ナディアがセイバーに抱き着くまでには時間は全くかからなかった。
「な、なんだよ!」
「このニブチン元帥!」
「何がニブチンだよ!離せ!」
「もういいですよ!言います!私貴方の事が大好きです!」
突然告げられた好意に、セイバーは困惑する。セイバーにとって彼女は戦友であり、一番の部下であり、お互い信頼しあっている関係ではあった。そうではあるがまさか彼女が、ここまで想ってくれてるとは思いもしていなかったのだ。しかし、ナディアの声音に嘘の様子はない。軍人でもなんでもない、ナディア=フィケーションという一人の女性の少女のような、純粋な想いだった。
「ずっと好きで色々やってたのにずっとお姉ちゃんの話ばっかりで辛かったんですよ!ご飯に誘ってもご飯だけ食べて帰るし!一緒に泊まっても手なんか出して来やしないし!」
「わかった、わかった!とりあえず離せ!」
そうして、セイバーは強引にナディアを引っぺがす。二人は気づけば見つめあっていた。
「で、なんだ。お前は俺の事がずっと好きだったと。」
「はい。」
「付き合ってほしいと。」
「はい。」
「よしわかった。保留。」
随分と中途半端な返事であった。
「もっとはっきりしてくださいよ!」
「はっきりしてやりたいのは山々だが、何分今それどころじゃねえことくらいはわかってるだろ?だから保留だ。返事が聞きたきゃ生きて帰ってこい。」
そんな話をしていると、ノックが聞こえてきた。セイバーが開けるために動く。
ずっと、仕事仲間だと思ってきた。これから先も仕事での組として共に過ごすのだと思ってきた。
しかし、セイバーには一つ気になっていたことがあった。それは彼女にはこれ程の環境にいながら男っ気は全くなかったことだ。エレデアスの軍には女性隊員に対する規制はない。しかしそれでも体力や理学の勝負であることから女性隊員はまばらであり、当然管理職についている人間はナディア1人であった。そんな軍部における高嶺の花となっていたナディアは男を連れ回す様子もなく、ふしだらな姿を見せることも無く常に凛としていた。
その答えはいくら朴念仁を書き起こしたような存在の彼にでも今はわかる。...彼女はずっと、セイバーに上官として以上の情を持っていたのだ。そしてその押し込めていた少女のような感情を一身に受けた彼は柄にもなくひどく動揺していたのだった。
(やっべーなおい。マジか。・・・超可愛かった。)
そんなことを考えながら開ける。やはりウィルとジェルだった。
「元帥、随分顔が赤くなってるでありますが大丈夫でありますか?」
そう言われ、セイバーは自身の鼓動が跳ね上がってることと顔が紅潮してることを認識した。二、三回自身の頬を叩く。
「なッ、何でもねえよ。で、解放したんだな?」
そして、ジェルをフェクトの元へ連れて行く。心なしか、行く前よりナディアとセイバーとの距離が近くなっていたのにウィルは気が付いただろう。
「ジェル!解放させてやったぜ!」
「ふぇくと艦長!アリガトウゴザイマス!」
「ただ、これこれこういう事情でな。出所したばっかで申し訳ねえが、閣下の許可が下りたら俺達を手伝ってもらいたい。」
あまりに抽象的過ぎるだろう、と思ったがサーヴィル同士はこれで通じるらしい。
「ナルホド、コレコレコウイウコトデスネ。ワカリマシタ。あらふぉーすノ打倒、オテツダイシマス。」
一方、アストラの事務所に向かったニア。中は暗く、不在を思わせたがアストラがいないはずがないことをニアはわかっていた。
「アストラー?ニアだ。開けてくれ。」
そう言われると、アストラは宿泊部屋の鍵を開けドアを開ける。部屋の明かりもつけてくれた。
その部屋は、一面工具が置かれ、女性らしい服飾の本などもなく本棚に置かれていたのは全て半導体等の仕事の本だった。
「アストラ、どうした?」
「ニアって、勇気あるよね。」
そう言うアストラがニアを褒めるつもりで言ってるのではないのは、その思いつめた顔を見ればすぐにわかった。ニアを無視して、彼女は続ける。
「・・・僕ね、知ってたんだ。思考制御システムのこと。でも、怖くてやめさせることはできなかった。エスカに、こんなの間違ってるって言うこともできなかった・・・。でも、ニアはそれを言えた。剣を持って戦うって選択もできた。僕はずっとできなかったのに・・・。」
「生活が懸かってたんだろ?・・・仕方ないさ。」
アストラは、ニアに返されても殆ど聞こえてないかのように続ける。一人で長い時間考え込んでいるうちに、相当思い詰めてしまったらしい。
「セフィロトにあった映像を見て思ったんだ。エスカは言ってたよね?口だけで言って体を張って動かなければやったことにならないって。でも僕は口を動かすこともできなかった。エスカがしてたことは悪いことだってわかってたのに何も言えなかった、それどころか悪いことだってわかってたのに協力までしてしまった!」
「アストラは技術者だから仕方ないじゃん。それに、そんなこと言ったらナディアやセイバーもじゃないか?」
「ナディアもセイバーもずっと反発してたじゃないか!二人ともこんなの間違ってるって矢面に立ってエスカの前でずっと言ってた!先生だって自分の意見を主張してた!技術者だからなんて言い訳にもならない!僕がやらなかっただけなんだ!もし僕がいなかったら先生がいなくなった後思考制御システムは成り立たなくなったかもしれない!僕が協力しなければ・・・僕がいなければッ!!」
そういうアストラは、今にも泣き出しそうだ。
「ニアやルーアがあんな目に会うことだって、ガイアの発展を止めてしまうこともなかったのに・・・うッ・・・うわああああああん!!」
本当に泣いてしまった。ニアはどうにかすることもできず、泣きじゃくるアストラをただ宥めるしかできなかった。
「・・・ぐすん。」
「落ち着いたか、アストラ。」
何十分か経って、ようやくアストラは泣き止んだ。
「・・・うん。ごめん。」
「まぁ、最近色々あったしずっと一人でいたから思い詰めちまったんだろ。」
そして、ニアは独り言だ、と言いながら話を始める。
「・・・俺の仲間にはすっげえ優秀な技術者がいるんだ。でもそいつは思考制御システムの管理をしてて、エレデアスの皆をエスカの支配下に置く手伝いをしてた。普通に考えたら、極悪人かもしれないな。・・・でも、その技術者さんはずっと俺達についてきてくれた。俺達が皆でエスカに反発して、エスカの敵になっても来てくれた。今まで怖くて怖くて仕方なかったエスカを裏切ってでも、自分の生業を否定されても、俺達の仲間でいてくれた。確かにそいつは非力で、銃も剣もなんにも使えなくてスパナより重たいものは使えないような奴だったけど、いつも後ろにいて俺達にはできないことをやってくれた。で、俺はそんなそいつが大好きだった。どんな状況になっても俺達と戦ってくれる、大切な仲間だった。」
アストラは、段々顔が赤くなる。自分の事だとは最初から分かっていたが、さっき大泣きした手前なんだか気恥ずかしさもある。
「だから、俺はそいつを仲間だって信じてる。過去に何があったかなんてどうでもよくて、そいつが何をしてくれるのかを見たいんだ。」
「僕を・・・それでも信じてくれるの・・・?いつも失敗してばっかりなのに・・・?」
「独り言だって言ったろ?・・・まぁいいや。アストラは失敗することもあるし戦えもしねえさ。でも俺達にはわからねえことをやってくれるし、それが俺達の支えにもなってる。それに、失敗してもなんとかしてるじゃねえか。エレデアスにあの怖い怖いエスカと戦いに行くって言った時だってスケープに丸投げしてセラフィスノに逃げれたのにわざわざ自分で来てくれただろ?俺がそこまでは流石に連れて行けないって思ってここに隠れてろとは言ったけど、自分でエスカのところに行くとも言っただろ?それって、自分でエスカにお前は間違ってるって言いたかったからじゃないのか?・・・まぁ、俺にはそんなことの細かいことなんてわからないさ。でも、少なくともアストラは1フォッグにだってなりゃしない俺達の手伝いをずっと続けてくれたじゃん?俺達のために、皆のために名誉も私財も投げ売ってずっと協力してくれたじゃん?俺は、そんなお前を信じてるんだ。」
そうして、暫くの間沈黙に包まれる。しかし、話が終わったとも帰ろうともどちらも思わなかった。そうして、アストラが口を開く。
「ねえ、ニア。」
「何だ?まだ何か考えてるのか?」
「ううん。・・・。」
そうすると、アストラは自分の唇をニアの唇に押し付ける。離すと、続きを言った。
「・・・僕、ニアの事が好き。大好き。」
「・・・俺もだよ、アストラ。」
そう言って、ニアはアストラを抱きしめる。
「ねぇニア・・・続きは・・・?」
「続きは・・・そうだな。全部終わってから、かな。・・・帰ろう、セラフィスノに。皆が待ってるんだ。俺達はまだ倒さねえといけない奴がいるんだ。・・・今度は、一緒に来てくれ。来てくれるよな?」
「・・・うん!」
さっきまで泣きじゃくっていたのが信じられない程の明るい笑顔に、ニアはこの人と出会えてよかったと心から思ったのであった。
「ありがとうな、アストラ。」




