episode16-1 ナディアの修行、シェリルの覚悟
滞在一日目、ニアはシェリルに呼び出された。話があると、シェリルに割り当てられた部屋にニアが向かった。
「ニア君、来たわね。」
「で、話ってなんだ?シェリルさん。」
「シェリルでいいわよ。私も次からニアって呼ぶから。で、話ってのは覚悟を決めてもらおうって話でね。」
そう言うと、穏やかな笑みを浮かべていたシェリルの顔が急に真剣みを帯びる。
「覚悟?どういうことだ?」
「とりあえず話を続ける前提条件ね。今の貴方には、エスカフローラと戦う意思がある?」
「・・・『ある』。」
それを聞くとシェリルは小さく頷き、話を始める。自身がMZBの社長になった経緯だった。
「そう。・・・私ね、MZBって大会社を乗っ取ったのよ。正統に後を継いだわけじゃないわ。」
「そうなのか?」
「そうよ。クレイバーとアラフォースと、ここにはいないけどセレンって女の人がいてね。私の一代前の社長はダクトナーレっていう奴だったの。本当に最低な男でね。エスカフローラと違った独裁者でお金の事しか考えない最低な人間だった。それでクレイバーに言ったのよ。・・・あの男を倒して、世界を私達の手で変えよう、ってね。それで色々あって、ここにアラフォースとセレンって人が加わって一緒にダクトナーレを打倒したの。まぁ、ここまではニア達がやろうとしてることが成功したって話。肝心なのはここから先。で、ニア。私、なんでこんなところまで来てるのに武器を持ってないんだと思う?」
ずれた質問だと思った。
「魔術で戦うからじゃないのか?」
「それなら鎌か杖を使うでしょう。・・・使わないから持ってないんじゃないの、使えないから持ってないの。」
そう言うと、シェリルはカッターシャツのボタンを外す。情事にいそしむ為ではないことは、ニアにも当然わかっていた。そしてボタンを外したシェリルは左肩のみを捲る。そこには、大きな十字傷が入っていた。
「私の裸を見たことがあるのはクレイバーだけ。だからこの傷の事を知ってるのは貴方とクレイバーだけなんだけど・・・何かをやろうとするのであれば何かを失う覚悟を持て、って意味で見せたの。私は革命に成功した。でも、ダクトナーレに負わされたこの怪我のせいで武器は使えなくなったし私の肉体的な力は0に等しくなった。私の左腕は飾りに近いものになったの。でも左腕だけで済んだだけ私は幸運だった。クレイバーは復讐の相手を間違え私みたいに復讐を成し遂げることができなかったばかりか唯一の肉親も故郷も何もかもを失った。・・・貴方には相応の覚悟を持ってエスカフローラと戦って欲しいの。クレイバーや、私みたいに何かを失わない為に。」
そのシェリルの目は、まっすぐニアを見ていた。ヒューマンの生きている時間は、アレファスリに比べれば遥かに短い。目の前にいる女性は、恐らくニアの50分の1の時間も生きていないだろう。
しかし、シェリルのその言葉はニアの何十倍も生きてるのではないか、とも思わされるほどに説得力もあった。自分と同じような決意をし、その結果何かを失った人間としてのその忠告はニアにとって生々しく、そして重くのしかかる。しかし、ニアに迷いはなかった。
「ああ・・・。でも、それでも俺は局長を許せない。だから・・・。」
「そう。ニア=グローレンス、それならば私達は貴方の事を全面的に支援するわ。目的は同じですもの」
「ありがとう。」
二日目。今度はニアは、ナディアに呼び出された。シェリルの時と同じように、ニアはナディアに割り当てられた部屋に向かう。
「ニア、来たわね。早速だけど、あんた今エスカに勝てる自信はある?」
「・・・ない。でも、局長は・・・エスカは倒さないといけないと思う。」
そう答えたニアに、ナディアは自信が足りてないなどと言うことはなく、続ける。
「・・・よくわかってるじゃない。もし倒せる自信があるなんて抜かしてたらこの場で歯の一本くらいは叩き折ってやるところだったわ。そうね、自分の立ち位置よくわかってて安心したわ。今のあんたじゃいくら仲間ゾロゾロ連れて行ったところでエスカになんか勝てっこないわ。お姉ちゃんもルーアちゃんも、皆殺されちゃうのが関の山ね。だから私が修行をつけてやろう、って言ってるの。この一週間ね」
「・・・本当か!?」
「マジもマジ、大マジよ。あんた、戦いのセンスありそうなのにどうもそれを活かした戦いができてる風には見えないからね。あんたが少なくとも私かシェリルの彼氏さんくらい戦えればエスカに負けることはほとんどないと思う。あの男は、人を信じることができない悲しい男よ。だから、複数で私くらい戦える奴がいれば勝てると思うわ。」
「成程な。孤独なエスカの弱点ってわけか・・・。」
「ところでさあニア、あんたお姉ちゃんのこと好きでしょ?」
真面目な話から突然恋愛の話に変えられ、ニアは赤面し噴き出す。
「バッ、バカ突然何の話してんだよ!!」
「可愛いなぁ~。まぁお姉ちゃん超可愛いしあんたが惚れんのも仕方ないねぇ~。ついでにあんたをお姉ちゃんに似合う男にしてやるわよ。お姉ちゃんも、あんたの事気にしてるみたいだしね。」
ニアは、聞き逃さなかった。アストラが自分の事を気にしている、とは聞き捨てならなかった。
「・・・マジで?」
「マジよ。私家族だもん。たまに家に帰って一緒にご飯食べてる時色んな人の話するけどあんたのこと話してるお姉ちゃん、本当に楽しそうで私が知ってる中でいっちばん可愛いわよ。見せてあげたいくらい。・・・ってか食いつくあたりほんとあんたベタ惚れね。いいわよ、色々教えてあげるわ、お姉ちゃんのこと。ただし、修行にちゃんとついていけたらね。」
そうして一時間後、外の荒野に出て修行が始まった。
「とりあえず今日は簡単な修行よ。私の後ろを一度でも取れたら今日は終わり。ご褒美をあげるわ。武器は使っちゃダメ。私は防御以外の行動は一切しないから殴るなり蹴るなり好きにしていいわよ。」
「よし、わかった!」
「殴れるもんなら、だけどねっ!!」
ニアは、ナディアに一直線に飛びかかる。しかし、ナディアは軽くニアを投げ飛ばす。
「隙だらけねえ。因みにこっちから攻撃はしないってだけで回避とカウンター攻撃は普通にするからね」
「ク、クソッ!」
ニアは再び、ナディアに突っ込みジャブを入れようとする。しかし、全て手で止められまともにダメージが入った様子は一切見受けられない。この女、剣を持たなくても普通に強かった。
「手数だけ多くっても、何の意味もないわよ。でも私を倒して後ろに行ったほうが早いってのに気付けたのは賢いわね。あんたがいくら後ろただ単に行こうとしたって私があんたの動き見切ってそっち向けばいいだけですもの」
喋るだけの余裕をナディアはそれでも見せており、ニアは無駄なパンチを繰り返すだけだ。やがてニアは息を切らせ、攻撃の手がやむ。
「どうしたの?もう終わり?もうちょっと粘ってもらえないと修行つける気もなくなっちゃうわね」
ニアはナディアの足元を見た。あれだけ動いておいて、ナディアは一歩たりとも初期位置から動いていない。格の違いを、まざまざと見せつけられた形であった。
「・・・これでも手加減してますってか?」
「ああ、やっと一歩も動いてないことに気が付いたのね。・・・内容を変えましょうか。私をここから動かせたら今日は終わりでいいわ。ただし軸足ごと動かせたらね」
結局、条件を緩くされてもその日ニアはナディアの修行をクリアをすることはできなかった。セラフィスノに戻り、反省会が行われる。
「クッソー!!なんでだよー!!」
「だから言ったでしょう。ニアの動きは無駄が多すぎるのよ。基礎的な体力や能力はあるんだから攻撃の無駄をなくさないと。・・・実践的な内容はまだ先になりそうね。明日もやるわよ。」
「や、休みは?」
「そんなものあるわけないじゃない。たったの一週間、しかもそれで私並に戦えるようにするのよ?休みなんか取ってたら一年かかっても終わらないわよ。」
ニアは一週間の地獄に、向き合う覚悟を決めた。




