episode8-1 その見慣れし敵の姿
「貴方達・・・裏切る気!?」
ここはコールルピックヘ繋がる坂道。コールへ向かう道を遮るのは、セレンの部下であったはずの男二人。
ラドンとレニウムがそこには立っていた。
「裏切るもクソもあるかよ。俺らははなっからMZBのメンバーだ。」
「ククッ、てなわけだ。月光石は渡してもらうぜ?」
「この石は渡さない・・・クロムの最期の頼みだから・・・!」
「クロム?ハッ、聞いただけで吐き気がする名前だ。死んで清々したぜ。」
「・・・ラドンッ!」
「とっとと月光石を出せって言ってんだよ。」
レニウムがセレンに掴みかかった瞬間。予想だにもしない方向から刃が突き付けられた。
「おい、そこのチンピラ。何してやがる。その手を今すぐに放せ。」
その刃は、クレイバーの銃剣であった。今までの銃剣ではなく、ルレノ最強の銃剣と名高い業物。セラフィッククァイアと呼ばれる銃剣であることをシェリルはここに来る船の中で聞いている。
「なるほどね。どうりで言ってる事がセレンやクロムと違うわけだ。とりあえずあんた達に魔硝石を渡すわけにはいかないから。」
この状況に、ラドンとレニウムは違った解釈をする。
「成程成程、つまりはこの場で奪い合いを」
しかしそのラドンの下卑た声はシェリルの魔術に遮られる。高い磁力で一気に押し潰され、ラドンは苦悶の声を上げる。
「そんなつもりないし。あんた達みたいな外道と一緒にしないで。吐き気がする。」
そのままシェリルは更なる一撃を放つ。大きな氷柱を作り出し、ラドンが起き上がる間もなくそのまま脳天にお見舞いする。今度は苦悶の声を上げることもなく、ラドンは倒れた。
「このぉ・・・ふざけやがって・・・魔硝石が欲しいのはお前らも同じじゃろうがぁ!!」
レニウムが怒りに身を任せてシェリルに突撃する。しかし。
「お前らみたいに、利用した挙句に奪い取ろうとまでは思わないがな」
クレイバーがそれを遮る。レニウムを弾き飛ばし、シェリルからクレイバーの銃剣に炎が放たれ、火炎を纏わせた銃剣がレニウムの足を穿つ。刺された痛みと焼かれる痛みでレニウムは声も上げられずまた倒れた。苦しみもがく二人に、シェリルは冷徹に言い放つ。
「私ねえ、貴方達みたいな人大嫌いなの。人を利用した挙句最後には騙してたとか言って人を馬鹿にするような人。」
そのシェリルの瞳は、今までの彼女を知る人間からは想像もできないほど冷たくクレイバーですらその瞳を見たら気圧されるとさえ思えるものだった。そして彼女は右手を開いて上げ、その右手には火球が生まれる。小さいと思っていたのも束の間、シェリルの魔力により一瞬で肥大化したその火球はあまりにも高い熱で変色し、青く染まる。それを見たレニウムは、恐怖により声も上げられなくなった。気が付いたラドンは、シェリルに命乞いをする。
「ま、待てシェリル。話せばわかる」
しかし、冷静になって見ればわかるシェリルの冷たい瞳を見れば説得は無意味であることは容易にわかったであろう。事実、シェリルのその耳にラドンの苦し紛れの命乞いは殆ど入っておらず彼女は彼のことをまるで見ていない。
「煩い。・・・地獄の底でその大嫌いなクロムさんに土下座して来なさい。さようなら。」
「待てって!そんな眼で」
「煩いッ!!」
そして無慈悲に一喝したシェリルの手元から離れたその巨大な火球はレ二ウムとラドンに落ちる。その火球は巨大な火柱を巻き上げ、空気を取り込みながら赤色に戻っていく。火柱が消え失せた時、二人は骨の一欠片すら残らず姿を消した。シェリルは、その焼け跡を冷ややかに見降ろし侮蔑の目線をラドンとレ二ウムがいたそこに向ける。復讐の鬼と化した彼女に、情などというものはなかった。
「帰られて色々と言われるのも迷惑だったし。地獄に落ちることを願ってるわ・・・さて、セレン話があるんだけど」
「・・・貴女達と話すことなんて、何もないわ。」
「・・・そう。私は魔硝石破壊事件の真犯人のところに行くから。」
「真犯人?犯人は貴女じゃない。」
「常識の範疇を超えた話よ・・・いずれにしても、私達はもう貴女と敵対する気はない。月光石を取り上げる気なんてないし、戦う気もないわ。」
そう言い残すとシェリルはさっさとコールに向かって走り去っていった。それと同じタイミングで、クレイバーがセレンに謝罪の弁を述べる。
「セレン。今まで俺は、MZBに都合のいいように踊らされていた。ずっとお前たちが敵だと思わされ続けてきた。今更謝ってどうになるわけでもないが・・・申し訳なかった。」
「・・・謝っても、クロムは帰ってこないわ。」
「ああ。分かってる。」
それを聞き、クレイバーもシェリルを追う。セレンは、その場ではついてこなかった。
そして坂を上り終えシェリルは驚愕した。
登った先のコールタウンにはルサナもミーザも村人も、シェリルが与り知らぬうちにやってきたスキンからの避難民さえもとにかく人が一人もいなかったからだ。
「なんだなんだ?人の気配が全くないじゃないか。」
「月光石はセレンが持っていた・・・ってことは今度は暗黒石ね。いるんでしょう?出てきなさい、メルヴィーネス。」
「は?」
「・・・存在は知っていたが実際に見るのは初めてだ。クローン。」
クレイバーが口を挟む内に、横からシェリルの声が聞こえてきた。しかし、彼女はクレイバーの真正面にいる。
驚いた青年は首を振って横を見る。髪の毛が短いのと服の差異を除けば赤い髪、きっとした紫色の目。
まさしくそれは、もう一人のシェリル。シェリル=メルヴィーネスだった。
「なるほどね。私も初めてよ、メルヴィーネス。」
「軽々しく私の名前を呼ぶな。高々クローンが。」
高圧的なメルヴィーネスを冷たく睨み付け、シェリルは向き直る。
「・・・で?あんたがやったんでしょう?町の人はどこ?」
「黙れ。用件だけを話す。お前の家にあるゲートを通って私のところへ来い。」
それだけ言い、さっさとメルヴィーネスは去ってしまう。話す余地など、まるでない。
「あの態度だと犯人は確実にアイツだな。ただどう考えても罠だろうけど、シェリルどうする?」
「どうするって行くに決まってるじゃない。ほっとけないわよ。暗黒石も彼女が持っているんでしょう。・・・ただちょっと待ってね、今私武器持ってないのよ。お金だけおいて弓取ってくるから、少し待って。」
そうして弓を取り、シェリルの家に。
そこには、アラフォースがいた。
「シェリル、久しぶりですね。」
「アラフォース・・・。」
「過ぎたことはどうにもなりません。今可能な事は現状を打破することです。というわけで今の状況を説明します。メルヴィーネスは今、このゲートの先の魔硝石『暗黒石』で作られた空間、魔空間とでも呼びましょうか。ここで貴女を待っています。要するに彼女は自分の領土に貴女を呼ぼう、ということです。無論、これは罠でしょう。この先に入れば魔硝石を介さない魔力の無力化が行われたり彼女の魔力が数倍になる結界が施されている可能性があります。十分警戒してください。」
「大丈夫よ。その辺りの準備はできてる。」
「そうですか。では続きを話します。この空間はメルヴィーネスによって作られたという話は先ほどしました。故にここに入ったらメルヴィーネスを倒すまで出られない可能性が非常に高いです。」
「つまりは一方通行ってことか。そして俺達がこの中でたとえ死んだとしてもそれに気づく人間もいない・・・と。」
「そういうことです。覚悟ができるまで、入ることはお勧めできないですね。」
しかし、シェリルは入ることを決めた。自分がMZBと争うためには暗黒石の力が必要であることはわかりきっていることだからだ。
ただ、すぐに突入することはなかった。駆け足でセレンがこの家まで来たからだ。
「セレン、どうしたの?」
そうして、セレンが口にしたことはシェリルからしたら予想外のことであった。
「シェリル。さっきはごめんなさい。あと、聞きたいことがあるの。」
「何?」
「貴女達、何をする気?」
「MZBの破壊。・・・あとはスキンに対するせめてもの償い、かしらね。貴女達クロスケーションがリメルにしてたことは確かに許せなかった。でも、ここまでされる言われはなかったはずよ。そしてこんな事態にしてしまったのは私の責任だから。・・・だから、MZBを倒さないといけないと私は思ってる。」
そこまで言ったシェリルに対してセレンが言った言葉は、とても意外なものだった。
「・・・貴女達をとりあえずは信じるわ。メルヴィーネスの姿も見た。・・・私、本当のことを知りたい。一緒にメルヴィーネスのところに連れて行って。」




