episode7-2 真実
「クレイバー、なんで一人で行ったの?」
「・・・これは姉貴と俺の問題だからだ。お前には関係ないからな。・・・下に下がれ。俺は姉貴と二人で話がしたい。」
「私はシェリルがいても構わないわよ。」
「ダメだ。俺が認めない。シェリル、下がれ。」
「メルヴィーネスの話を聞かれるのがそんなに嫌?」
メルヴィーネスの名前に、クレイバーもシェリルも反応する。クレイバーが強引にシェリルを下がらせようとするが、今度はシェリルもたじろがない。そして、自分の考えがあっていることを確信していたシェリルは尋ねる。
「成程成程・・・それで?メルヴィーネスとあんたが、どうルレノ事変に関係してるわけ?・・・もう私は確信してる。MZBが、スキンが襲撃したと言うふりをしてルレノを攻撃した。そうでしょう?情報工作できるあんたとメルヴィーネスがスキンが攻撃したと嘘情報を作ったんでしょう。経緯は知らないし考えようもないけどね。どういうつもり?」
シェリルから発せられた言葉の意味を、クレイバーは理解することができなかった。それはそうであろう。彼は今までスキンがこのルレノ崩壊事変を引き起こし、仇はスキンであると信じていたのだから。しかしマーティは、予想以上の聡明さを持った目の前の知人のクローンに驚く。
「・・・ふーん、頭は思った以上によくできてるみたいね。そう、その通り。私がルレノ崩壊事変を引き起こした真犯人。経緯も知りたいみたいだから話してあげるわね。あんたは聞いてるかもしれないけど私はルレノ軍は女じゃ入れないからこの国から出て行ったわ。本当にくだらない理由よね。私の実力なんか知りもしないくせに。そしてMZBに入って一人の女性に出会った。それがシェリル=メルヴィーネス。すぐに彼女と仲良くなったわ。それで二人で試してみようってなったのよ。私の事を本当にバカにできる強さかって。」
そして、彼女はチームを率いルレノに攻め入った。自分は姿を現さず、スキンの兵服で、スキンの国旗を掲げ。勿論、MZBで力をつけた兵士達と、ルレノで平和に生き何事もない平和な日々を過ごし一部の本当に力をつけている者達以外はそこまでの実力ではないルレノの兵士達。力の差は、歴然だった。事実、クレイバー以外彼らに抵抗した兵士は誰一人として生き残ってはいない。
そしてただ一人生き残ったクレイバーは目撃者として、復讐者として仕立て上げられたのだ。本当の仇に、三年間も気付くことなく。
「そしてこの様よ。いつ思い出してもちゃんちゃら可笑しくて笑っちゃうわ。あれだけの事を言っておいて何もできないルレノの兵士達。・・・そうだ。なんでここまで気付いてるあんたに、こんなご丁寧に解説まで添えて答えを示してあげてるか?知りたい?」
「…何?・・・まさか!!」
そう言われ、不意にMZBに突入した二人の事を思い出す。もし、何も起きてないのだとしたらこの悪女がこんなにベラベラと昔の話をする筈がない。全力で白を切るに決まっている。
「・・・そのまさかだと思うわ。さっきMZBから連絡が入ったのよ。MZB本社に侵入した男女二名をスキンのスパイとして秘密裏に殺害。そのスパイ二人が持っていた魔硝石4つと元からMZBが持っていた魔硝石とでサンレイズが作っていた魔硝石兵器が完成、砲撃も完了。スキンエンパイアは跡形もなく消し飛び壊滅・・・。ってね。」
時はさかのぼりシェリルがルレノに着いた頃。
ファルクとリメルは、死にかけていた。魔硝石を4つ持っているのにも関わらず、目の前の群青色の髪の男ジェクターと銀髪の男リトラートの前になす術なく倒された。
「チッ、畜生・・・このままじゃスキンが・・・誰も・・・そこまではッ!!」
ファルクが最後の力でリトラートに銃口を向ける。しかし、その弾丸はリトラートの胸には届かず、無意味に天井に穴を開ける。リトラートの斧がファルクの引き金を握る指を腕ごと、えげつなく奪い去っていったからだ。久しく流していなかった涙を流し目を閉じたファルクはそのまま倒れ、動かなくなる。リメルの腕は振るえていた。逃げ出したところで、何も解決にはならない。しかし前に進むことさえも、ファルクの無残な死体の前にできなくなっていた。そうすれば、彼女にできることはただ一つ。シェリルが来ること。魔術を魔硝石なしで使え、一騎当千の力を持つその魔術師とも呼べる女があのルレノの兵士を説き伏せ、二人で今すぐ助けに来ること。ファルクを亡くした悲しみを持ったままでも、再び立ち上がれる。しかし、そんな都合のいい願いが叶うほど現実は優しくはない。
祈るために瞳を閉じた彼女が最後に聞いた音は、シェリル達が駆け付けた足音ではなくジェクターの持つ小型銃からの銃声であったことがそれを証明していた。
その弾丸はリメルの目を貫き、彼女もまた倒れた。
「・・・これでいいのか?サンレイズ。」
「ああ、これでいい。これで、クロスケーションを・・・!!」
こうしてファルクらの魔硝石を奪い取ったサンレイズが魔硝石破壊兵器を起動に移した。そしてほどなく、凄まじい音を発しスキンエンパイアは跡形もなく消滅した。
「どう?これが全て。クレイバー?わかる?貴方は何一つ自分が簡単に守れるものを守ろうとしなかった!その結果がこれ!」
目の前に突き付けられた現実に、クレイバーは打ちひしがれる。シェリルは、この事実に自力でたどり着いた。しかも彼女はヒントを出し続けていた。そのヒントの元、真実に辿り着いたシェリルとそれをわからなかった自分。そして気づかせに来てくれたシェリルの思いすら踏みにじられてしまった。自らが探し続けてきた、ただ一人の肉親に。
「・・・スキンもリメリアも・・・騙され続けてきたのか・・・今までの俺は・・・。」
「そう!あんたは騙され続けてきた!でももう謝りたくても謝ることはできない!今のあんたの気持ちはどう!?きゃははははは!」
「・・・あんたは何もわかっていない。クレイバーは何もできなかった私を助けてくれた。庇ってくれた。気まぐれってあんたは笑うかもね。でももしそれが気まぐれだったとしても・・・人を騙し欺き、自分の弟さえもを嘲笑の対象としてみるような腐った人間のあんたなんかよりは何倍も善良よ!クレイバー、ごめんなさい。」
クレイバーは、振り絞る。この目の前にいる女に、謝られる義理はない。ずっと自分を慕い、こんな自分のために仲間として真実を伝えに来てくれたのだ。
「・・・お前が俺に謝る義理なんてねえよ。」
「違う!私が言いたいのはそんなことじゃないの。貴方にとってはこの人は大切な人かもしれない。それでも私はこの女を許すことはできない!あんたは・・・私が倒す!!」
「きゃははは!高々田舎娘のあんたがMZBの軍人の私に立ち向かおうっていうの?勝負が見えてるにもほどがあるわ!」
「・・・サンレイズもそんな感じだったわ。相手を舐めてると痛い目を見るってことを教えてあげる。」
マーティとの戦いが始まった。彼女の洗練された技はシェリルを打ちのめさんと襲いかかる。しかし、シェリルは手持ちの長弓で退ける。彼女にとって、弓は盾でもあった。しかし守ることに特化していないその弓は、マーティの銃剣の前に脆くも折れた。折れた隙を見て一閃。しかしシェリルはそれを避ける。守りに特化した、言葉とは違う戦いにマーティはせせら笑う。しかし、嘲笑するマーティの考えとは裏腹にシェリルは必殺の一撃の魔力を溜めるために時間を稼いでいたのだ。それに気づくことはなくマーティは更なる攻撃を行う。
クレイバーが得意として使っているバヨネットグロウと呼ばれるその技の前に、シェリルの体は宙を舞う。しかし、額から血を流し膝をつく彼女には不思議と笑みが見えた。その様子に、流石にマーティも違和感を覚える。
「捨て身の・・・受け身の中に・・・」
彼女からしてみれば不気味でしかないその笑みを浮かべた口から紡がれた言葉を口にした時にはもう遅かった。既に膨大な魔力が彼女の周囲に纏い、魔硝石を持ったことのない人間でもその力を感知できるほどにその瘴気は強い。
「でてくる答えも・・・あるッ・・・!!」
そうして一気にシェリルが解放した魔力から、種々の魔術が一斉に放たれる。冷気より生成された氷柱を同時に発動した竜巻に混ぜ、一気に嬲る。地吹雪のような圧倒的な冷気をマーティに叩きつけ、さらにはそこにシェリルの十八番、火を使ったプロミネンスを更に発展させた爆発魔術、エクスプロージョンを一気に決める。しかし、それでもマーティは立つ。まるで、痛みを感じていないかのように。
「きゃははははは。サンレイズからは聞いてたけどこれほどとは思わなかったわ。流石に魔術が使える人間ってのは強いわねぇ。」
残りの魔力で瞬時に回復魔術を放ち、怪我を一気に治癒したシェリルと怒涛の攻撃で魔力に耐性もなく一気に追い込まれ、風と氷の魔術により切り裂かれた頬からは血を流し、火の魔術によって髪は無残に焼けこげ皮膚は焼け爛れた見るも無残な姿にされたマーティ。最早どう勝負しようと勝ち目のない土俵際の状況であったにもかかわらず、マーティは何故か笑みを浮かべている。魔力を使いこなす力というのは、血統にほぼ依存する。シェリルのような特殊な訓練を受けていたとしても、クレイバーと同等の魔力であるマーティが魔術を使ったところで元々非常に高い才能を持つシェリルに叶うはずもない。理由もわからない余裕を見せるマーティから放たれた言葉は、まったく予想のしようのない言葉であった。
「本当だったら始末できたほうがよかったんだけどねぇ。ここであんたに勝とうが負けようが・・・大した問題じゃないのよ。・・・だって私はもう復讐を果たしたんだから!この世にもう未練なんかないわ!」
そう言うとボロボロのマーティはどうなっているのだろう、痛みなど微塵も感じさせない軽い動きで王城の縁によじ登りそして立った。興奮により最早痛みなど感じていないのだろう。
「おい・・・ふざけんなよ。姉貴ッ!!」
呆然としていたクレイバーが言葉を放つ。しかし、最早マーティはそれすらも気にしていなかった。
「ふふふふふ。私は復讐を果たした。でも誰にも私に復讐なんてさせない。そしてもう起きたことを変えることだってできない。クレイバー!あんたは自分の不甲斐なさを後悔し続けながら生きていくといいわ!きゃははははははははははは!!」
そうして、彼女はそのまま後ろに倒れこむ。勿論、後ろには何もない。高笑いがやんだ時、シェリルがそこを見下ろしてあったものは不気味な笑みを浮かべたまま頭の砕けた、マーティの変わり果てた残骸であった。
「・・・全部、俺のせいか。俺は今までスキンを敵だと思ってきた。そして、スキンを倒せば報われると思って戦い続けてきた。それもすべて間違っていた。・・・三年間も、本当の敵に気づかずに・・・な・・・っ」
後悔の念が噴出し、クレイバーは黙る。そして。
「うっ・・・うああああああああああああああああ!!」
意味をなさないその咆哮は、虚しく空に響き渡った。