episode0-0 魔硝石を継ぐ者
魔硝石破壊事件から三か月が経過した。ブラッドエンプレスに収監された死刑囚、シェリル=コンスタンティウスが仲間の協力の元脱獄し逃走した。
死刑囚シェリル=コンスタンティウスが脱獄した事件は即日スキンエンパイア中に報道された。
ここはスキンエンパイアの飲食店。その事件の記事を読みふけっている紫色の髪の男がいた。
「死刑囚シェリル=コンスタンティウスが脱獄。共犯者の男とともに監獄長ラドンに重傷を負わせ逃亡。足取りは掴めず、現在も捜索中・・・。」
全ての文に目を通した男はため息に近いように息を吐き、肩を落とす。
「コンスタンティウスの奴はいつもそうだ。私がいなければ何もできないのか?メルヴィーネスの方は私の想像を超える働きをしてるというのに、この女の方は全く・・・。」
他人が聞いても一切訳が分からないであろう愚痴を小さくこぼし、男は天井を見上げる。
「・・・メルヴィーネス。お前は私の事を恨んでいるのか?・・・そんなこと、私にわかるはずもないか。」
そういい、金をおいて男は店を後にした。
「さて、私もそろそろ動くことにするか・・・。もう、全てのものはバラバラに砕け散ったのだから。」
時を同じくしてマルクセング。シェリルはチンピラに囲まれていた。
「・・・その石、返してもらえないでしょうか。」
敬語でありつつも相当な敵意と憤怒の感情を込めた声音でシェリルは薄紫色の髪をした男に声を発する。しかし、そんなシェリルの様子などどこ吹く風と言った調子で男は言う。
「なるほどー返して欲しいか。まー確かにこれは高く売れそうだなこりゃ」
この台詞を聞いた瞬間、この場で矢を放ってこの男を殺してもいいと思えるほどの怒りがシェリルの中で湧いた。だが、理性がそれを止めた。様子を見る限り、この男を含めこのチンピラ達はカタギの人間ではない。しかし、それはあくまでシェリルの主観だ。それにここは人からも見える場所。折角スキンの捜査の手の届かないマルクセングまで来たのにこっちでまで指名手配されてしまっては、本末転倒であった。このまま往生するしかないのかと思ったとき。
茶髪の青年がシェリルの前に現れた。
「おい、そこのチンピラ。そういう強奪は感心しねえな」
「なんだお前?この女の知り合いか?」
横槍を入れられたのが気に入らないのか男は青年に尋ねた。
「知り合い?違うな、俺は休憩時間にたまたまここを通った。それでお前らを見つけた。それだけだ。」
「なら、お前に俺らの邪魔をする筋合いはねえってことだな?」
「勘違いしているようだな。俺はお前らの事が気に入らねえって言ってんだが?」
そう青年が答えると、男はシェリルにとって触れられたくないことを持ち出す。
「まあ落ち着けよ。この女はスキンで指名手配されてる凶悪犯罪者なんだ。こいつは一般人じゃねえんだ。俺たちが犯罪者に何しようが問題じゃねえだろう。」
しかし、そんなことを対して気にする様子もなく青年は男に言った。
「なるほどな。なら盗賊団の総領シーフマスターさんよ、てめえも何されようが問題じゃねえよな?」
そして青年はシーフマスターと自分が呼んだ男に銃剣を突き付ける。それが気に入らなかったのか、シーフマスターは部下達に指示をかける。
「なんだてめえ?さっきから聞いてればいい気になりやがって。おい手下ども!この男を黙らせろ!」
その怒号を聞き、チンピラ達が一斉に青年を取り囲む。しかし、青年は苦も無く全員を一瞬のうちに手に持った銃剣で薙倒した。
「この程度の相手に俺が負けるわけないだろう。笑止だな、シーフマスターさん。」
しかし、その後青年は気づく。こっそりとシーフマスターが自分の財布を盗んでいたことに。
「チッ、やられたか・・・そこの女。」
青年はあとで取り返す、と言わんばかりにスラム街に目を向けた後、シェリルに声をかけた。
「・・・ありがとうございます。」
シェリルは言葉少なげに青年に礼を述べた。しかし、青年から返ってきた言葉は予想外の言葉だった。
「誰がお前を助けると言った?いいか、奴が言ってることも一理あるんだぞ?お前がどんな人間かは知らねえが指名手配されてる以上、お前が何をされようと文句は言えないんだ。悪いことは言わねえ、早いところ自首しな。そうしねえと、今後もああいう奴に追い回されることになるぞ。」
それはできない。自首も何も、自分は冤罪だ。シェリルはずっとそう言っている。誰に言っても『証拠がある』『お前以外ありえない』などと言われ、取り合ってもらえないだけなのだ。
「・・・私は冤罪よ。それなのにスキンで捕まって追い回されているだけ。誰に言っても信じてはもらえないけどね。」
「なるほど、冤罪だって言いたいわけだな。指名手配されてんのが本当にスキンだってなら自首しろとまではいかねえが・・・犯罪者ってのは平気で嘘をつく。そして自分に都合のいいことだけを言う。お前がどういう人間かを俺は知らない以上、あの盗賊団一味みたいに、都合のいいことしか言ってないと俺から見てもおかしくはねえってことだ。・・・お前、身寄りは。」
そう言われた瞬間、シェリルは思い出したようにスラム街の方に駆け出し始めた。
「おい、ちょっと待てよ。」
「私はあの石がないとダメなの!」
珍しくシェリルが語気を荒げる。青年の制止を振り切り、シェリルはなおも走ろうとする。
「落ち着け。そんなことしても奴らの思うつぼだ。」
「煩いッ!貴方には何もわからないじゃないッ!!」
「いい加減にしろ!!」
青年がそれでも落ち着かないシェリルに怒鳴り、シェリルの肩を掴んで無理矢理抑え込んだ。
「お前、仮に取り返してどうするつもりだ?どうやって生きていくつもりだ?お前が捕まろうが誰も悲しんだりはしねえんだよ!スキンやアイツらが喜んでおしまいだ。そこまで考えろよ!!」
その言葉を聞き、シェリルの足は止まった。それに気づいた青年は突然柔らかい言葉遣いに戻った。
「・・・悪いな。俺の方が落ち着いていなかった。」
「・・・こっちこそ。でも、あの石はおばあさんに貰った大切なものだから・・・。おばあさんは私の事を一人で育ててくれた大切な人なの。だから・・・あの石は何としても取り返したい。」
「・・・そうか。だからあんなに慌ててたのか。」
そこで青年は言葉を切り、話を変える。
「・・・お前さっき冤罪でスキンに捕まったって言ってたよな。そのことを詳しく話してくれないか。お前が信頼に足る人間か、その話を聞いて判断したい。」
「わかった。捕まった時の話でいいのね?」