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004
「ケンヤのエッチ! アホ! バカ! 死んじゃえ! 」
賢夜のジャージに着替えたサラシャはビショビショになった自身の服を風魔法的何かで乾かそうとしている。
ブカブカの学校指定のジャージを着たその姿は何とも愛らしい姿を体現した。もし、同年齢の思春期マッサだ中の中学生が見ればドキドキとする事は間違いない。
実際、ジャージがなかったら色々とまずかった。この家にある服は全て男物、身長176センチの凍夜の服はどう頑張ろうともズレ落ちてしまう。裸ワイシャツというシーンを再現する事も可能だったのだが、それは賢夜の中での自身の価値観が崩れそうになるのだ。
タンスから出したシャツとジャージ。二つを床に置き、腕を組んでどちらにしようと悩んだ末にヒモ付きのジャージを選択したのである。
そもそもだ、もしもサラシャの魔法(仮)が発動していたらどうなっていた? 下手をしたらこの部屋どころか、マンション全てが全焼である。2年で水上学園都市という大きな都市を造ったのだ。技術的には一ヶ月…いや、数週間でこのバカでかいマンションを再び建設する事もかのうだろう。
しかしだ、その場合の自分はどうなる? 間違いなく、政府から『賢夜、ちょっと来なさーい』と総理大臣からの緊急呼出や『賢夜きゅーん! お実験の時間でちゅよー! 』なんて言う女医マッドサイエンティストからの愛の告白が自分に降りかかる事は言わずとも目に見えている。
この地球温暖化が進んだ世で、わざわざ日本列島行きの超特急に乗り炎天下の中、徒歩で日本支部まで行くには骨が折れるであろう。そんな面倒ごとは断じて拒否したい。
つまり、何が言いたいかと言うと、
「俺は悪くない!」
「死ね!」
サラシャの拳が賢夜の頬に直撃するのであった。
「そもそも、替えの服は持ってないのかよ」
「持ってるわけないよ」
いやいや、おかしいだろと賢夜はその発言に否定をする。今時の女子は手ぶらなんてまずあり得ない。
更に付け加えるとすると、外国人が何も持っていないなんて事は一度も見た事がない。
「はぁ、貸してみろ」
賢夜はサラシャの持っていた服を分捕り、手をかざす。すると、服の中からみるみる内に水分が手のひらに集まっていき、服は元通りの乾いたサラサラの肌触りに変貌する。
「そんな事が出来るなら最初からやってよ!」
「俺は極力は力をこの都市の中では使いたくないんだ」
そう、賢夜はいま自身の超能力を連発した事に多大な後悔をしている最中であった。
この水上学園都市では賢夜は無能者という扱いになっている。どうする事も出来ない危機的状況と政府の呼び出しがある時のみ賢夜は能力を使うと己の中で誓約を誓った。
サラシャの放った炎は、賢夜の住処が無くなるかもしれない危機的状況だったので仕方ない。しかし、残り二つの念道力と水操作は使う必要のなかった事である。
自身の誓約を最も簡単に破ってしまった事に、賢夜はゴロゴロと床にのたうち回る。
「というか、お前って本当に魔法使いなんだね」
「さっきからそう言ってるよ!」
超能力は一人につき一つ。
しかし、目の前にいる少女は二つの現象を起こした。原点である賢夜は除くにしても、二つの力を持てる人物なんて見た事がない。
となると、魔法使いという線が正しいと証明されるのである。
「つまり、あのダンボールの中に入っていたのもか」
「うん、そうだね。あの箱を触媒として、認識阻害の術式を発動させていたんだよ。ある一線の波長を超えた人物した感づく事が出来ないようにね」
はぁ、と賢夜はため息をついてフローリングの上に大の字になって倒れ込む。
これだけの事を作り話として話すにはあまりにもスケールが大きすぎるのだ。賢夜は密かにサラシャの脳波を探り嘘か本当かを確かめていたが、その信号は全て肯定を記した。実に遺憾であるが認めざるおえないと思うのである。
「で、サラシャ。お前はこれからどうするんだよ」
「え、ここに住み込むんだよ? 」
キョトンとした表情でサラシャは至極当たり前の様な事を言い放つ。
「何で?」
「この世界の配属になったんだから当然だよ。それに無理してこっちに来たんだからり帰ったら怒られるんだよ」
だから何だ! と言いたげな凍夜であるがよく考えると、この少女は寝泊まりする場所がない。『拾って下さい』とダンボールに書かれていたのがいい証拠だ。
今追い出せば、少女は元通り一人になってしまう。お金も持っていない少女を外に追い出す精神を賢夜は持ち合わせていない。
「男女が一つ屋根の下なんだよ、何かあったらどうするよ? 」
「何それ? 何かあるの? 」
サラシャは賢夜の言っている事が、全く理解できずに首を傾げる。
天から見下ろす少女の澄み切った純粋無垢な瞳と、地から見上げる濁りきり汚染された瞳が合わさる。
賢夜は自分の胸に聖剣が突き刺さったかの様な深刻なダメージを受けた。
「泣いていいですか」
「どうしたの、どこか痛いの? 」
サラシャはしゃがみこみ涙腺が緩んでいる凍夜を見て、あたふたと心配する。
魔法使い、すなわち魔女なのに聖女の様な雰囲気を醸し出しているその姿は凍夜の中にいる天使が悪魔を追い払おうとするのだ。
「もし、俺が追い出したらどう思う? 」
「悲しくて泣いちゃうよ」
「俺が住まわせると言ったら? 」
「とっても嬉しいな」
いちいちの問いに落差の激しいリアクリョンをする。本当に追い出せば、泣いて夜な夜なも扉に張り付いている姿がふと凍夜の脳裏に浮かんだ。
「もう、好きにしてくれ」
「やったー! ありがとね」
サラシャは大喜びでその場から跳ね上がり、大げさな喜びを体を使って表現する。その喜び様を見て賢夜もまあいいか、と思うのである。
ぐぅぅぅぅ
突然、お腹の鳴る音が聞こえた。
「おなか空いたよ」
鳴り響いたのはサラシャの方からである。サラシャは少し顔を赤らめて、てへへと賢夜に笑いかける。
時刻は17時を過ぎた。外ではちょうど17時のを知らせるアラームが水上学園都市中に鳴り響く。早ければ今から夕食をとる家族も出てくるだろう。
しかしだ、朝から何も食べておらず遅い昼食も目の前にいる少女に食べられた賢夜ではなく、その少女であるサラシャからお腹の音が鳴り響いたのだ。
「サラシャさん、何で一時間前ほどに食べたあなたからお腹の音がなるのでしょうか。普通は逆だよね? 」
「お腹が減ったんだから仕方ないよ。それに私は2日も公園で待ち続けていたんだから、その間の空腹を考えたらあんな量は足りないも同然なんだよ! 」
実に美味しそうに先ほど食べていたサラシャの内心に騙された賢夜はため息をつく。という事はこの少女はこの世界に来てから、何の準備もしていない事を指し示す。
何でこんなにも計画性がないんだ? と凍夜は無言のままサラシャに問いかけるが、キョトンとしているサラシャからアホの子としか取れない。
「ファミレスに行こうか」
「ふぁみれす? 何それ」
「食い物がある所だよ。それとも家の中で留守番してるか? 」
「行きたい! ご飯食べたい! 」
賢夜は一日の始め、そして最後でもある食事を取りにいく準備をする。スマホに財布、財布の中身はこの水上学園都市の全ての機関で使える制限のないブラックカードに定期的に本島へ呼ばれるための特急定期カードのみである。
ほぼ全てが電子化されたこの都市では小銭を出す方が稀である。かと言っても、電子化されてまだ時間も経っていないので無論、現金での支払いも可能である。どちからと言えば、現金払いの人口の方がまだ多い。
それにしても寂しい財布の中身だと賢夜は自分の財布の中を眺める。果たして、二枚のカードしか入っていない財布は本来の機能をしているのだろうかと疑問に思う。
確かに全ての機関で無償で料金を払えるブラックカードは便利であるが、そのブラックカードも黒い財布の保護色と化して本来の凄さを薄めているのだ。
「さあ、行こう! 」
どうやら、サラシャも準備ができた様なので振り向く。
「おい待て。その格好は何だ」
「普通の格好だよ? 」
サラシャの服装は先ほど乾かした薄手の服に、ショートローブにロングローブを上から着込んだものだ。更に極め付けは魔法使いを象徴する大きな魔女ハット。ここに大きな杖もあれば、物語の魔法使いが完成するだろう。
「脱げ、今すぐ脱げ」
「賢夜のエッチ! 」
サラシャは自分の身を守るかの様に、両手で自分を抱きしめて賢夜からズリズリと後ずさる。
「違うわ! そのクソ長いローブと帽子を取れって言ってるんだよ! 」
夏休みだからと言っても、補習などで学校に来る学生も少なくない。更に今の時間帯は社会人も帰る時間である。
帰宅ラッシュの人が混雑する時間帯にそんなコスプレ症状が歩いてみろ。その隣で歩いている凍夜もいい見世物だ。そんな事は断じて許せないのである。
「これは正式な魔法使いの衣装で…」
「ショートローブはまだ許そう。選べ。俺の指示に従って美味しいご飯を食べるか、飯抜きのままでこの家で留守番をしているか」
二者一択。
どちらかしか選べないこの世界は残酷である。
「脱ぎます! 」
自身の誇りはどこへ行ったのか。サラシャはビシッと手を高く上げ、躊躇なく己の欲求を優先した。
ピロローン
ファミレスの扉から客が入ってくる合図の音が聞こえる。
「うわぁ! すごいよ、全部美味しそうだよ、これ全部食べていいの? 」
「アホか! 食い切れるわけないだろ! 」
サラシャはファミレスのメニューにある絵に夢中であった。目はキラキラと輝き、口からはヨダレが出ている。凍夜は目の前のみっともない姿のサラシャを見るに耐えず、出されたコップに入った水をカプカプと飲んでいる。
「食べきれるもん! 」
「分かった、ただし残したら許さないぞ。お店に迷惑だ」
ここで、賢夜は1つの誤解をしていた。所詮は中学生ほどの少女、食べられたとしても大盛り定食ぐらいだと踏んでいた。しかし、それは多大なる間違い。
「すいませーん! この特性ビーフステーキとホカホカグラタン、揚げたこ焼き12コ入りを下さい! 」
目の前にはもうすでに何重にも重なった皿の数々。店員は大忙しで注文を聞いては運んできている。
周りの人たちもあまりの食べっぷりにこちらを凝視しているのだ。賢夜はというと、注文したパスタの半分も食べきれておらずに目の前の光景にあってに取られていた。
今のサラシャのすがたは飢えた猛獣。
少しでも気を抜けば、賢夜の目の前にあるパスタすらも奪い取られる勢いだ。
「なぁ、本当に大丈夫なのか? 」
「ふぉん、ふぉんはひおいひいんふぁふぉ(うん、こんなにも美味しいんだよ? )」
大食い選手権の大抵の選手の場合、選手は一回戦を勝ち進めば時間が立たずに二回戦が始まる。
とても一回戦に食べた食べ物を消化する時間はない。
ではどうするか。答えは吐くだ。トイレかどこかで一度吐いて、リセットしてから次の対戦に臨む。
そうしないと体が持たないからだ。
しかし、サラシャの体は難なく受け入れている様である。
「お会計は4万6540円になります」
約2分かけて打たれたレジからはレシートが賢夜の方へ浸食するかの様に雪崩れてくる。
ファミレスで2人の男女が食事をしてはまずあり得ない数値が表示されて、隣の幸せそうな顔のサラシャを除いた賢夜とレジの係りさんは若干顔を引きつらせていた。
賢夜からして見れば、どれだけ食べても自分の懐は痛まないので気にしていないのだが、本当にあの量を残さず食べ切った事に対しては賞賛しなければならないと感じた。
「そう言えば、その抗争を起こそうとしてる奴らってのも魔法使いなのか? 」
夏ということもあり、辺りはすでに暗くなっていた。昼間の猛暑とは変わって、半袖でようやく快適な空間を感じさせる。
「他にもいるよ。他にもヤバイのは沢山いるけど、この世界で活動している巨大組織は3つ。マルムド結社、レイアス法教、ファルツ聖教だね。私はファルツ聖教所属の魔法使いだよ」
「おい、ヤバイのって何だよ」
「過激派連中だよ。聖職者が良い例なんだけどね、あいつらって自分勝手なんだよ。魔法使いは魔女だから魔女狩りだってさ。いつの時代だよ」
サラシャは思い返すかの様に話していく。聖職者の話のときなんかは、不機嫌になりプリプリと顔を膨らます。
「そもそも、エクソシストって悪魔祓いをする正義の味方ってイメージなんだよな」
「はぁ? 凍夜は時代遅れな人だね」
「開く前のファミレスの自動ドアに突っ込んだ人のセリフじゃないですね」
賢夜は先ほどあったサラシャの失態を小馬鹿にして笑う。
テレビでのバラエティでは強盗が急いでドアに阻まれるシーンを見た事がある。
しかし、サラシャの突っ込んだ原因(窓から見えた美味しそうな食べ物に我を忘れた)を賢夜は見た事がなかったのだ。
「違うもん! あれは結界的何かが張られてすり抜けられると思っただけだもん! 」
「ファンタジー脳をこっちにも持ち込むなよ。連れの俺がどれだけ恥ずかしかったか…」
賢夜はわざと目に手を当てて涙ぐむ(嘘泣き)をする。
「そもそも、おかしいんだよ。何で街中に人が操作していない使い魔があるの? 」
「自動AI型清掃ロボと言いなさい」
あまりの時代の格差は、説明してもほとんど理解されない事に苦しむ。
「そのファルツ聖教ってのは他と違うのか? 」
「ファルツ聖教は中立派だよ。でも、今は穏健派と協力して荒れそうになっているこの世界を中和させようとしてるだよ」
サラシャは賢夜の前に立ち、後ろ歩きをしながら教師が生徒に教えるかの様に力説する。
途中で人にぶつかりそうになるも、交わしているあたりから何か魔法でも使っているのか、それかただ単にサラシャの第六感的何かが働いているのか良くは分からない。
「まあ何だ、大変なんだなぁ」
サラシャの話はどんどんエスカレートしていき、もう賢夜では良く分からない単語も増えてきた。かと言っても、途中で遮るのも申し訳ないので凍夜は適当に生返事をしてその場をしのぐ事にした。
「むぅ、聞いているの? 賢夜」
「あー、聞いてる聞いてる。大変なんだねー」
「嘘だ! さっきから同じセリフばかりだもん! 」
流石に賢夜の適当な態度に気がついたのか、不満気な表情になる。とは言っても、分からないものはしょうがない。
賢夜はめんどくさそうに辺りを照らす月を眺めるのであった。
ピリリリッリ
「賢夜、何か鳴ってない? 」
「ああ、俺の端末からだな」
ポケットの中からスマホを取り出し耳に当てる。
「はい、もしもし」
「賢夜、仕事だ」
その声を聞いた途端に賢夜は顔をしかめる。
「嫌だ」
「ちょっ、頼むって! 」
「俺って忙しいだろ? 」
「お前、今夏休みだろ」
だから何ですか? 夏休みという期間は学生にとっては最重要的に忙しい(自分の事で)。
家という快適な空間で朝早くから学校という悪魔的機関に追われるという焦りもなく、自分の思うがままに過ごせるのだ。
「ちっ」
「図星を突かれたからって舌打ちは無いでしょうに。泣いちゃうよ? 良い歳したおじさんが偉いさんのいる前で泣いちゃうよ? 」
実際に泣きそうな声が端末から聞こえてくる。いつもは政府の誰かが賢夜に電話をかけてくる。その場合は比較的に賢夜からして見ても安全な任務ばかりだ。しかし、今回の様に総理大臣みずから電話をかけてくる場合には大抵嫌な事ばかり降りかかるのだ。今すぐにでも電話を切りたい衝動に駆られる。
「任務ランクは何だ」
「SSランク」
「じゃあな」
「ちょっ、ほんと待ってく……」
賢夜は素早く電話を切り電源を落とす。
「賢夜? どうしたの」
サラシャは賢夜の不機嫌な顔を見たのだろうか、心配そうに首を傾げる。賢夜は今あった事は忘れようと、可愛い小動物の頭をよしよしと撫でる。
しかし、ふと端末を仕舞ったポケットの中から起動音が鳴り響き、先ほどと同じメロディーが静かな夜に鳴り響く。
賢夜は嫌な予感をしながら電話に出る。
「ちょっと! 酷いじゃないか、急に切るなんて」
「電源を切ったはずだが」
「そこはほら、ちょちょいのちょいっとね」
つまりは権力を使って通信局か何かに強制起動させられたという事だ。
「SSランクって思いっきり面倒事じゃねぇか! 」
「分かってるよ! お前が嫌がる事も分かってたよ! でも国王様と王女様がどうしてもって言うんだよ。お前も分かってるだろ! 」
「あー」
賢夜はようやく総理大臣が言っている事が理解出来た。
以前にイギリス王国に任務で行った事があった。
式典のパレードの護衛という事でだ。
ジェット機で向い、護衛対象の王族の方々との顔を合わせる際に賢夜よりも4つは小さい女の子がそこに居た。
式典まで時間があるので、遊んでやれと言われたので賢夜は遊んでいたらこれまた妙に人懐っこかったせいか、賢夜の事を気に入った様だ。
そして式典の際に起こったテロで今にも撃たれそうな状況で賢夜が動き、被害はゼロの状態で収まった。
その際に、どうやらその女の子は賢夜の事を王子様か何かと勘違いしたのだろうか。任務が終わって帰国しようとした際にも泣いて離れようとしなかった。
しびれを切らした国王と賢夜は護衛の際はまた呼ぶとの事で手を打ったのだ。
また別の時には、賢夜が他の任務に就いていたとの事もあって護衛が別の人に変わった事があった。
なぜ賢夜が来ないのだと怒った王女様は、自ら日本までやって来て連日大ニュースに取り上げられた。
「はぁ、行かないといけないのかな」
「お前が行かなかったらどうなるか分かってるだろう」
「分かった。任務の内容は? 」
「国王の誕生祭でパレードが行われる。お前にはあそこについて欲しい」
そこで賢夜は疑問に首を傾げた。
「以前はAランク任務だったはずだぞ」
「内密だが、脅迫状が届いたんだよ。国王を殺すだとさ。向こうもお前を呼ぶために必死だぞ」
ここまで焦っている総理大臣も久しぶりだ。それにしても年に一度あるとは言え、時間が経つのは早いと思う。
「ちょっと待て」
一旦電話を置いて、サラシャの方を向く。
「サラシャ、お前は一人で生活出来るか?」
「無理なんだよ」
「パスポートって分かるか?」
「美味しいもの?」
賢夜はサラシャの答えを聞いて、電話を再び耳に当てる。
「条件がある」
「何だ? 出来る限りの事はするぞ!」
それを聞いた賢夜はよし、と頷き要件を口にする。
「実は今うちに密入国の居候がいるんだけど、国籍とパスポート作ってくれない? あと、住民票とか保険証とか必要なの全部」
「はぁ!? え、おまっ、はぁ!? どっかのテロリストか? 」
「いや、可愛らしい女の子だよ。魔法の国から来たんだよ。イギリス国籍の日本在住とでもしてくれ。そういうの得意だろ? 」
「はぁ、分かったよ。ただし仕事はキチンとやって貰う。明後日に迎えを出す。速達で政府宛にその子の証明写真を送ってくれ」
「分かった」
賢夜は電話を切ってフゥと肩をすくめる。
「賢夜、どうしたの? 」
「悪いんだけど、明後日からチョットここを離れるけど良いか? 」
「うん! 賢夜について行くよ! 」
サラシャの了解も取れた事だし、賢夜はそのまま家に帰って明日の準備をする事に決めた。
「ただいまー! 」
「いや、うん。本当に馴染んでるよな。今日の昼に会ったばかりなのに」
「時間と親密度はノットイコールなんだよ」
靴を脱ぎ捨てて、早々と部屋の中に入って行く。賢夜もサラシャの靴を揃えてから自分のうちに入る。
「そんじゃあ、先に風呂は入れ。着替えは…あるのか? 」
「ないよ? 」
「下着は? 」
「女の子にそんな事は聞いてはいけません」
寝巻きはジャージを貸せばいいが、下着ぐらいは持参してほしい。
「おっふろ♪ 3日ぶりのおっふろ♪ 」
「早く体を洗ってこい! 」
それを聞いた賢夜はサラシャを洗面所に蹴り入れて、扉を閉める。そこまで気にしていなかったが、サラシャは2日もあのダンボールの中に入っていると言っていた。
それも夏の暑い中だ。汗も相当かいているはずなのに、元気にスキップをしていたから全く気がつかなかったと賢夜は失態を反省する。
(しかし、なぜだろうな。女の子と一つ屋根の下なのに全く気の高ぶりが皆無だ)
金髪美少女、普通ならばベランダに出て喜びの雄叫びを上げるほどのイベントである。男ならば誰でも一度は夢見るシチュエーション。しかし、賢夜はサラシャの残念な部分を全て見てしまったためだろうか冷静沈着な態度を取っている。
(どうする、今から下着を買いに行くか? コンビニにならあるはずだ。何か確固たる理由があって女性物の下着を買うなら問題ない。いや、あったとしても俺にはそんな事は出来ない。妹に頼むか? ダメだ、サラシャの存在が知れただけで何をされるか分からな)
「賢夜、何をしているの? 」
いつの間にか自分がグルグルと部屋の中央を軸に円を描いて歩き廻っていた事に気がつく。
サラシャは濡れた髪をバスタオルで覆いながら出てきた。
「うん、深く考えるのは止めよう」
「それにしても、あれだね。この世界のお風呂はハイテクだね」
「何か違うのか? 」
「うん、私は大っきな…いや違った。一般的にはお湯で体を拭くくらいだからね」
サラシャは何か言いかけたが、全力で手をブンブン振って、何か違ったと主張しようとする。首を横に振っているせいで、髪から女性のいい匂いが漂ってきた。
「もう一度聞くが、本当に手荷物は無いんだな? 」
「あれしか持ってないんだよ」
サラシャは折りたたまれた初期装備プラスひのきの棒(杖)を指差す。
「明日、買い物に行くぞ」
「お買い物! やったー」
賢夜は極力、荷物は持ちたくない主義である。なので遠出をする際は現地調達で済ましているので、基本的にはどこへ行こうとも手ぶらなのである。
しかし、サラシャは腐っても女の子。何かしら必要だろう。