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003
熱く熱せられたアスファルトの上を賢夜は急ぎ足で自分が住むマンションへ向かった。
その 賢夜の隣には一人の少女。いや、魔法少女である。周りの視線を気にしながら羞恥に身を焦がした。
そして、現在。
少女と賢夜は4人がけのテーブルに対面式で座っている。賢夜は膝をテーブルにつき、ついた手に顎を乗せ少女の様を観察している。
対して、少女の目の前には先ほど賢夜がスーパーで買ってきたトンカツ弁当があり、ナイフとフォークを器用に使いながら口いっぱいに食べ物を頬張る。
「なぁ、お前は何なんだ? 」
賢夜は出会った時から気になっていた質問を少女へぶつける。
それに対しての答えは、
「ハムハム、んー!凄く美味しいよ! こんなまともな料理を食べたのは久々。ああ、素晴らしいね。んー! お肉だよ。こんなに食べられるなんて凄い! こんなにも美味しいのに、宗教がどうやらくそったれだね、ハムハム」
無視。
完全なる無視である。賢夜の質問は全く耳に入っておらず、目の前の食事に夢中な状態なのである。
「なあ、聞いて…」
「お水のお代わり! 」
賢夜の質問を遮り、少女は自分の欲求を満たすことを優先する。
いつまでも自分の一向に聞かない少女に、ムッとした表情で冷蔵庫の中から飲みかけの二リットルのペットボトルごと机の上に置く。
その際に、ドンッと少し机を揺らす音が聞こえた事から賢夜の苛立ちが見て取れる。
「んー? 出ない。どうすれば出るの? 」
少女はペットボトルを両手に持ち、水が出てくる場所を探している。
賢夜は仕方なく、ペットボトルのキャップを外して空になった少女のグラスに注ぎ込む。
少女は満足そうに、両手で持ったグラスの中の水をコクコクと喉に通す。
ここで、賢夜は少女について振り返ってみた。
この水上学園都市は世界の最先端をつぎ込み、人工的に造られた都市。その目的は開花された能力の試験運用のためである。集められた学生たちが自分に宿った超能力を開花させ自慢するかの如く見せびらかしていた時期があったのだ。
それは正しく魔法少女の如くだ。女生徒はアニメのコスプレなどの衣装に着替えて、そのシーンを再現する。男子生徒は厨二病的描写を発揮できる事に喜び、己の内に秘めた欲求を解放するかの様に超能力を使った。
しかし、それは一時的な気の迷い。
すぐさま、警備による鎮圧化と己の羞恥に気がつき、そのブームは終わりを告げた。その時のコスプレ姿が正に目の前にいる少女の格好のそれなのだ。
賢夜はまだ生き残りがいたのかと思ったがその考えは間違いだとすぐさま感づく。
この水上学園都市はこれからの世界の在りようを見定めるために設立された都市であり、その試験稼働として世界でまだ日本しかDNAの開花は行われていない。無論、元からいた日本に在住する外国人はその対象である。
しかし、目の前にいる少女からは何というか『学園都市』に全く馴染んでいない、そんな雰囲気を醸し出しているのだ。
まず、少女を見つけた時点からおかしいと賢夜は違和感に駆られていた。賢夜が通った公園は日中には親子の遊び場として多くの人が集まる。
その中でダンボールに入った目立つ格好の少女、言ってしまえば不審者を見逃すはずがない。見て見ぬふりをしたとしても、この都市の風紀や犯罪を未然に防ぐための組織、総生徒会や警備員に連絡をするはずだ。
しかし、周りの人たちにその気配はないどころか少女の存在にすら気がつかない様にも見えた。
極め付けは、水上学園都市の出来る前からあるはずのペットボトルキャップの開け方すら分からないという事だ。
「プハッー、美味しかったよ」
「そりゃ良かったな、それで君についてなんだが」
そこで、少女は忘れた事を思い出すかの様に手をパンッと合わせる。
「そうだ! 自己紹介がまだだったよ。私はサラシャって言うんだよ」
「はい! おもくそ外国人じゃねぇか」
「外国人? 私は魔法使いだよ」
「コスプレの? 」
「さっきから何を言っているの? 」
一時期流行った自身の格好の事も何のことやらと言った表情で首を傾げる。
賢夜はここで、自身とサラシャと言う人物の会話が成り立ってないと理解した。
「つまりあれか? お前は本当の魔法使いとでも言いたいのか」
「お前じゃなくてサラシャ! 」
サラシャは賢夜にお前と呼ばれた事が気に食わなかったのか、頬を膨らまして抗議する。賢夜からしてみれば、どうでもいい事である。しかし、目の前にいる少女から発せられる表情から、これ以上自分が何かを言えば面倒になると判断し、頭をポリポリ掻きながら少女の意に従う事にする。
「で、サラシャ。何でお前はダンボールの中に入っていたんだ? 」
「探し物をしていたからだよ」
「その探し物は見つかったのか? 」
賢夜の問いに、サラシャは首を縦に振る。どうやら、少女の目的はすでに達成されていたようだ。今日の占いから面倒ごとに巻き込まれるであろう予想をしていた賢夜はホッと胸を撫で下ろす。
「それじゃあ、ここに居る必要はないな。じゃあな、親御さんに迷惑を掛けるなよ」
名残惜しさのカケラもなく、賢夜は出て行けと玄関の方を指差す。
しかし、サラシャは一向に動こうとしない。
「どうした? 」
微動だにしないサラシャに疑問を抱き、賢夜は心配し声をかける。
その返答として、サラシャは賢夜に指を指した。
「あなた。あなたが私の探していたもの」
「は? 」
全く意味不明な解答をされた凍夜はあっけに取られて、間抜けな声を出す。
探し物という代わりには、一度は面識があるもののはずだ。しかし、この少女と賢夜は先ほど出会ったばかり。賢夜は自身の記憶を振り返ってみるが、こんな変な格好の知り合いは一人としていない。
「何で俺なのよ」
「この世界にいる適正者を探していたからなんだよ」
「適正者? 何のことだ」
「あなたはこの世界は表には裏がある事を知っている? 私たちからすればあなたたちが裏、あなたたちからすれば私たちかは裏の存在かな? 」
「待て待て待て、全く意味が分からない事を言うな」
いきなり現実とはかけ離れ過ぎた発言に、思わず凍夜はストップをかける。
サラシャは何でこんな事も理解できないの? と言った表情を賢夜に向けるが、そんな事に構っているほど賢夜には余裕がなかった。
「そっか。何も知らなければ分かってもらえないね。それじゃあ、一から話すよ」
サラシャが言うには、
この世界は表と裏に分かれている。コインの表と裏の様に、二つの世界は普通は交わることはあり得ない。
しかし、サラシャの世界の住人がこの世界に干渉する方法を見つけて数年前からこちらの世界に住み込んでいるとの事だ。その住人たちも色々な団体に分かれており、この世界で闘争が起こりそうになっている。それを防ぐために、サラシャはこちらの世界の住人に協力を求めていると。
「そして、サラシャの世界の住人は魔法使いがいる世界だと」
「私は見習いだから魔法使い。他にも魔術師や魔導師なんかもいるんだよ」
サラシャはようやく理解した賢夜に満足する。自身の事もだが、サラシャの世界にはまだまだ強い人がいる事を自慢げにしたいのだろうか、手を腰に当てて胸を張る。
唯一残念な事が、この体勢で強調されるはずの女生徒特有のもの。即ち胸が残念な程までにないと言う事だろうか。悲しい現実からも、まだ可能性は残っていると賢夜は応援するのであった。
そして、賢夜は一つの結論に至る。
「分かった。俺が言いたい事は一つだ」
「なになに? 」
自身の協力をしてくれることを確信したサラシャは期待のこもった目で賢夜の返答を待つ。
「厨二病も大概にしろ! 俺も痛い奴の知り合いだと思われるだろ。帰れ! 」
「ムカー! ちゅうにびょうってもはよく分からないけど、とてもバカにされた気分だよ! 」
そのセリフが数年前、総理大臣と賢夜が出会う前ならば世界も、そして賢夜自身も驚いていただろう。なにせ、自身の一人しかその天文学的現象を起こす事が出来ないのだから。
しかし、ここは超能力者が集う水上学園都市。
魔法の様な怪奇的現象を語る痛い人物が出ようとも『へー、そうなんだ凄いねー(棒)』の一言で片付いてしまう。むしろ自身の弱さをアピールする事になり、哀れみの視線を向けられるだけであろう。
信じていた事を裏切られたサラシャは頬を膨らまし示談馬を踏む。そのまま、ポカポカとと凍夜の胸を何度も叩く様は取り上げられたおもちゃをねだる子猫を連想させるのだ。
「なら、実力行使で信じさせてやるだけだもん! 」
サラシャはキッチンの隅に置かれているテーブルから離れ、30畳はあるであろうリビングの中央へ移動する。そして、賢夜の方へ手をかざす。
その様はまさに厨二病患者が行うポーズそのものなので賢夜は温かい目でサラシャを見るが、ふと違和感に気がついた。先ほどの食事の際に使用していたナイフだけが無いのだ。
そして、目の前には賢夜を貫かんと刃を向けたナイフが空中に浮いている。
「ふふ、驚きましたか? このまま、あなたを刺しても良いんだけど寛大な私は二つの選択肢を上げます。一つ、私に謝って信じる事。二つ、私に地獄を見せられて信じさせられる事。さあ、選んでいいんだよ」
得意げな表情でサラシャは凍夜を見据える。その表情は勝ったも同然と言う顔である。
『サイコキネシス』
すなわちは念道力である。サイコキネシスには精神干渉型と物体干渉型の二つの形が主にある。サラシャが出したのは後者である。
「はぁ、俺が選択するのは3番だ」
瞬間、部屋にあるハサミ、包丁、カッター、コンパス、ありとあらゆる鋭利な物が動き出しサラシャを四方八方へ逃げられない様に囲みこむ。無論その中には際ほど賢夜に向けて放ったナイフも含まれている。
「ふぇ?」
バカらしく気の抜けた声が口から出ると同時に地べたのフローリングへ座り込むサラシャ。
自身のした事に懲りたのであろう。そう判断した賢夜は使用したナイフは流し台へ、他は元あった場所へ念道力で戻す。
「もう懲りたか?」
「い、今のは油断しただけだよ!」
そう言い放ち、サラシャは懐から杖を出す。
「燃え盛る火よ、赤き紅蓮の炎よ、我が灯火として道を照らさん。紅蓮の重罰! 」
放たれたのは紅い炎。それがばつ印を描きながら凍夜に迫ってくる。それを喰らえば生身の人間はすぐに炭となる事は見て取れる。
「アホか! 室内での火気厳禁すら習わなかったのか! 」
その炎を飲み込む水の塊が炎を鎮火させた。無論凍夜の超能力により放たれた物だ。凍夜の素早い判断により、火災警報器がなる暇さえなかった。その点は良しとしよう。
しかし問題点はビショビショになったフローリング。そして、夏ということもあってローブの下は薄着だったサラシャの肌が張り付いて見事に下着が透き通ったエロスな姿へ遠望した事であった。
自身のあられもない姿に気がついたサラシャの顔はみるみるうちにゆでダコの様に赤く染まっていく。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
悲痛な叫びが大きな部屋中に広がるのであった。