011
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賢夜たちは情報屋から出た後に列車へ乗りコヴェントリーへと向かっていた。コヴェントリーはイギリス屈指の犯罪が多い街でチンピラや闇組織が多くある。
ある意味、想像通りと言うべき場所に敵の本拠地があった事に肩を透かす隊員たち。
「あー、今日は寝れないっすね。サクッと片付けて寝るつもりだったんっすけど」
「なら帰るか?いや、むしろ帰れ」
「ひどっ!そんなこと言わないで下さいよ、隊長」
時間はすでに深夜2時を回っている。良い子はすでに寝ている時間であり、ちょっと悪い子でも外に出れば何が起こるか分からないので家からは出ない時間帯だ。
ましてや賢夜たちがいるのは治安が悪すぎる危険区域、普通の市民など外に出るはずがない。
しかし、賢夜たちが歩いている通りは人が賑わっており、各場所で売り物などが販売されている。売り物とは言っても、野菜や果物などではなく一目見ればヤバそうな白い粉や見たことのないハーブやらが売られている。
道の隅では刺青をした若者が何人も集まっておりタバコを片手に酒を飲んで騒いでいた。
道端にはタバコの吸い殻がこれでもかと言うほどに落ちており、壁には落書きなどが書かれている。
夏場という面でもあり、上半身裸の男やタンクトップ姿の男、腕には無駄に派手な装飾を施されたアクセサリーなど凍夜たちからして見れば悪趣味と言わざる得ない格好の人物たちが多い。
周りからは自分たちが明らかに異物感を放っていると視線を向けられる。
賢夜の格好はジーパンに無地のシャツに羽織りもの、ザックは動きやすいジャージ姿だ。問題はロウとレイだが、2人は何故だか黒スーツを着ていた。レイの方はいわゆるレディーススーツだが、長袖長ズボンと夏の日中には暑苦しそうな服装だ。更にロウの短髪はワックスでオールバックに掻き上げられ、グラサンを装着している。明らかに1人だけマフィアとかヤクザに部類される人物がいる。
「それにしてもここまで無法地帯になっているとは思わなかったな」
「仕方ありませんよ、隊長。ここは市街から離れたスラムなんです。これが普通と捉えたほうが良いかと」
「なるほど、勉強になる」
「たいちょうは〜、私が守ってあげますね〜。いざという時はおねぇちゃんと逃げようね」
ポケットに手を突っ込み先頭を歩いている凍夜の右腕に柔らかく弾力のある感触が伝わる。横には後ろを歩いていたレイがいつのまにか凍夜の腕にしがみついて体を寄せて歩いている状態であった。
側から見れば恋人同士のように見えるが、場所が場所なだけに向けられる視線が一層増えた。
「レイ、離れてくれないか」
「えぇー、たいちょーは私とイチャイチャしたくないんですかー?」
「只でさえ目立っているんだから、面倒ごとが起き……」
もう嫌な予感しかしない中で凍夜はめんどくさそうに呟こうとした。それがフラグを立てたのか、いつのまにか自分たちの周りには十数人の若者たちがバットやらメリケンやらの武器を持って賢夜たちの周りを囲んでいた。
やりやがったな、この野郎とレイを睨みつけ用としたがレイの視線だけは真面目に賢夜の目を見ていた。
(なるほど、あえて被害者になって襲ってきた奴らから情報を探るということか)
情報屋から得た情報は確かなものだが、提供されたものはザックリとした場所だ。正確な番地までは分からなかった。
ひとまず見て回ろうかと思っていたが、確かに物理的交渉から場所を探るほうが圧倒的に楽だ。
「おいコラ。てめぇーら、他所から来たな? 俺らの島で調子乗ってんじゃねぇよ。覚悟は出来てんだよだろうな」
声をかけて来たのは額に傷のある男だ。耳には大量のピアスが開けられており、唇にも二ヶ所のリングピアスを付けている。手には鉄パイプが握られており、鍛えられたかのような体が目立つ。
「あぁん?てめぇーら、誰に声かけてんのか分かってんのか、ゴラァ!てめぇら小物がしゃしゃり出てきていい訳ねぇだよ。ファック!仮にてめぇら全員で襲って来てもデコピン一つだよ」
売り言葉に買い言葉をしたのはザックであった。腰を低くし、ガニ股歩きで男の方へ近づき、これでもかと言う暴言を吐く。
常備していたであろうブルーベリーガムをクチャクチャと音を立てながらガンを飛ばすザックは、この場の誰よりもチンピラだった。
ロウは呆れた表情をし、レイは賢夜の腕から離れて腕を抱いて若干ドン引きをしている。
「んだとッ!このくそアメリカ人が!」
「いいか?お前らクズなんて敵じゃねぇんだよ。俺らの邪魔すんならブチ殺すぞ」
「上等だ、その喧嘩買ってやるよ。後悔しても知らねぇからな」
「ははっ、弱い犬ほどよく吠えるとは言うが正にこの事だな。と言うわけでやっちゃって下さい、隊長」
「「「お前がやらんのかい!」」」
清々しいまでの手のひら返しをされた事に賢夜たちのツッコミが重なる。まさか
自分から啖呵を切っておきながら、後の始末は他に任せるとは流石の凍夜たちも思わなかった。
チンピラたちも一瞬、理解が追いつかなかったのか手に持つ武器を硬直させてザックを見ていた。
「へへっ、調子に乗ってやがんのは本当のようだな。良いぜ、有り金とそこの女を置いていけば見逃してやる」
自分たちが優勢にある事を判断したチンピラたちはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて近づく。
レナは顔を青くして賢夜の後ろへと下がる。彼女は軍で訓練を受けている故にこの程度の相手では遅れを取るなど考えられない。それでも近づきたくないのは丸裸に曝け出している男の下心に嫌悪感を抱いているからだ。
「はぁー、ロウ」
「はい」
「こいつらを無力化しろ。骨の数本程度なら大したことはないだろう」
「了解です」
軽く目配せをした途端に、
「ガフッ!」
ロウの姿は側から消え、1人のチンピラの鳩尾に拳がめり込んでいた。拳を回転させ薄いタンクトップにねじれたシワが浮かび上がる。男は目に焦点を合わせることができずに口から情けなくもヨダレを垂らしながらうずくまり嗚咽を漏らしながら必死に打たれた鳩尾を両手でかばう。
そのまま右足を軸に左足を別の男の胸部へ直線上に蹴り込む。吹き飛んだ先の古びた木製の椅子は衝撃で無残に壊れ、男は白目をむいて倒れ込んだ。
「この野郎!」
金属バットを持った男が次に襲いかかり、ロウの頭へめがけて振り下ろす。しかし、2メートルの巨体の頭部へ当てようとすると、どうしてもバットを上段から叩き込まなければならない為に大振りになる。
ロウはその瞬発力を生かして懐に忍び込みバットの持ち手を掴み、空いた片手で服の襟部分を持ち上げて一本背負いをする。宙に浮かんだ男は視界を一回転させながら身体を打ち付け肺から空気を漏らす。うまく受け身を取らなかったのと、最後までロウが腕を離さなかったために男の右肩と右手首からゴキッと関節が外れる音が鳴り響き渡り、男は死んだ魚のように身体を痙攣させる。
チンピラたちのガタイは良く、自前で鍛えられた筋肉は賞賛に値するが軍の戦闘訓練を受けた相手となると武器を持とうが力任せになろうが相手になるはずもない。縄張りで踏ん反り返っている野生の猫と訓練された狼とでは勝負にすらならない
「話にならんな」
「調子に乗りやがって!」
カッとなった鉄パイプを持った2人はその塊を左右からロウへと振りかざす。
生身の人間が直に受ければ骨折は免れない勢いで振り下ろされるが、ロウは自身の動体視力を生かし、左右の手でパイプの先端を掴み取り逆の先端部分を2人の男の腹部へ突きつけ持ち上げた。
1人70キログラムはありそうな体重を道具越しに持ち上げたその姿は異様極まりない。凍夜たちですら、そのアニメでしか見たことのないシーンを実行に移す姿を引き気味に眺めていた。
「あいつってこんなに強かったっけ?能力無しで完全に常識はずれのことをしてるぞ」
「アハハッ、能力無しでもぶっちぎりで頭のおかしいレベルの隊長にそんな事を言われるなんて心外っすよ」
「…………いや、俺は普通だ」
その言葉に多少の心当たりがある凍夜はザックの発言に黙り込む。頭のおかしいレベルと言われて賢夜の頭の中によぎった相手が1人いる。自身の師匠でもあり、人間国宝とされている人外中の人外。嘘か真かはさておき……
老師と呼ばれているあの人と比較するのならば自分は普通の部類に入ると断言できる。
「こいつら程度なら能力を使うまでもないっすよ。やっぱり、あれっすかねー、今の時代は能力持ったもん勝ちっていうかー。隊長もバンバン使っちゃえばいいのに」
「俺は超能力ってのが嫌いなんだよ」
「ザック、能力ばかりに頼っていてはいつか足元をすくわれますよ」
「そういうレナさんだって空間転移とかバンバン使ってんじゃん」
「それは……」
「まぁ、レナの転移は便利だから仕方ないだろう。それはそうと……」
賢夜は目の前で行われている戦闘もとい蹂躙を眺める。
チンピラたちの人数は確実に減って、残りも半数と言ったところ……このままなら数分も待たずしてロウが殲滅するだろうと推測を立てる。
そんな中、パアンッと甲高い銃声音が風通しの悪い空間に鳴り響く。微かな硝煙の臭いが凍夜の鼻孔をくすぐった。それに釣られて何発もの銃声が一点へと放たれる。
「へへっ、バケモンが。お前がどんだけ強かろうが意味はねぇんだよ!ここがスラムだったことを後悔しやがれ!」
賢夜たちが無駄話をしている間に四方から放たれた銃弾は音速を超えてロウの身体へと着弾、
着用していたスーツには所々に撃たれた痕跡の穴が空いている。そんな中数秒が経過し、チンピラたちは違和感を持った……いや、持たざる得なかった。撃ったはずの標的が立ったまま微動だにしない、それどころか呻き声一つあげない事に。
聞こえてきたのは床のタイルに落とされる鉛玉の落下音、
「貴様ら、それを使った代わりには理解しているであろうな?」
「ひ、ひぃ!」
「な、なんで死んでねぇんだよ!」
ロウは音もなくチンピラたちの方を睨みつけ眉間にしわを寄せる。目は大きく見開かれ男たちを見下ろす。
ロウの能力は如何なる攻撃をも防ぐ物、例えそれが対物ライフルであろうと皮膚を貫通することはない。物理系統の攻撃は一切受け付けない最強の盾。それこそが世界が誇る対能力者最強部隊、通称、国際特殊能力対策部隊の一枚岩として席を置く人物の力だ。
「終わったな」
「終わったっすね」
「終わりましたね」
眺めていた3人はそれぞれ同じ感想を述べる。
基本的に大らかな性格の持ち主のロウであるが相手が許容の範囲を超えた時その本性を露わにする。
咆哮、
この表現が最も正しいだろう。
まるで怪獣が放ったかのような衝撃がスラムの一角を襲う。賢夜たちは両手を防音材として使い、ロウの放った咆哮を防ぐ。しかし、間近でそれに襲われた男たちは腰を抜かし夜の空気に冷やされた地面にへたり込む。
ロウ、すなわち狼。もう既に男たちの戦意はカケラもなく、只々目の前にいる捕食者から視線を外せないウサギと成り果てていた。ロウは手の関節をバキバキと鳴らし一歩一歩ゆっくり男たちへ迫る。
「そこまでだ、ロウ。もう十分だろう」
「……はい、隊長がそう仰るなら」
流石にやり過ぎ感を持った凍夜は十分だと判断し声をかける。
「いやぁ、お前やるじゃん!俺といい勝負するかもよ??」
「はぁ、ザック……何で俺がお前と戦わなくてはならんのだ」
軽口を叩き、先頭を終えたロウの横に立ち、肩に腕を回したザックの腕を払いのけてロウはグラサンをかけ直す。
「隊長、どうします?」
「そうだな、さてお前たち。俺たちに手を出そうとした代わりには相応の対価を払ってもらう」
「な、何でもする!だから助けてくれ!」
「よろしい、さて本題に入ろうか」