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薄暗い部屋に数個の灯火が揺らめく。
賢夜は先ほどのチンピラたちと隊員たちを同時に転移をさせた。
「残念だわ、もっと楽しめるかと思ったのに」
「悪いが、それは後日に取っておいてくれ」
シャルロットは楽しみにしていたデートを急に打ち切られた事により、普段げな声を上げる。頬を膨らましワザと不機嫌な様子を出す。
「それよりもだ、シャル。悪いが頼めるか」
「えー、どうしようかしら。困ったわねぇ」
シャルロットは何かを欲する口調で凍夜の言葉に間を置く。
「何が欲しいんだ」
「あなた」
細い指先が凍夜の頬に触れ、お互いが見つめ合う距離に近づく。
間髪入れずの言葉に思わず凍夜は言葉を紡いでしまう。瞳を見れば面白半分だという事も分かるが、本心もそこに記されている。
外野からは黄色い悲鳴や隊長隊長とうるさい声が聞こえてくる。
「……それ以外で」
「そうね…………ふふっ、良い事を思い付いたわ」
「何だよ」
今度はどんな悪巧を考えたのか、自身の唇に舌を這わせていたずらじみた顔をする。本人は自覚していないのだろうが、その妖艶な表情は男を無自覚に引き寄せているのだろうか。
「それは秘密よ。いいわ、今回は無利子で手を貸してあげる」
「助かる」
「じゃあ、取り敢えずよろしくね。無理だったら私が強制的に話させるわ」
シャルロットは1人のチンピラたちの前に立つ。先ほどのリーダーだった男だ。男は突然の事態に動揺が隠せない。周りには英国の兵士もいるのだ。重火器を向けられて薄暗い部屋に入れば、何が起きるか分からずとも自身に何か危機に迫る事が起きるとは理解できる。
「な、なんだよ!俺が何したって言うんだよ」
顔を蒼白にさせた男は歯を鳴らして恐怖に染まる。
「一つ聞く。お前が先ほど言った祭り(・・)とは何だ?」
「そ、そんなの国王誕生祭に決まってるだろ!違うって言うのかよ!」
「いや、合っている。では、お前……いや、お前たち(・・・・)は祭りで何をするつもりだ?」
「……それは」
賢夜は確信に変わる質問をする。そして男の一瞬の間があった。
「シャル、任せた」
「分かったわ」
シャルロットは男の前に立ち、腰を屈めて同じ目線に合わせる。男の体がビクリと痙攣し、力の入っていた腕は地面に落ちて脱力した。
「質問するわ。あなたは誕生祭で何をしようとしたの?」
「……パレードを……魔法を使って混乱させる……」
その言葉に部屋にいた全員が顔をしかめる。
「あなたはどこの組織に属しているの?」
「知らない」
「……なぜ誕生祭を襲うの?」
「襲えと言われたから。大金を貰った」
「誰に?」
「黒服の東洋人」
「その人たちの場所は分かる?」
「ダウンストリート……地下商売近く」
「分かった、ありがとう」
シャルロットが男の頭に手を添えると、男の意識は闇の底に沈んでいった。側にいた兵士は用済みになった男を担いで部屋から出て行く。残った賢夜たちはそれぞれの側にある椅子に座る。
「ありがとう、シャル」
「どういたしまして」
「隊長、どうするんっすか」
ザックが挙手し質問を投げかけた。さて、どうしたものかと賢夜を含めた他の隊員たちも考える。相手は間違いなくウロボロス。しかし、よりにもよって一般市民の能力者まで手の内に招いているとは厄介極まりない。敵の武装集団ならば対処可能だが、一般人ならば判別もつかない。ましてや能力者だ、重火器などを持ち込まずとも民衆を容易く傷つけられるだろう。
「……シェイ、誕生祭までの時間は?」
「4日と15時間4分18秒です。十二分に時間はあります」
「……よし、起こる問題は事前に防ぐ。どうせだ、イギリス支部ごと潰すとしようか」
「ヒュー!流石は隊長、言う事が違いますねぇ!テンション上がって来ましたよ」
ダウンストリートはマンチェスターにある地下都市、ロンドンから列車で数時間程度の時間がかかる。
ヤクザからチンピラまで多種多様な連中が住まう無放地帯。無論、違法取引も行われている。そこが拠点ならば、一掃した方が国としても助かると判断したのだろう。
ハイテンションに口笛を鳴らすザックに静かに立ち上がり拳をぶつけ合うロウ。指をパキパキと鳴らすレイ。他の隊員たちもやる気は十分である。
「しかし、ボス。それだけの事を行うには時間がかかるかと思います」
「あぁ、だろうな。シェイは政府に連絡してくれ。レイは陸軍に通達を、ウロボロスイギリス支部の場所が分かったと伝えてくれ。他の者は待機ということでいいかな?」
かと言って、無限と夢幻自体を葬るというわけにはいかない、あくまで倒すのは支部である。
やはり、大きな事態なだけあって凍夜たちだけで勝手に行動するわけにはいかない。中心部から枝状に分かれたそれを全て処理するには大きな人員が必要。
心当たりがあるとすれば、陸軍大将であるデビットだ。彼の人望は厚く、多くの兵士や国民からも愛されている。彼を通せば政府との交渉も容易とまでは行かないものの、ある程度の過程は省ける。
「……ボス、政府との連絡がつきました」
「えらく早いな」
「対策本部を立ち上げるそうなので、明朝に出頭せよとの連絡です」
その言葉に思わず舌打ちをしたくなる。肘をつき大きなため息を吐く。やはり、独断では行動できない事だろう。いちいち対策だの相談だののムダな時間を費やしたくないのが本音だ。しかし、賢夜という存在を動かすための条約もある。それを無視するわけにはいかない。
「了解した。明朝出頭する」
「承知しました。そう伝えさせて頂きます」
シェイはそう告げてパソコンを閉じる。恐らくは自室へ帰ったのだろう。現時刻は日を跨ぐ直前だ。朝早くからの行動に支障があってはならない。
「ちぇー、今から行けると思ったのに」
「口を慎め、ザック。どうせ明日には暴れられるだろう」
「だな。さーて、隊長!俺らは部屋に戻りますからー!」
「あぁ、じゃあな」
これ以上は問答する必要もない。
今日に何かが起きるわけでもない故に兵士たちも体を休める必要がある。
携帯端末を開けてメールが1通も入っていないという事は、彼女たちは彼女たちなりに満足して楽しんでいるのだろう。不安要素であった少女の所在も安定している。あとの不確定要素。
「シャル、もう遅い時間帯だから寝た方が良いんじゃないか?」
「あら、それを言うならば、あなたの方が休むべきでしょう。明日には大活躍するはずなのだから」
「お見通しというわけか。本当に抜け目のない女だな」
凍夜は口元を片手で軽く覆い隠す。しかし、その隙間からは隠すに隠しきれていない笑みが浮かび上がっていた。
「少し外に出てくる」
「行ってらっしゃい。お土産を楽しみにしてるわ」
そう告げるとシャルロットは安心したかの様に扉を開けて出て行った。
(さて、行くか)
まぶたを数秒閉じ、己が出来る最善の選択をトレースする。脳裏に浮かんだ内容はさほど効率が良いものではないが、確実に遂行する事に関しては問題ない。
賢夜は椅子から立ち上がり、ゆっくりとした歩調で扉をあけて出る。夜分なだけあって見回りの兵士たちも少ない。毅然とした態度を取り、宮殿の出口がある方向へ向かう。
「たいちょー、どこに行くんっすか?」
「ザック……」
「隊長ちゃんだけズルいよ」
「俺たちも同行します」
門の前に立っていた陰、
それは先ほど部屋から出て行った3人、ザック、ロウ、レイであった。小さなカバンと携帯端末を手に今か今かと待ちわびた様子である。
「隊長、ダウンストリートならば俺が詳しいです。奴らのアジトの場所も大体の見当がついています」
「ぶっちゃけ、軍の介入があったら邪魔っしょ?隊長なら間違いなく今日中にある程度は始末するって考えるのは当然っすよ!」
「まぁ、いくら言っても意味はないんだろう。なら任せた。俺は極力はサポートに回る」
「隊長、まだ力は使えますよね?」
この力とは無論のこと能力を示すだろう。凍夜はメンドくさそうに視線を地に追いやる。
「あぁ、まだ今日の分は小程度しか消費していない」
「正味、隊長は能力を使わなくても強いんっすけどねー。『老師』に怒られるんじゃないっすか?」
「言うな。あの人は関係ない」
凍夜が嫌がると敢えて言ったのだろう。その言葉通り、顔を引きつらせている。
「んじゃ、いくか」
「「「sir」」」
♢♦︎♢
電灯が点滅して暗い大地に光をかすかに灯す。足元の石畳は長年手入れされていないせいか、ひび割れ風化が激しい。
人通りの少ない路地には薄汚れた大型の雑種らしき犬が睡眠を取っている。それと同じく、建物の陰には薄い布地の羽織を体に被せて冷えた夜を過ごしている人物少なくない。
理解はしていたが、想像以上の無法地帯と化している事に不快感を隠せない。居酒屋らしき店は夜遅くだろうと開店している様だ。
「行くか」
賢夜を先頭に4人は劣化した扉に手をかける。金具が錆びていたせいか、開けたと同時に扉が声を上げた。それに気がついた中の客が一斉にこちらを向く。
「ヘイ、ボーイ。ここはガキが来る場所じゃねぇぞ」
「ガキはお家でおねんねしてな、ギャハハ!」
呑んだくれていた何人かの男たちが賢夜たちを見た途端に挑発的言動を発する。特に賢夜なんかは東洋人であるため、欧米の基準よりも若く見られるのだろう。
顔を赤くした男たちのテーブルには何杯もの空になったジョッキグラスが並べられている。かなり酔っている様子が見受けられる。
「カウンターでいいか」
マスターらしき人物が立っているカウンターには4人分の席が空いている。凍夜たちは男たちを無視してその場所に足を進めた。
「おい、クソガキ。無視とは上等じゃねぇか!」
「大人の怖さを教えてやんよ!」
「あん?この腐れ〇〇ども、隊長に声をかけようとは身の程をしれや!ファック!」
無視された事により、沸点という脳内血管が切れた男たちは立ち上がり、凍夜たちの前に立ち塞がった。正面から酒臭さの混じった息が吹きかけられ、思わず鼻を指で摘みたくなる。
それに対してザックが取った行動はあからさまな程に分かりやすい挑発であった。舌を出して、自分の手の甲を相手に向けて人差し指を立てた。
「んだと!このクソガキガァ……調子に乗って……ェェレ?」
ブチ切れた1人の男がザックを殴ろうとした刹那に、空間に一筋の雷光が走った
。それに当たった男はろれつが回らなくなり、体の自由も奪われたせいか、力無くその場に倒れこむ。
「な、何しやがった!」
「さぁ?世にも奇妙な現象が起こったんじゃないっすかね。気をつけるっすよ。酒に酔ってると、突然雷なんかが降って来るかもしれないんで」
静電気により、この場にいる人物たちの髪の毛が逆立つ。部屋には電磁場が流れ、男たちを逃さないように取り囲んでいる。特にザックの周りには雷光が弾け、火花を上げて威嚇をしていた。
「の、能力者!?」
「失せるっす。隊長の機嫌が変わらないうちに」
「ひ、ひぃー!覚えてろよ!」
男たちは千鳥足で倒れた仲間を引き連れて扉から出ていく。
物静かになった酒屋には凍夜たちと全く動じていないマスターの姿しかない。そのもの動じなさには流石に感心せざる得なかった。恐らくは見慣れている、もしくは何かを知っている。何にしても当たりを引いた事に間違いはない。
「ふぅ」
一息つき4人は正面のカウンターに腰掛ける。
「情報が欲しい」
「ここは酒場だ。まずは何か頼め」
「んじゃ、水を4つ。お題はこれで」
賢夜は懐から束ねた紙切れを置く。それにはザックたちも少なからずの動揺を隠せなかった。出されたのは札束、それも100ユーロが50枚はある。
どこからそんな金をと聞かれれば、賢夜は迷わずに行きしのATMで下ろしたと言うだろう。
マスターは何も言わずに、その札束を受け取り、店の風貌とはあまりにも不釣り合いなほどにかけ離れた装飾が施されたグラスに冷えた水を4つ、それぞれの前に置く。
「……何が聞いたい」
「『夢幻と無限』イギリス支部の場所と、国王誕生祭に関する裏の情報」
「……ここの裏路地2番目の角を曲がって4つ目の建物に入りな。合言葉は『我、敵を許そう。我、見方を許さず』だ」
「分かった」
つまりは情報屋が別にあるという事だろう。そこならば迅速に確かな情報を得ることが出来る。ならば先の支出も仕方ない。
賢夜たちはグラスに入った水を飲み干して扉から出る。
「隊長、流石っすねー」
「何がだよ」
「あんな交渉やった事あるんっすか?俺初めて見ましたよ」
「俺も初めてやった」
実際のところ、賢夜もあの場面で何をすれば良いのかは分からなかった。酒場のマスターが何らかの情報を持っている事のみ。
交渉できるカードがあるとすれば、賢夜が生まれてから今まで培った修羅場という経験のみ。今回はそれが当たりを引いた。
「行きましょう、隊長」
「そうだな」
言われた通りの道順を進む。足を止めたのは何の変哲も無い小屋だ。周りの建物と擬態し一見は疑いたくもなるほど。
コンコンッ
扉叩く、しかし反応がない。
「我、敵を許そう。我、見方を許さず」
「え、隊長。本当に大丈夫なんっすか?」
流石に痺れを切らしたザックが心配そうにしている。
凍夜も建物内から物音一つしないことから、本当にこの場所で合っているのか疑念を抱く。
果たしてあの酒場の店主の情報が正しかったのか、嘘であれば払った金額分の落とし前をつけるために目の前の扉を破壊しようかとすら思った。
数秒後、扉の内側からドアノブの鍵が解かれる音が聞こえる。
凍夜たちはお互いに目配せをさせ、必要最低限の警戒心を持ちながら中へと踏み入れる。
「…………ほぅ、随分と面白い客が来たもんじゃ」
2呼吸ほどの間が空き、中から年老いた男性の声が凍夜たちに向けられる。
周りを一暼してみると、部屋の大きさは10畳ほどで腹部ほどの高さの棚が二つ隅にある。真ん中には対面する形で2人がけ用のソファーが二つあり、真ん中には古びた机が一つ。灯りは机の上の簡易電灯一つだけだ。
「お前が情報屋か?」
「うむ、ワシが情報屋じゃ。それはさておき座らんのかね」
老人は自分が座っているソファーとは対面にある場所を指差す。
一応は何かないかと警戒してみるが無さそうだと判断した凍夜はゆっくりと腰を下ろす。
「さて、お主の名を聞かせてもらっても良いかな?」
「ジョン・スミスだ」
何の躊躇もなく賢夜はそう答える。
後ろからはブハァッ!と笑いこらえていた限界を超えたザックが高笑いしている。
凍夜の額には一筋の血管がピクリと動いたが、後ろからドゴッ!と何かを叩きつける音が聞こえたのと、その後からうるさかった高笑いが消えたことから再び賢夜は正面の相手に意識を向ける。
まぁ、笑いの沸点が低いザックが笑い転げたのも理解は出来なくもない。
ジョン・スミスとは英国園ではありふれた名前であり、日本でいうところの山田太郎という認識に近い。
こんな真面目な場で、黒髪黒目の日本人が堂々と嘘を付くなど普通ではない。
かく言う老人も眉をひそめて凍夜を見る。
「お主、ワシを馬鹿にしているのか」
「情報屋に自分の情報を曝け出す趣味はしてないんでね」
「ククッ、その通りじゃ。ここはお主らがワシから情報を得る場。お主らが一切自身の情報を晒して良い場ではない。合格じゃ、何が聞きたい?」
なるほど、と凍夜は深いため息を吐く。どこぞの馬鹿なら自己紹介でもしただろう。個人の名前が分かれば、そこから糸を伝ってその人物が何者なのか調べるなど造作もない。
かく言う賢夜も衛星からの情報やら電磁レーダーやらどこからとも知らない噂話などから自身の存在を割り出されたので情報の面に関しては人一倍の警戒心を持っている。
「まず聞きたい、あんたは今回の国王の誕生祭に関してどの程度の情報を持っている?」
「ふむ、察するにテロ組織が手を出していることかね」
「あぁ、その通りだ。簡潔に聞く、ウロボロス英国支部の本拠地と各支部を教えろ」
賢夜は威圧する形で足を組み顎を上げて目の前の老人を威圧する。
「聞いてどうするんじゃ?言うまでもないが、あの組織の危険性は承知しておろう」
「潰す」
「ほう、潰すと言ったか。しかし、ワシもあの組織からは色々と手を貸している故にお主らに言ったとすれば消されるかもしれん」
そこまでで、ロウが手の関節を鳴らして老人の前へ出ようとする。その表情から冗談抜きで老人に手を出そうとしているが直ぐにその手は動きを止めた。代わりにロウの額からは冷や汗らしき水滴が浮かぶ。
「ご老人、言ったはずだぞ。俺は簡潔に答えろ、と。」
賢夜の目からは光が失われ、代わりにこの空間を埋め尽くすほどの殺気が露わにした。部屋の奥からは金属音が聞こえ、銃のセーフティを外す音などが聞こえる。
(人数は5人、1人は剣を持っている。他は拳銃か……さて)
目の前の人物を敵と判断した凍夜は深く座っていた椅子から腰を上げようとした。
「やめんか!この愚かども!」
突然として老人から耳をつんざくような怒号が発せられる。視線は先ほどと同じだが、その対象は明らかに後ろの人物たちに発せられたものだ。
しばらくして、後ろからは静寂が訪れる。
「…………で?」
「まずは謝罪しよう。お主らが本物なのか試させてもらった。良いじゃろう、教えよう」