お友達だってさ
「お、お嬢様?」
私はスチュワートの手を掴んでただじっとドアを見つめる。
彼らにはそう見えるだろう。
しかし、実際は違う。
扉の向こうの話し声を聞いているのだ。
殿下だけではない。
この声は…。
「スチュワート。」
「は?」
「何故、お客様全員の来訪を教えてくれなかったの?」
「!」
スチュワートは息をのむ。
何故バレたと言わんばかりの表情だ。
普段表情筋が死んでるのではと思える程無表情なのにその面影は微塵もない。
「そ、それは…」
彼は口ごもる。
まあ、言えるわけがない。
言ったらいつもの私ならば殿下以外は追い出していただろう。
たとえ殿下が連れてきたとしても絶対に屋敷には入れなかった。
それがわかっていたからスチュワートは黙っていたのだ。
殿下の連れを拒否することは王家への反逆とも言える。
それを恐れての行為である。
たとえ、殿下が帰ったあと自身が折檻されようとも我が家への忠義をとったのだ。
私はスチュワートをひと睨みしてドアの先を伺う。
耳をそばだてなくてもよく聞こえるのだから恐ろしい。
『まだか、あの令嬢は!』
『申し訳ございません。リナリードナー様は先程目を覚ましたばかりで現在体調を押しての準備をしております。』
『ふん、どうせ寝たふりをしていたのだろう。』
『体調不良ならば自業自得というもの。急がせろ。』
『アリス、安心しなさい。我々が貴女を守ります。』
『だ、大丈夫!皆がいるから私、頑張れる!』
以下略。
殿下はいい。
ザック様とリュド様も100歩譲って許そう。
だけど、なんでいるんだ男爵令嬢アリスリーザ!
ってか、よく来たな。
仮にも池に突き落とした犯人の家に。
いくら彼らが守るとか言っても少しは躊躇しなよ。
私頑張る!って何を頑張るんだ?
頑張るのは寧ろ私だ。
私が想定していたよりも実に面倒な事が起こる。
予感じゃない、確定未来を私は確かにみた。
私は大きくため息をついた。
らしくないがため息をつかねばやってられないのだから仕方ない。
私は覚悟を決めるとスチュワートの手を離した。
私に味方はいない。
私は一人でこの問題に対峙しなくてはならない。
スチュワートは私の手が離れるとすぐさまノックをした。
途端、ドアの向こうでビクッとした気配。
『来たか』
『全く、漸くか。』
『大丈夫、貴女を傷つけさせたりなどしないから。』
『う、うん…』
「失礼します。」
スチュワートがドアをおしあけ私を中に招き入れる。
後に続いてメイド達もはいりドアの横に控える。
一番最初に目がいったのは紅一点、アリスリーザ様だった。
だって私と同じ白いドレスを着てるんだもの。
彼女もその事実に気づき青ざめる。
かつて学園で私と彼女は同じ色のドレスを着て出くわした事があった。
それは本当に偶然であった。
しかし、私はその偶然を許さなかった。
二度と同じ色のドレスを着るなと脅したあげく、彼女の着ていたドレスを鋏で切り刻んだのだ。
彼女は半裸で逃げていき私はそのみっともない姿に高笑いをあげたのだ。
実にいい思い出だ。
しかし、彼女からしたらたまったものではなかろう。
またドレスを切り刻まれるのではないかという恐怖が彼女をガタガタと震わせる。
それを隣に座るランバルト殿下が優しく抱きしめた。
「大丈夫だ。俺が守る。」
「この命に代えても貴女を守ります。」
「醜悪な魔女など怖くはありませんよ。」
ふるふると震える彼女を勇気づける3人。
昨日までの私なら嫉妬してアリスリーザを貶めていただろう。
しかし、今は違う。
なんというか…茶番?を、みさせられているような気がしてならないのだ。
「いつまでそうぼーっと立っている気だ?」
「失礼いたしました。」
この場で一番の権力者である貴方の許しがないから立っていたんですけどね、などとは言わない。
何故なら私は公爵令嬢だからだ。
私は淑女の礼をして、大理石でできたテーブルを挟み対面のソファに座る。
その様子を3人の殿方は舐めるように見る。
「ふん、元気そうではないか。」
「やはり三日目を覚まさないというのは仮病か。」
「三日!?」
私は素っ頓狂な声をあげて側に控えるスチュワートを思わず見た。
「事実でございます。」
私は天井を仰いだ。
三日。
一体何故三日も目を覚まさなかったのか。
その間に私の中に悪魔でも入り込んだのか。
私はちらっとリュド様を見る。
リュド様は仰け反るようにして私を見ていたがそんな事はどうでもいい。
魔術師長の息子である彼は魔法の天才。
彼は父親を凌ぐ才能を持っているだけでなく、看破の瞳とかいうものを持っているらしい。
なんでも人に化けたモンスターも幻影もその瞳は真の姿しか映さないと。
ならば、その瞳で私に悪魔が憑いてないか見て欲しい。
だが、何も言わないところを見るに…憑いてないんだろうな。
「…仮病ではない…のか?」
「先程目を覚ましたばかりです。」
「そ、そうか」
殿下が気まずげに視線を泳がせる。
仮病と決めつけたらマジだったって物凄く居づらいだろう。
たとえ仮病という決定的な言葉を吐いたのがランバルト殿下でなくても居づらいだろう。
いつもの私ならキーキー言ってるところだ。
しかし、今は心底どうでもいい。
「いや、殿下に心配をかけるために敢えて目を覚まさなかったのかも!」
器用だな。
そんな真似普通できるのか?
できないよなぁ。
頭の悪いザック様の発言は聞かなかったことにする。
「それで、どのようなご用件で?」
「白白しい!アリスを池に突き落としただろう!」
「はい、落としました。」
殿下の怒りの声に私は是と答える。
その答えに彼らは鼻白む。
まさか、数秒で認めるとは思わなかったのだろう。
今までの私ならすっとぼけて殿下の機嫌をとろうと必死に媚を売りそれが叶わないと悟ればアリスリーザを罵倒していた。
きっと彼らもそうなると思い守るだのなんだの言っていたのだろう。
「な、何故そのような事を!」
「はい、殿下は私の婚約者。愛しい婚約者に近づく女狐が堪らなく不愉快で、感情の赴くまま行いました。」
淡々と事実を言う。
「女狐?」
ザック様の片眉がぴくっと跳ね上がる。
「どっちが女狐なんだか。」
吐き捨てるようにリュド様が言う。
「それで殺そうとしたのか。」
「はい。」
「殺意を認めると。」
「はい。」
「ならばそれは罪。罪人として法の下裁かれよ!」
「しかしながら殿下。」
「なんだ、言い訳か。」
「はい、言い訳です。」
じっと殿下を見る。
伊達に殿下の婚約者を10年やってない。
彼は物珍しいもの、退屈を紛らわせるものが好きなのだ。
その性格故アリスリーザに恋をしたとも言える。
そして今、私の言い訳は彼の興味を引いてやまないだろう。
それは確定。
だから彼はこう言う。
「許す。言ってみろ。」
私は微かに口元に笑みを浮かべた。
「はい。まず、私が選んだ殺害現場ですが学園の裏手にある池でした。」
「それが?」
「即ち現場は学園です。学園は治外法権というのはご存知かと思います。」
学園は平民も貴族も王族も平等に学ぶ場所として存在する。
貴族や王族は時にその権力で法律を捻じ曲げる。
それを学園でやられては学び舎として都合が悪い。
ならば最初から法律などいれなければいい。
そういうダメな考え方からかは知らないが学園での出来事は学園内で収めるのが暗黙のルール。
貴族王族の権力を振るうのは構わないが法律だけは介入不能なのだ。
従って。
「今回の出来事は学園内で起こったよくあるいざこざに過ぎません。
従いまして法の裁きを受けるようなことではありません。」
ガタ!
「貴様!言うに事欠いてそのような戯言を!」
ザック様が怒りに顔を赤く染め立ち上がる。
「しかし、それが学園の見解です。」
「殿下!」
ザック様が殿下を呼ぶ。
しかし、王族といえども学園に法を持ち込むのは簡単ではない。
しかし、できなくはない。
だから、さらに続ける。
「また、今回の原因は突き詰めると殿下とアリスリーザ様との距離が近すぎることでした。
法を持ち込むと、どうしてもその辺りを詳しく裁判所で話さなくてはならないのですが…」
「話せばよいではないか!」
「話しても構わないのですが、私が話すとどうしても婚約者がいる身で他の女性に現を抜かす殿下が悪いとなり、ひいてはアリスリーザ様の評判も同時に下がります。」
ザック様の言葉に初めて返事をする。
私が裁判所で証言をすれば殿下の評判もアリスリーザ様の評判も下がる。
これはどんなバカにもわかること。
実際、脳筋入ってるザック様にも分かったのか唇を噛み締め悔しげだ。
よし、もう終わりでいいかな。
さあ、適当に帰って貰おう。
そう思った直後。
「あ、あの!」
鈴を転がしたような声がした。
全ての元凶アリスリーザ男爵令嬢だ。
地味な黒髪に黒い瞳、長く平民だったせいで肌の手入れなどしたことないのか少しばかりカサついている。
しかしながら、どこか愛嬌のある顔立ちで憎めない可愛らしさがそこにある。
「わ、私はそんな、裁判とかは全然…その、希望してないんです!」
「わかってますよ。」
私は微笑む。
上位者の笑みだ。
その笑みに気圧されてアリスリーザ様は一歩引く。
「…あのね、リナリードナー嬢。あまり彼女を怯えさせないでくれるかな?」
リュド様が怒気を孕んだ声をあげる。
「申し訳ありません、アリスリーザ様。」
私は素直に謝る。
「いえ、と、とんでもないです!はい!!」
ビクビクとしながらも彼女は言う。
「だから、彼女を脅すなって言ってるだろ!?」
遂に切れたリュド様が部屋に響くような声で私を怒鳴りつける。
「申し訳ありません、リュド様。
私は謝罪をしただけなのですが、その謝罪さえも恐ろしいようで…。
一度距離を置いて後日また改めて謝罪をというのはいかがでしょうか?」
よし、帰れって言えた!
私は密かに達成感に浸る。
しかし、言っただけでは彼らは動かない。
「そうやって有耶無耶にする気だな。
だが、そうはさせない。
法で裁けないのならばせめてアリスに心からの謝罪を要求する。
それまでは帰らないからな。」
ランバルト殿下が睨みながら言う。
言われて私はすっと立ち上がる。
瞬間、リュド様とザック様も立ち上がった。
彼らがアリスリーザ様を守るように身構える。
ザック様は腰の剣に手を置き、リュド様は呟くように呪文を唱える。
…剣はともかく、魔法はやめて。
家が吹っ飛ぶ。
二人の行いがものすごく気になるが歯牙にもかけぬという風体で腕をあげる。
「スチュワート!」
「は!」
ここで名前を呼ばれるとは思わなかっただろうに、慌てる様子はなく彼は返事をする。
「テーブルを下げて頂戴。」
「は!」
言われてスチュワートは大理石てできたテーブルをひょいと持ち上げて部屋の隅へと運ぶ。
別にテーブルが軽いわけではない。
スチュワートが自身に肉体強化の魔法をかけて運んだのだ。
この魔法は重たいものを運ぶ際に大変便利に働く。
しかし、持続時間が短いうえに一日一回しかかけられない、さらには魔法がきれた後にくる揺り返しが重たいのか難点だ。
おそらく明日、彼の腕は動かないだろう。
「酷い!彼にそんな無理をさせるなんて!」
アリスリーザ様が目を釣り上げて私を非難する。
「一体何故このような真似をしたのですか!」
先程までの守られているだけのお嬢様はどこにもいない。
悪を断罪する正義のヒロインがそこにいた。
しかし、私は気にしない。
すぐに答えがわかるから。
私は一歩大きく前進する。
「リナリードナー嬢!それ以上アリスに近づくな!」
「それ以上近づけば魔法を打つ!」
安心してほしい。
これ以上近づきはしない。
私はすっと膝をついた。
白いドレスが花開いかのように床に広がる。
「……………え?」
間抜けな声が聞こえた。
気づいたのだろう、何故スチュワートに無理をさせてまでテーブルを下げたのか。
そう、全てはランバルト殿下の要求通り謝罪をする為。
ひいてはアリスリーザ様の為。
「アリスリーザ様。」
私は静かに落ち着いた声で話す。
「この度はアリスリーザ様をつまらぬ私情で傷つけようとして申し訳ありませんでした。
この場をもって私、リナリードナー・ミハルバーは公爵の名を持って謝罪いたします。」
貴族最大の謝意の表し方。
膝をつき家名を出す。
貴族ならばその謝罪は重たいものであり、全面的に非を認めた証拠となる。
私はこの謝罪を一生することはないと思っていた。
それは貴族としての矜持がそう思わせていた。
しかし、今の私はどんなに頑張っても貴族の矜持は持てなかった。
もう一人の誰かのせいだ。
そのせいでなんの抵抗もなく謝罪が出来る。
喜ばしくもあり悲しくもあった。
「あ、あ、頭をあげ、あげてください!」
最早悲鳴のような声だ。
謝罪をしているのに何故このように怯えられるのだろうか。
私はゆっくりと頭をあげる。
「許して頂けるので?」
「はい!」
条件反射だろうか、すぐさま彼女は頷いた。
「き、貴様!汚いぞ!」
ザックが叫んで遂に抜刀した。
初めて抜き身の剣先を目の前にした。
…はずなのに。
何故だろう、怖くなかった。
子供がおもちゃの剣を突き出しているようにしか見えなかった。
スチュワートがこちらに向かってくる。
本来、彼も私の事を憎く思っている。
どさくさに紛れて死ねばいいくらい思っているに違いない。
しかし、彼は公爵家に雇われた使用人。
いざとなれば身をていして私を守らなくてはならない。
「スチュワート。」
私は静かに彼を制する。
「しかし!」
「問題ない。」
私は静かに言い放つとザック様の目を見た。
「汚いとは?」
「貴族流の謝罪に慣れぬアリスを怯えさせて無理矢理許しを得ようなど汚いではないか!」
まさにそれを狙いました。
謝罪し、許されれば彼らがここにいる理由はなくなる。
さっさと帰ってほしいから一番早く許しがでるであろう貴族流の謝罪をしたのだ。
「申し訳ありません。私はこれ以外の謝罪の仕方を存じ得ず。
どのように謝罪をすればよろしいかご教授願えませんか?」
そう言ったらザック様は言葉を詰まらせてしまう。
彼は難癖つけたかっただけ。
普段私にチクチク嫌味を言われているから少しでも借りを返したくて捻り出したいちゃもんに過ぎない。
私はリュド様とランバルト殿下を見る。
彼らもまた言いたい事は山のようにあるのだろう。
本来ならばもっともっと私を甚振る予定だったのだ。
にも関わらず私があっさり罪を認めてしまったから予定が狂い消化不良状態。
彼らが事態を打開する一言を発する前に私はアリスリーザ様を見る。
困ったような仕草で。
それを見た彼女はすぐに彼らに向き直る。
「わ、私は構いません!」
「アリス!」
ザックが叫ぶ。
そろそろそのおもちゃを下げて欲しい。
「アリス、遠慮する必要はない。脅しのような謝罪を受け入れる必要はないんだ。」
子供を諭すようにリュド様が言う。
「私は構いません。」
しかし、二人の言葉に首を横に振る。
「私、こんな言葉を聞いたことがあるのです。
『謝罪するのも貴族の矜持ならば謝罪を受け入れるのも貴族の矜持』だと。
今、リナリードナー様は貴族として貴族である私に謝罪をしてくださいました。
だから私はリナリードナー様に貴族としてお返ししなくてはなりません。」
毅然と彼女は言う。
そんな彼女を眩しそうに見つめる3人。
「リナリードナー様、お立ちください。」
優しげに言われて私は俯きながら、震えながら立ち上がる。
震える私に刮目する3人の殿方。
泣いているとでも思っているのかもしれない。
「初めて私を貴族として認めてくださいましたね。」
「….」
言葉にできずに無言を貫く。
「私はとても嬉しいです。
長く平民として暮らしてきたので礼儀も作法も半人前な私を、リナリードナー様のような立派な貴族に認めて貰えて本当に嬉しいんです。」
笑みを浮かべて彼女は言う。
「私は先程も言ったように貴族として接してくれたリナリードナー様に貴族としてお返ししたいと思っています。
ですから、色々ありましたがお互い水に流して一から関係を築いていきませんか?」
「アリス….」
ランバルト殿下がポツリと言葉をこぼす。
私も実は驚いている。
まさか….!
しかし、後半の言葉を飲み込むと私はゆっくり顔をあげる。
潤んだ瞳が彼らを驚かせる。
私を鬼だ悪魔だと散々罵っていた彼らだ、さぞや驚いたこどだろう。
「あ、ありがとう…ございます。」
弱々しく途切れ途切れに言う。
「いいんです!これで私達はお友達ですね!」
『え?』
3人の殿方はにこやかに笑う彼女の横で驚いたように言う。
うん、私も驚いた。
実は大元の問題といえる『殿下とアリスリーザ様が仲良すぎる』って事は何一つ解決していないことによもや気づいていないとな。
愕然としてしまうが、なんとか顔には出さずにすんだ。
しかし、アリスリーザ様は声をあげた彼らを頬をぷくっと膨らませて見る。
素でやる子初めて見たわ。
「なんですか!リナリードナー様は謝ってくれたのですよ!
そして私は受け入れた!
ならば双方蟠りはなくなったのです!」
「でもだからと言って友達は…」
「何が問題なんですか!」
「もっとアリスに相応しい子が….」
「貴族の中の貴族と謳われるリナリードナー様の上をいく貴族など私は知りません!」
「しかしだな…」
「ランバルトまで!みんなリナリードナー様を誤解してます!
リナリードナー様は素晴らしい方です!
私にはまだまだ貴族としての教養が足りていません!
私はリナリードナー様からそれを教わりたいのです!
そして、代わりに私はリナリードナー様が道を誤った時に正しい道を差し示せればと思っているのです!!」
なんかいい事言ってる感あるけど私は道を踏み外すのが確定らしい。
いや、落ち着こう、私。
もう、なんだっていい、友達でも教師でも悪役でもなんでもなるから帰ってくれ。
ここで対応を間違ってはいけない。
私は目に気合を入れる。
潤んだ瞳から雫が溢れた。
「!」
ランバルト殿下の驚いた顔が視界に入る。
「なんて、お優しい…!私のような身の程を弁えない愚かな女でよければ是非、アリスリーザ様のご学友に加えてくださいませ。」
私は再び膝をつき頭を下げる。
「ああ!リナリードナー様!お立ちになって!
私達は友達、対等な関係です!
そんなふうになさってはいけません!」
アリスリーザ様は私の手をとり自ら立たせてくれた。
「アリスリーザ様…!」
「私の事はアリスと呼んでください!」
「アリス様!」
「私もリナさんと呼んでよろしいですか?」
イラっときたが飲み込んだ。
「勿論ですわ。」
そして、事態を呆然と見ているだけの殿方を見渡す。
そしてわざとらしく淑女の礼をする。
「お三方、今後はアリス様の学友としてよろしくお願いいたしますね。」
「み、認めないぞ!お、俺は!」
おもちゃが震える。
なんかうっかりこっちに斬りかかってきそうだ。
私はアリス様に目をやる。
「アリス様。ザック様は私を快くは受け入れてくださらないご様子。
それ自体は元々の己の行いを振り返れば至極当然と言えるのですが、その…剣が怖いのです。
彼が誰もいないところで剣を振るったら、振るう彼も振るわれた方も不幸になるかと思うのです…。」
「誰が貴様のような女の腐ったような輩を斬るか!」
剣先を向けながら言われても説得力はない。
「ザック!リナさんは私の友達だよ!?
友達と仲良く出来ないザックなんて知らない!」
ぷいっと横を向く彼女。
途端に納刀し、彼女の機嫌をとりはじめる。
その様子を微笑ましそうに私は見た。
そんな私にそっと近づくリュド様。
綺麗な唇が私の耳元に寄せられる。
「よくもアリスを騙したな。この屑が。」
小声故、誰も聞こえていない。
だから私は微笑んだ。
「まあ、嬉しい。」
「え?どうかされたんですか?」
アリス様が聞いてくる。
「リュド様は私をアリス様の学友とお認めになるとおっしゃってくれたのです。」
「まあ!さすがリュド!」
花が綻ぶような笑顔でアリス様は言う。
対照的にひきつるリュド様。
「と、当然だよ…」
「ザックもリュドを見習って!」
「お前、アリスを売る気か!?」
ザックがリュドに詰め寄る。
さて、そろそろお開きにしよう。
「ところで、アリス様。私が聞くのもなんですが、体調はいかがでしょうか?」
「あ、大丈夫ですよ!ちょっと水を飲んだ程度で済みましたから!」
「そうですか、しかし、命が狙われて僅かに三日しか経っていないのです、周りが心配するのは当然です。
あまり遅くならないうちに寮にお戻りになった方がよろしいかと思います。」
「そうですね!」
アリス様は力強く頷いてくれた。
「ランバルト、ザック、リュド!長く居すぎちゃ迷惑だよ!
さあ、帰ろう!」
言って彼女はさっさと部屋から出て行こうとする。
スチュワートが慌てずにドアを開け玄関まで見送る。
ザックとリュドがアリスに慌ててついていく。
しかし、ランバルト殿下は動かない。
いや、帰ろうよ。
「殿下?」
「何を考えているかは知らんが、アリスを傷つけたら承知しない。」
とてもじゃないが婚約者に向ける表情ではない。
綺麗な顔だからこそ、怒りの表情は人間離れしていて恐ろしかった。
「私はアリスを愛している。お前のような醜悪な女を王妃になど迎えるつもりは毛頭ない。
近々婚約破棄の手続きを進めるから覚悟しておけ。」
そう言うと同時に彼は立ち上がりそしてアリスを追っていったのだった。
残された私は思う。
さっさと破棄してほしいなと。