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もう一人の誰か

幼い頃、お父様に連れられて初めて足を踏み入れたお城の美しさは今でもよく覚えている。

大きなシャンデリア、一級品のオブジェ、美術品、贅をつくした宮廷料理。

あれから10年も経つのに目を閉じれば鮮明にあの時の贅を、美しさを思い出せる。

そのなかでも一番心に残っているのは一人の少年だ。

少年といっても私と同い年。

蜂蜜色の艶やかな髪に碧眼のピスクドールすら霞むほどの美貌の少年。

彼こそお城に住む文字通りの王子様。

ランバルト殿下だ。

初めてお会いした時、呼吸が止まるかと思った。

実際、数秒くらい呼吸するのを忘れていたと思う。

雷に打たれたような衝撃。


私はあの瞬間、恋に落ちた。



そしてその数秒後、私の恋はあっさり叶う。

彼は私の婚約者だそうだ。

いずれ私は彼と結婚して国母となる。


そうお父様に教えられた。


なんて素晴らしいのだろう。

彼と結婚すれば今目の前にある美しいものが全て手に入り、贅沢な暮らしができる。


幼心にそれは大変魅力的に映った。


愛しい人もこの世の贅沢も全て手に入る。

私はなんて恵まれているのだろうと思ったあの日。


あの日から10年。


私は16歳になった。

そして学園に入学する。


そこで出会った男爵令嬢。

男爵令嬢とは名ばかりの平民だ。

馬鹿な男爵が平民との間に産ませた子供だそうな。

母親が病死し、仕方なく引き取ったと聞いた。


私には関係ない話。


では、済ませられなくなった。


私の婚約者が彼女に恋をしてしまったから。


婚約者だけではない。

私の義理の兄も、騎士団長の息子も魔術師長の息子も彼女に恋をした。


そして、彼女はよりにもよってその中から私の婚約者に恋をした。


二人は両思い。

身分違いの恋はさながら物語のよう。

私は二人を邪魔する悪役令嬢といった役割。


実際、婚約者を心底愛していた私は彼の心を繋ぎとめようと必死であがいた。

時には彼女に意地悪だってした。


その一環で私は彼女を学園の裏に呼び出して池に突き落として殺そうとした。

計画通りうまく彼女を突き落とせた。


しかし。


良心の呵責のようなものに突き動かされて私は彼女に手を差し伸べた。

彼女は私の手をとった。

引き上げようとした。


思ったより彼女は重たかった。


私の力では足りず私も池に落ちた。



そこから記憶が途絶えて目が覚めたら自宅の私室のベッドの上だった。




ここまでは理解できた。

だが問題がひとつ。


目が覚めら私ではないもうひとつの記憶が頭にあるのはなんなのだろうか。


明らかに私の記憶ではない。

池に落ちた拍子に頭でも打って狂ったのか。

それにしては妙に生々しい記憶なのだが。


私はこの記憶を持て余していた。

どうもこの記憶、私を乗っ取る勢いで私の心を侵食している。

私が私でなくなるような変な感じがするのだ。

実際、私にとって一番美しく大事な記憶であるランバルト殿下との出会いの記憶が『大したことねぇな』と思ってしまっている。


そう、彼との出会いも、男爵令嬢とのいざこざも、自分がモンスターに殺されたという記憶に比べれば大したことがないという結論に落ち着くのだ。


恋?

暇人のお遊びでしょ?

みたいな。

確かに私にとって婚約者を巡るいざこざや恋の駆け引きは人生の一大事だったはずなのに。


贅沢?

いや、それよりモンスター狩りたいわ。


うん、おかしい。

モンスター狩りたいってなんだ?

モンスターなんて見たことないのだが。

いや、いるのは知ってるけど出会う機会に恵まれるような貧相な生活をしていない。

そもそも、兎すら狩れない私がモンスターを狩りたいって思うこと自体おかしい。

しかも、狩れると自信を持って断言出来る記憶があるのだ。

私を侵食する記憶がモンスターは狩れると囁く。

狩る為の技術も頭にしっかりとあるのだ。


おかしいだろ。

なんなんだ、この記憶は。

私が私でなくなるような感じは気持ちが悪い。

実に不快だ。

そもそも、この記憶は正しいのだろうか。

狂人の戯言が頭にへばりついているだけなのではなかろうか。

ならば、医者に見せるべきだ。


確認すべきはひとつ。

この記憶が事実かどうか。


まずはそこからだ。

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