りんご
なんとなく、エロが書きたい!と思って書いた練習小説。
そこまで残酷だったりエロだったりしませんが、突き刺さる人には突き刺さる内容だろうと推測します。
クズ男が出てきても大丈夫な方はどうぞ〜
仕事から帰ると、部屋が温かくて、明るくて。大好きな人が迎えてくれる。なんと幸せな事か。
「ただいまー」
「おーハラ減ったわ、今日は飯何?」
「コロッケ。あと、マカロニサラダ」
「またコンビニかよ」
「ご飯は?炊いといてくれた?」
「おう!もちろん!ちゃんとやっといた」
「ありがとうね」
「早く飯用意しといて。セーブまで時間かかるから」
「今日は1日ゲームしてたの?」
「いや、ハロワ行ってきた」
「あ、そうなんだ。どうだった?」
「あー駄目だわ。やっぱ良いとこないわ。知ってる?ハロワってさ、募集してますよーって体だけで求人してる企業もあるんだってさ。そんなとこ選んでも履歴書で落とされるだろうしね」
「じゃあ、書類も出してないの?」
「出す意味無いじゃん」
彼がパックのままだと嫌がるから買ってきた惣菜をひとつひとつお皿に盛り付ける。ワカメの入った味噌汁だけ作り、あとはいつものように並べていく。
俺の母親はちゃんと鰹節で出汁をとっていた、毎日身体に気を使ったご飯を出していた。父親は台所にたったことは無い。俺はご飯を炊ける。だから俺は偉い。コロッケを食べながらそんな事を言っていた気がする。
「やっぱ俺、いい旦那さんになれると思うわ」
ああ、まだ言ってる最中だった。
「そうだね」
最近、この、『そうだね』が口癖になっている気がする。理性的な頭は反論など出来ないとみなし、ただ肯定するという行為は体が拒否している。そんな頭と身体に板挟みされた口は結局また『そうだね』を繰り返す。
入れただけの夕食が終わり、ズシリと重たいお腹に力をいれて片付けようとすると、彼が後ろから抱きしめてきた。
包み込む体温は慣れ親しんだもので、否応無しに胸に安心感が訪れる。私は眉間に皺を深めた。
「洗い物が残ってるよ」
「そんなのいいよ」
「お風呂にも入って無いし」
「それは俺もだわ。後で一緒に入ろうよ」
「後で……ね」
ため息をつくと幸せが逃げるというが、あれは半分だけ本当だ。彼の前でため息をつくと彼の機嫌が悪くなるから、それは幸せではない。ただ、気持ちのモヤモヤを思い切り吐き出せるため息は、自由に出せれば幸せな事だ。
「ねぇ、先に電気を消させて」
「最近、真っ暗が好きだね」
だって、そうしたら貴方は直ぐに寝るでしょう? 私はゆっくり洗い物して、お風呂に入りたいの。ベッドに潜れば私も少し寝たくなった。
「貴方は胸揉むの好きだね」
「そりゃあね。男はおっきいのが好きだよ」
そうね。私よりおっぱいのが好きだものね。
「なぁ。俺さ。子供がほしい。……結婚しようか」
子宮に、ゾワリと虫が這った気がした。
ああ、ああ。聞きたくなかった。
私は暖かくて心地の良い両手から逃れる様に動く。暗闇で良かった。泣いてる所なんて見られたくない。
「無理だよ」
「え?!なんで」
まるで、断られるなんて思ってなかったという声だった。
「よく考えてよ。妊娠したら働けないんだよ?今でさえいっぱいいっぱいなのに」
「お前の会社、産休育休有るって言ってたじゃん!」
「新卒の、入って半年の人間が取るものじゃないよ」
「関係ないだろ!」
「どうして自分が働くって言ってくれないの!?」
「俺は鬱なんだよ!」
「じゃあちゃんと病院に行ってよ!」
「もういいわ。今日は友達の所行ってくる。お前がそんなカネカネ言う奴だとは思わなかったわ」
彼が立ち上がり、部屋を出ていく気配がする。もう必要ないだろうに、私はまたため息を我慢していた。
「まって」
ピタリと止まって、ゆっくりと振り返る。芝居がかった動き。目がなれて彼の顔が薄っすらと見える。嬉しそうな、勝ち誇った様な顔だ。ああ、『好き』ってどんな感情だった?
「そうやって有耶無耶にしないではっきりしよ? もう、別れて下さい」
言うのが早いか私の身体が吹き飛ぶ。頭に衝撃が走ったが、痛みに対して随分と軽い音がした。
「うるせぇ!デブ!」
なんだよ。それが36歳の捨て台詞かよ。リビングで派手な音を立てながら彼が出て行く。フラフラとゾンビのような動きで、最後の力を振り絞ってロックをかける。人差し指を十数センチ動かしただけの完全拒否。それをするのに随分な代償だ。
ねぇ、私だって、欲しかったんだよ。赤ちゃん。
でもただ欲しいから作ろうなんて言えないよ。もうそんな子供じゃないよ。
この数日、彼から連絡は無いが『彼の友達』からは随分と連絡がきた。その度にわざわざ会ってやった。大袈裟に包帯を巻いた頭で。
それでも「彼は病気なのだから言い方があると思うよ」と言ってきた人もいた。そんな人には涙の1つでも零しながら「私には支える事は出来ませんでした」とでも言って後は黙れば勝手に帰っていった。そういう人間は『可哀想』に弱い。
彼からの連絡は未だない。そういう男だ、彼は。
頭の怪我のせいで美容にも気を使わなくなって、なんとなく、肩が軽くて仕事に打ち込んだ。
何年もこの状態が続いたらお局とか行き遅れとか言われちゃうんだろうか。
今はそれも良いかもしれないな。
もし、神様がいるのなら。このまま頑張ったら頑張った分だけ幸せに近づけてくれるのだろうか。
それとも、『知恵の実』を食べてしまった私は楽園から追放されたのだろうか。