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今日は、いつも以上に絵の進みが捗々しくなかった。
摩天楼を切り取ったような島が、ぽつねんと海に浮かぶ。上空には三日月。そんな油絵。ただ、全体的に暗いのが悪いのかな、水面感がいまいち表現できない。予定では、摩天楼の島をある程度形にして、そろそろ光の映り込みなんかを描いていきたかったのに。ビル一棟が関の山だった。
頭の中で、僅かな言葉しか録音されていないおままごと人形のように、永田先輩の言葉が繰り返して再生される。
「髪が長いチカじゃない」「チカじゃない」「チカ……」
釈然としなかった。女子なら誰でもいい。と、いうよりはマシだろうけれど。なんか、一途すぎてつまらない男、みたいに言われたようで。
これ以上キャンバスに向かっても、時間が無駄に過ぎていくだけだ。帰ろう。見渡せば、美術室の中にはボクしか残っていなかった。
下校の途につく。足取りが、とぼとぼとなってしまうのを抑えられない。記念館の階段、昇降口前、そして自転車置場に到着。
暗い中、スマホのライトを頼りに鍵を外して、自転車を押す。
裏門から道に出て、押していた自転車にまたがる。
さて、ぼんやりするのは終わりにしよう。ここからは、長く大きく曲がった下り坂。気を引き締めないと事故の基だ。
ボクは吹っ切るように、颯爽と漕ぎ出す。
徐々に勾配が急になってきて、漕がなくても車輪が回る。スピードが上がり過ぎないように、ブレーキレバーを適度に握る。
大きな右カーブに差し掛かった。自動車は登ってこないだろうか。ライトの明かりを確認するために、しっかりと顔を上げた。
その数秒後。
ボクは、前のめりになっていた。
前を見ていたことは悪く無いと思う。でも、道路も気にするべきだった。
「そうじゃなくて、地面が揺れる地震」
「地震があったんだ」
朝の姉さんと交わした会話が蘇る。不味い、走馬灯?
多分、地震で脆くなっていた壁が、ちょっとだけ崩れたんだ。ボクの自転車は見事に、落ちていたコンクリート片に躓いていた。
両手はまっすぐ伸びたハンドルを掴んだまま。両足もペダルから離れず、右側が上がっている。視界に入るのは、夜の闇と同化しかかっている道路のアスファルト。身体全体には、絶えず背中の方に引っ張る力が働いていた。
遠くに聞こえる虫の声。頬を通り過ぎるひんやりした風。鼻孔をくすぐるのは湿った土の匂い。世界はつつがなく時を刻み続けているのに、ボクは自転車もろとも静止していた。




